金満都市
03 金満都市
ベルエールの独断で、一行は暫くリサンシューに滞在する事になってしまった。
なぜ、一泊だけの予定を急に変更したのか。
理由も分からず戸惑う女性陣を前に、彼は、昨夜ルーエイが見聞した話を聞かせてやった。
「へえー、そんな事があったんだ・・・」
フィンクが感慨深げに呟く。
「で、何する気なの?、あんた。
まさかその女の子を助ける気?」
「出来もしねぇ事をする気はねぇよ。
今、ルーエイに町の事情を調べさせている。
何をするかは、それが分かってからだ。
てめぇ等にも動いてもらう」
「なに勝手言ってんのかな、立場分かってる?」
「立場がなんだ、俺はやりてぇようにやる」
言い出したら聞かない頑固者に、フィンクは肩を窄める。
「強情だね、あんた。
でも、あんまり長居は出来ないよ、任務とは関係ないんだし」
「言われんでも分かってる」
「やれやれ、一体何があんたをそうさせるんだか」
「この町は、健全な統制の行き届いた町じゃねぇ。
別の理屈で回ってる町だ。
ここで商売をする奴等がどうなろうが知ったこっちゃねぇし、子供には悪いが何もしてやれねぇ。
だが、確実にてめぇは何もしねぇで甘い汁だけ吸ってる輩がいる。
人から金を巻き上げる事しか知らねぇ守銭奴って奴が、俺は一番嫌いだ」
「あんた、思ってたよりずっとまともな感覚してんだね。
案外いい人なんだ、騎士道って奴かな」
「ベルちゃんカッコいいですよ」
「茶化すんじゃねぇ」
「フィンク、あなた全く分かってないようですね、ベルエールという人を。
そんな青臭い動機で動くような人じゃありませんよ、この人は」
ペアを組んだ経験からか、ルルートは他より幾らかは彼の人となりを理解しているようだ。
「そうだ。
俺がやりてぇのは、ただの憂さ晴らしだ」
フィンクをはじめ彼女達とルーエイは、誰一人としてベルエールの過去を知らない。
お互いに、人には言えない過去の事情を抱えつつ現在の仕事をしているのは、誰に言われずとも察しがついているが、
それに関しては、深く追求も詮索もしないのが彼等の共通認識となっている。
彼等は常に、互いに遠慮も配慮もなく、己が能力を最大限に発揮し任務を全うする事が求められているからである。
☆
ベルエールは、元々は教会の助祭だった男である。
彼は、田舎の町の敬虔な信徒の元に生まれた普通の子だった。
普通に洗礼を受け、普通に教会に通った。
いつしか聖職を志すようになり、10歳になるのを機に町の修道院でそのための勉強と修行を始め、13歳で都市の
神学校へ入学する。
成績は極めて優秀であり、寄宿舎での生活も規律に従い一切の乱れなく、何度も模範生として表彰された。
特に、部活動の剣術は抜きん出ており、その腕前は他の追随を許さなかったという。
19歳で何の問題もなく首席で卒業した後は、とある教会に助祭として赴任し働き始める。
そこから、歯車が狂い出す。
彼は、そこで教会の内部に蔓延する腐敗の現実を目の当たりにした。
信徒の女性との不義密通、少女への姦淫、喜捨物の着服、不正会計による横領、教会内部や都市の役員人事に関する
贈収賄、教会主導の慈善事業費の還流等々、その権威と資財を悪用した犯罪が当たり前のように横行していたのだ。
特に、本来最も高い見識と道徳心を持たねばならないはずの、司祭達の無節操振りは目に余るものがあった。
彼等にとって、情婦を囲うのは一つの品格と見なされたし、そこに当然のように付随する堕胎や私生児の問題は一切
無視された。
また、貴族と癒着して優雅な生活を送る者や、中には政治的野心を剥き出しにする者もいた。
憤慨した彼は、その反社会的行為の告発に乗り出す。
資料を集め、証拠を積み重ねて告発状を作り、教区の最上位である司教の元へ送り届けた。
数日後、彼は情報漏洩と記録の捏造及び社会の秩序を乱そうと悪魔に魂を売った異端の罪で拘束され、教会内の牢に
監禁される。
告発状は握り潰されてしまっていたのだった。
それから数ヶ月後、異端裁判の判決の前夜、彼は脱獄する。
後日、捜索を断念した教会側は、彼が異端及び反逆者として騎士修道士によって処刑されたと発表。
同時に、教会内における籍と記録は全て抹消された。
そのため、彼の公式な履歴は神学校卒業で止まっている。
刑事裁判でも異端裁判でも結果は共に死刑判決だったのだから、どのみち彼の命運は尽きていた。
