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エミナンス・グリーズ 2  作者: 降下猟兵
4/11

勝負


 04 勝負



 タミヤが市長杯競馬に出場する。


 普通のレースなら、一般人が名を売ろうとして飛び入りで参加する事はしばしばあるが、現役のエリート軍人で争う

 市長杯競馬に挑戦しようとする無謀な者はまずいない。

 以前は、時折そんな向こう見ずが現れもしたが、結果は聞くまでもなく常にビリだった。

 そこにタミヤが名乗りを挙げたところで、誰もがただのお戯れと考え、真剣に捉える観客がいるはずもなかった。

 王都から来た観光客の少女が、記念に面白半分で参加してみただけだろう。

 大事なレースに花を添えるのならいいが、水を差さないでくれればそれでいい、というのが彼等の思いだった。

 無論、彼女に金を賭ける者など誰もいない。


 スタートラインに横一列に並ぶ各馬。

 時は正午。

 合図の旗が振られ、遂に決戦の火蓋が切られた。

 「各馬一斉にスターートォッ!

  我先にと第1コーナーへ向かって一直線!」


 スタート直後から、予想通り兵士達の乗る馬が一団となって突進する中で、タミヤの馬だけが出遅れた。

 実況は、すぐにこのレースの特異な変化に気付いた。


 「第1から第2コーナーへ!

  おおーっとこれはなんだぁーっ!

  速い!、速い!

  馬群は一気に向こう正面ストレート!

  物凄く速い!、今回は今までと違う!、スピードが違う!、展開が早いっ!

  このペースで行けば大会レコードは間違いないぞ!

  そのまま団子状態で早くも第3コーナーへ突入!」


 そして、第4コーナーを抜け正面ストレートへ差しかかった所で、2位と3位を走っていた馬がポジション争いから

 接触、共に転倒してしまい、騎手も落馬したため失格リタイアとなった。

 レースはそのまま2周目に入り、タミヤがスタートラインを通過した時、先頭とは10馬身以上の差が開いていた。

 観衆の目は常に先頭争いにあり、彼女がどこを走っていようと眼中にない。

 その彼女が、第2コーナーを回って向こう正面ストレートから、じわじわ追い上げにかかった。

 時を同じくして、序盤のハイペースが祟ったか、先頭グループがみるみる失速し始める。

 騎手がどんなに鞭をくれても脚が伸びない。

 そこで、満を持してスパートをかけるタミヤ、あれよあれよという間に距離を縮めた。


 「おおーっとこれは凄い!、凄いぞタミヤ嬢!

  一っ気にスパート!、そして一気に距離を詰めるっ!

  第3コーナーからいよいよ最終コーナー!

  見事!、見事な末脚だぁっ!

  いよいよ最後の直線!、泣いても笑っても最後の直線!

  タミヤ嬢来た!、来た!、来た!、差すか!、差すか!、差した!、差した!、差した!、差し切ったぁーっ!」


 トップでゴールラインを駆け抜けたタミヤ。

 しかも、2着の馬に1馬身以上の差をつけての完全勝利。

 その瞬間、場内は途轍もないどよめきと歓声と怒号に全体が揺れた。


 「なんと、なんと、なんという事でしょう。

  大荒れです、場内大荒れ。

  前代未聞、驚天動地、空前絶後、未だ嘗てない光景が目の前に、目前に繰り広げられております。

  騎馬親衛隊破れる!

  天下無敵のエリート勢を下したのは、一般飛び入り参加の美少女、タミヤ嬢なのであります!

  一体誰がこの結果を予測出来たでありましょうか。

  恐るべき才能、恐るべき差し脚、そして恐るべき勝負勘・・・。

  凄いぞ、凄いぞタミヤ嬢、天晴れタミヤちゃん!」


 ☆


 レース後の会場周辺は、騒然とした空気に充ち満ちていた。

 市長杯競馬始まって以来の椿事が起こってしまった。


 この結果は、当然のように観客からも主催側にも不審を抱かせる。

 八百長か、ペテンか、何かしらの不正があったのではとの疑義が生じるのは、ごく自然な感情だ。

 出場した騎馬親衛隊の選手達自身も、同様に戸惑い疑っている。


 主催者側の実行委員会は、今まで行われた事のない馬の検査を急遽実施した。

 だがしかし、馬にも選手にも一切の異常は見られなかった。

 選手達の乗った馬は、事前に委員会側の方で用意したもので、選手達はその中から自分に合う馬を選択していた。

 飛び入り参加のタミヤは、余って予備に回された馬の中から1頭を選んだ。

 それらは、選手達が騎乗して入場するまで委員会側の管理下にあり、薬物投与などの不正行為を働く隙はなかった。

 また、騎馬親衛隊の選手達に飛び入り参加者のいる事が知らされたのは、レース直前のコース裏のパドックに入って

 からの事なので、タミヤが彼等と秘密裏に接触し八百長を持ちかけるのも現実的ではない。

 着順の上位3名に入賞賞金が支払われる事が分かっていたので、彼等が八百長に応じるメリットは全くないのだ。

 実行側が感じ入ったのは、タミヤが驚くほど馬達から好かれていた事ぐらいだった。


 そうした検査や確認のためにゴタゴタしていたせいで、表彰式が予定の時刻より遅れてしまい、それが余計に観客の

 不審や不満、苛立ちを高めてしまっていた。

 中には暴れ出す者まで出始め、場内の雰囲気は険悪度が増す一方だった。


 ようやく開かれた表彰式の場で、司会者がこのレースに不正は一切ない事を告げ、タミヤの優勝を高らかに発表する。

 初めのうち罵声や怒号が飛び交っていた会場は、タミヤが表彰台の最上段に上がる頃には歓声と喝采に変わった。

 それは、そのまま会場の外へ、更に町中へ広がっていき、町は一面タミヤフィーバーに沸き返っていった。

 ただ、その誰しもが気にかけている事が一つあった。


 賭けに勝ったのは誰だ。


 飛び入り参加者に金を賭ける物好きがいるはずもないのだから、配当金は一体どうなるのか。

 もしかして、親の総取りになったのか。

 市長杯以外のレースで、勝ち馬に賭けた人が誰もいなかった時、賭けた金額の一部が全員に払い戻されたという例が

 過去にあったそうで、今回もそうなるのかと期待した人は多かった。

 ところが、そうはならなかった。

 タミヤに賭けた者がたった一人だけいたからだ。

 それは誰か。


 ベルエールだった。


 彼は、自分が持っていた調査資金の全額をタミヤに賭けていた。

 僅か数分のレースで、彼は元手の数百倍もの大金を手にしたのだ。


 ☆


 宿に戻ったベルエールの元へ、麻袋で数十個、馬車1台分にも及ぶ大量の金貨が届けられた。

 金貨が1枚あれば、田舎の農民なら家族で1ヶ月は余裕で暮らしていける。

 それを、彼は数千枚手に入れた。


 一足先に戻っていたルルートは、麻袋が部屋に運び込まれるその光景に呆れ顔を見せる。

 「あなたって人は、まさかこのためにタミヤを出場させたんですか」

 「てめぇが文句を言う筋合いじゃねぇ」

 「こんなにたくさん置いたら、どこで寝るんですか。

  ただでさえ、この部屋に5人は狭いって言ってたじゃありませんか」

 「それは予定外だった。

  だが、賭け金の総額を考えると払い戻しが少ねぇ気がする。

  やっぱり誰かが撥ねてるな」


 それから暫くの後、フィンクとタミヤ、そしてルーエイも帰ってきた。

 タミヤはレースの優勝賞金も手にしていたので、部屋の中は更に金袋だらけになった。

 ある程度の予想はしていたとはいえ、実際目の前にすると、その量の多さには誰もが驚く。


 フィンクも想定外の事態に困惑し、ベルエールに文句を言う。

 「どうすんの、こんなにたくさん。

  こんなの持ち歩けないよ」

 「てめぇにやるとは一言も言ってねぇ」


 これを手放しで喜んでいるのは、ルーエイとタミヤだけのようだ。

 「なら俺が全部貰ってやるよ、これで一生遊び放題だ」

 「ダメですよルーちゃん。

  これで水着買うんです、湖で泳ぐんですよ」

 「ダメだ、お前は裸で泳げ、そして俺をうんと楽しませろ」

 「ルーちゃん、またまたエッチい発言ですよ」

 「いいじゃねえか、俺とお前の仲だろ」

 「ルーちゃん不倫ですよ、近親相姦ですよ」

 「お前それ意味分かって言ってんのか」


 市長杯競馬の情報を知って、そこにタミヤを飛び入りで参加させると決めたのはベルエールだった。