彼の脱走を手引きしたのは、コンパルス・フェブラルドだった。
告発状は教会の手で揉み消されたが、偶然にも裏ルートでその一部を入手したコンパルスがその作成者に興味を持ち、
密かに接触し、手筈を整え、脱走後は身柄を匿い、その後幾つかの行程を経て現在に至っている。
彼の強い正義感は生来のもので、教会を追われ聖職者への道を絶たれた今でもそれは変わらない。
退廃した教会に憤っていると同様に、無知で愚かな世間の民衆にも醒めている。
戸籍上は死亡した現在でも、それは変わらないのである。
☆
昼近くになって、ルーエイが宿に帰ってきた。
「あー腹減った。
タミヤ、飯食わせろ」
「まだお昼じゃないですよ、ルーちゃん」
「前にも聞いたぞ、その台詞。
ならお前のおっぱい飲ませろ」
「ルーちゃんエッチい、まだ出ないですよ」
「だから俺が出るようにしてやるって言ってんだよ、たまには俺にも甘い汁吸わせろ」
「トマトジュースならあるですよ、爽やかな朝にピッタリですよ」
「二日酔いオヤジじゃねえよ・・・」
彼は、フィンクに運ばせたスープとパンをがっつきながら、自慢げに調査結果を話し出す。
「ここの支配者はブランキニョール子爵って言うらしい。
ベシュデメルって伯爵の甥なんだそうだ。
市長で最高権力者で、チビでデブだとさ。
相当やんちゃなガキらしいぜ」
「ガキなのか」
「いや、39歳だとよ。
でも頭ん中はガキ以下で、酒と女と金とゲームと肉にしか興味がねえらしい。
デブチンとか父っちゃん坊やって言えば、町の人ならすぐ誰の事だか分かるってよ。
嫁はいるが、愛人は両手じゃ足りないくらいいるんだそうだ」
「てめぇも羨ましいか」
「ばか言え、女ってのは囲った時点で魅力半減だってんだ。
蝶々は花畑で飛んでる方がいい、虫籠に入れちまったら味も素っ気もねえ」
「下世話な情報ばかりだな、誰に聞いたんだ」
「酔っ払い、ホームレス、荷物運び人足」
「まともな奴に聞けねぇのか、てめぇの力なら簡単だろうが」
「朝の酒場にまともな奴がいるかよ。
でも酒場のオヤジにはシビアなネタが聞けたぜ」
彼の調査によると、ここで商う商人が支払う税金の内訳は、土地建物使用税、営業権取得税、井戸などの施設利用税、
売上げにかかる所得税、売り子など使用人を雇っている場合の雇用税、商品そのものにかかる物品税、酒税、娼婦が
入る保険にかかる医療税、その他、営業活動と市民生活のほぼ全てに税が課されている。
それらは、都市の行政及び治安維持の警察機構と領兵などの活動という形で全市民に還元されているとなっているが、
納税額と釣り合っていないのは明らかだと不満を持つ市民は数え切れない。
「差額は全部子爵の懐に入るって寸法か。
それだけ税金払って市民はよく生活してられるな」
なにしろ立ち寄る人が多いので、他の地より商品やサービスの価格を多少高く設定しても相応の売り上げがあるため、
程度の差はあれど生計は成り立っている。
裏を返せば、所得の落ちた店には途端に重税が伸しかかる事になり、耐えかねて夜逃げ同然で雲隠れする商人も多い。
ただ、空き店舗が出来てもすぐに後釜に座る者が現れるので、都市の財政に全く影響はない。
「それをずっと続けてきてんのか、ここの連中は」
「今のガキが市長になってかららしい。
先代の子爵の時は別に普通だったんだと」
先代のブランキニョール子爵、つまり現市長の父親の代までは、この町は普通に街道の要衝として繁栄していた。
当然の如く歓楽街も存在したが、あくまでも自然発生的に形成されたもので、貪欲な商人達の手によるものだった。
それは、繁栄の一助になる一方で治安の不安定さという問題を引き起こし、子爵は犯罪発生率の増加という副産物に
悩まされ続けたという。
世代が替わって、今の市長が警察権を強化して治安の改善を図り、風紀を乱す温床として歓楽街で幅を利かせていた
マフィアの追放を実現した。
その結果、犯罪件数を減らす事に成功し、対応に難儀していた商人達を喜ばせた。
ただし、その対価として、それまで彼等が牛耳っていた利権の幾つかは剥奪され、概ね自由だった商業活動に制限が
加えられるという弊害を生む。
その後、保安対策という大義の下に規制が強まるにつれ、市長に権力と金が集まる一局集中の構図が鮮明になった。