 それを聞いた時、他のメンバーは既に結果がこうなる事を知っていた。

 たとえ競争相手が誰であろうと、1ミリたりとも彼女の勝利を疑う理由を持たなかった。

 そのせいか、実際に競馬場まで足を運んだのは、飛び入り参加を受け付ける事務局へ行ったタミヤ本人と付き添いの

 フィンク、そして馬券を買ったベルエールだけだった。

 ルーエイは酒場で一人安酒に興じていたし、ルルートは食事の時以外は部屋に籠もっていた。


 予想に反していたのは、ベルエールが持ち金全部を賭けていた事だった。

 ルーエイとは違って、彼がギャンブルに積極的に手を出すような男でないのは分かっていた。

 執拗に金に執着するタイプでもないし、逆に浪費家でもない。

 そんな彼が競馬で金を稼ぐと言い出した時点で、その背景には何かを画策していると察するに時間は要らなかったが、

 理由ついては何も口にしなかったので、皆は単に旅費を充実させるためだろうと思っていた。

 任務のために支給された資金に満足していなかったのだろうと。

 故に、まさか持っていた全額を使ってしまうとは考えなかった。


 ベルエールがルーエイの申し出を断ると、フィンクが重ねて対応を迫る。

 「誰がてめぇにやるかよ」

 「じゃあどうすんの?、どこかでバラ撒く?」

 「バカかてめぇ、そんな事してなんになる」

 「みんな喜ぶでしょ、お金で苦労してる人ばっかりだって言ってたじゃない」

 「たとえそれで喜んだとしても、後から役人が回収して回るのが目に見えてんだよ。

  なんだかんだ屁理屈こねてな。

  そんなくだらねぇ事に使う気はねぇ」

 「なら使い道考えてんの?」

 「これは、魚を釣る餌にする」

 「はあ?

  これで何が釣れんのよ」

 「まあ見てろ。

  そのうち動く、いや、意外と早いかも知れねぇな」


 ☆


 ベルエールの目的が何なのかは、その日のうちに具体化した。

 日暮れ間近になって、そろそろ夕食をどうするか考え始める頃、一人の男がベルエールの元を訪れた。

 黒い燕尾服のような礼服を着た、スラリとした中年の紳士だった。

 男は、市長の使いの者だと名乗った上で、次のように述べた。


 「本日の市長杯競馬におきまして、唯一勝ち馬をお当てになられた幸運なお方に対し、市長の方から是非とも祝意を

  表したい旨の申し出がありまして、晩餐にご招待申し上げようと、そのお誘いに参上した次第でございます。

  是非ともご同行いただきますよう、何卒よろしくお願い申し上げます」

 「承知した。

  支度するので下で待っていてくれ」


 恭しく挨拶して部屋を出た男を尻目に、ベルエールは醒めた目でニヤリと笑った。

 「見たか、さっそく釣れやがった」

 フィンクもまた、醒めた目で彼を見た。

 「釣るって、晩ご飯の事だったのね」


 「アホかてめぇ、飯なんかどうだっていいんだ。

  ルーエイの話で、市長がこのレースでイカサマを働いてんのは間違いねぇと思った。

  軍人達の間で1着になる者をあらかじめ決めておいて、それに市長が乗っかってボロ儲けしようって企んでたのは

  疑う余地がねぇ。

  それが、今日のレースで逆にボロ負けした。

  一体どんだけ賭けてたのかは知らねぇが、ギャンブル好きの金の亡者が負けを負けのまま放っておく訳がねぇ。

  負け分を取り戻すために何か手を打ってくる、バカでもすぐ考える」


 「どんな手?」

 「俺が知るか。

  そんなもん行ってみるまで分かる訳ねぇだろ。

  ここからが本番の勝負だ。

  お前も連れて行く、さっさと支度しろ」

 「え?、あたし?」

 「残りのてめぇ等は留守番だ。

  食いたいもん好きなだけ食っていいが、金の見張りだけは忘れんな」


 ベルエールの真の目的は、市長と接触する事にあった。

 直接会って何をするつもりなのか。

 相変わらず、彼は肝心なところは誰にも教えない。


 ベルエールの推測は正しかった。

 実を明かせば、騎馬親衛隊の兵士達は裏で順位を示し合わせていて、後で賞金を等分する腹積もりでいたのだった。

 レースの途中で二者が落馬したのも計算のうちで、彼等は最終オッズで1番2番人気の選手達だった。

 人気高の選手が脱落する事で、人気薄で高配当の選手が自然な形で優勝出来るように仕組まれでいた。

 市長の希望通りの結果を出すために。

 それが、タミヤの登場で全てご破算になってしまった。

 勝手に皮算用してほくそ笑んでいた彼等の落胆振りは如何ばかりか。

 ましてや、大金を投じてその全てを失った強欲市長の怒りは推して知るべし。


                                             続



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