一度体制が確立してしまうと、それに不満を持つ人達が後からどんなに抗議しても覆すのは難しい。
市長は、この町自体を、庶民から金を吸い上げる一つの集金システムとして完成させてしまった。
話を聞き終えたフィンクが、率直に感想を言う。
「ガキだとか言われてた割りには、けっこう頭いいんじゃない」
「いや、政治に無関心なバカガキにそんな施策が出来る訳がねぇ。
その話が確かなら、どこかに入れ知恵をした奴がいるって事だ。
取り巻き連中の中にいるのか知らねぇが、そいつ等も同罪だな」
「でも、税に苦しむ話って別に珍しくもないわよね、何が気に入らないの、あんた」
「だから、ただの憂さ晴らしだって言っただろ。
それ以上でも以下でもねぇ」
ベルエールの言葉で何かを思い出したルーエイ。
「憂さ晴らしって言やあ、明後日、市長杯競馬ってのがあるらしいぜ」
「競馬だ?」
「町の外れに競馬場があって、レースはいつもやってんだが、市長杯ってのが年に2回あるんだと。
昨日辺りから人が増えてきてて、明日になれば混雑振りはこんなもんじゃねえんだってよ」
「てめぇ、関係ねぇ事まで調べてんじゃねぇよ」
「関係なくもねえんだな、これが」
これが他のレースと違うのは、市長が直々に主催する事にある。
市長が自らの権力と威厳を誇示しつつ、市民に娯楽を提供するのが、開催の主たる目的であると言われる。
そのイベントに箔を付けるため、市長は、伯父であるベシュデメル伯爵とその側近を護衛する騎馬親衛隊の隊員達を
騎手として招聘するという特別の趣向を凝らした。
騎馬親衛大隊は、伯爵の領兵の中でも名実共に最精鋭と呼ばれる部隊であり、領民からの尊敬と信頼を一手に集める
憧れの存在である。
その乗馬のプロフェッショナル部隊の現役隊員がレースで覇を競うのだから、市民の盛り上がり方は尋常ではない。
となれば、そこで動く賭け金の額も、当然の如く一般のレースに比べて格段に大きい。
「市長自身も金を賭けるらしいんだが、どっさり賭けてごっそり儲けるって話だぜ。
噂じゃ一度も外した事がねえってよ。
だから、もしかしたら出来レースなんじゃねえかって言われてんだが、証拠がねえんじゃ誰も何も言えねえのさ」
「そこにも練金の絡繰りがあるってのか」
「さあ、どうだかね。
ただ、ここで面白えのは、レースの参加資格に制限がねえって事だ。
飛び入り自由で誰が出てもいいんだとよ」
「なんだそれは、一般人が騎馬兵とまともに勝負出来っか」
「それも客寄せの作戦なんだろうよ」
☆
その日は朝から晴れ渡り、町中は以前にも増して人、人、人でごった返していた。
大半は、市長杯競馬を目的に周辺各地より集まってきており、半期に一度の一大イベントに出場する騎馬親衛大隊の
英雄達を見ようとする物見高い見物客か、濡れ手で粟の一攫千金を目論む欲深い者達で占められている。
会場の競馬場は、異様な雰囲気に包まれていた。
ざわざわとした雑音と騒音の中で、司会兼実況を担当する役者のような男が、音響メガホンを手に声高にイベントの
開会を宣言し、会場を盛り上げる。
「さあさあ、やってまいりましたこの時が。
半年に一度の世紀の大勝負、領兵の中でも随一の実力を持つ精鋭、領兵中の領兵、精鋭中の精鋭、騎馬親衛大隊の
戦士達の中から選ばれし5人の猛者達による、最強の中の最強を決める文字通り最強決定戦!
さあ皆さん!、間もなく出走だよ!、馬券を買うなら今だよ!、もうすぐ締め切りだよ!」
楕円形のコースを取り囲む大きな客席スタンドは鮨詰めの観客で埋め尽くされ、一段高い貴賓席には市長を始めその
側近や市の幹部、豪商達も顔を揃えた。
全員が、固唾を呑んで今や遅しとその時を待っている。
「本日は快晴、馬場の状態も良好、決戦の舞台は整った!
もう待ったなし!
とうとう決戦だ!、勝者は誰だ!、最強は誰だ!」
司会者の名調子に乗せられて、弥が上にも盛り上がるスタンドの観衆の中、いよいよ、鍛え上げられた屈強な5人の
若者達が騎乗して馬場に入場する。
場内は一斉に大歓声に包まれ、興奮は最高潮に達する。
「そしてなんと!、本日は一般飛び入り参加者がいるぞーっ!
ゼッケン6番!、この日のためにわざわざ王都から馳せ参じた、タミヤ嬢だーっ!」
「イェーイ、ガンバるですよーっ!」
5人の兵士達の最後尾から、馬に跨ってスタンドに向かって満面の笑顔で大きく手を振るタミヤが入ってきた!
続