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エミナンス・グリーズ 2  作者: 降下猟兵
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光と影


 02 光と影



 ベシュデメル伯爵領に入ってすぐ、一行は巨大な都市に行き当たる。


 緩い丘陵地の坂を上って行った先、丘の頂点に達した時、目の前には見渡す限りの大きな町が広がっていた。

 周囲を丘に囲まれたカルデラ状の盆地、その全てが町になっている。

 一見して、領の都かと見紛うほどの大きさだった。

 遠くに夕焼けを望みながら、街道沿いに続く無数の灯火を俯瞰で見るその光景は、まさに絶景と呼んでいい。

 その都市が視界に映ってから、実際に足を踏み入れるまでには、長い渋滞との戦いが待っていた。

 都市の入り口には門があり、そこで通行税の取り立てが行われていたからだ。


 街道を通行する際の税の徴収は珍しい事ではなく、都市や町の出入りはもちろん、橋やトンネルといったインフラを

 利用する場合も、その都度必ず現場で待機している役人に支払わねばならない。

 徒歩か馬車か、また馬車の積み荷の重量に応じて、各地の領主が定めた額の税金を支払うのは常識となっている。


 彼等が訪れた都市の名は、リサンシューという。

 そこは、東西と南北それぞれの方向に走る街道が十字に交差する交通の要衝であり、人、物、金が入り混じる物流の

 中継地であり拠点でもある。

 道の両側には様々な商店や酒場、旅籠が先が見えないほど軒を連ね、往来する人や馬車の流れが途絶える事はない。

 とにかく人が多い。

 王都でも、ここまで一ヶ所に人が集中するのは、マルシェくらいではなかろうか。


 この町がこうも活気に満ちているのは、町全体で歓楽街を構成しているせいだと知るのに時間はかからなかった。

 街道を軸に賭場街や遊里が広がり、劇場や遊技場、質屋などもあり、夜になっても人の波が引きも切らない。

 むしろ、夜の方が活気と熱気で溢れ返る。

 毎日が祭りのような混雑振りだ。

 美食、娯楽、快感、三拍子揃った桃源郷に集まる人々は、街道を利用する商人や旅人ばかりではない。

 近隣の町や村、または少し離れた山で働く出稼ぎ坑夫や職人などなど、老いも若きも男も女も惹き付ける。


 欲望に飢えた者達の坩堝と化したこの町は、ルーエイの最も好む匂いのする町である。


 ☆


 町に入って以来、ずっとそわそわし続けていたルーエイは、宿へ着くなり単独行動に出る。

 もはや、心が弾み血が騒いで浮かれ気分、ベルエールの忠告に耳を貸す気など更々ない。


 「んじゃ、俺はさっそく」

 「てめぇ、金もねぇくせに遊ぶんじゃねぇ」

 「心配要らん、金は賭場で稼ぐ」

 「アホかてめぇ、この手の町には海千山千の山師が揃ってんだ、まともに稼げるか」

 「イカサマは得意中の得意だ。

  なんならお前の分も稼いでやるよ、行くか?」

 「行かん。

  人混みは大嫌いだ」


 タミヤもまた、町の賑やかさに心を躍らせていた一人だった。

 「フィンちゃん、ご飯食べ行くですよ。

  ルルちゃんも行くですか?」

 「結構です。

  悪魔と同席すると食事が穢れます、一人で行きます」


 タミヤと一緒に食事に出かけたフィンクを除き、残りの3人は別行動を取る事になった。

 派手な乱痴気騒ぎや雑踏など、人の集まる場所を殊更に嫌うベルエールは、一人宿屋に残って簡単な食事を摂った後、

 二階の与えられた部屋で寛いでいた。

 なにぶん外来者の多い町だけに、どの宿屋も飛び込みでは空きがなく、ようやく確保した一部屋だった。

 もちろん、5人分のベッドが用意される訳もなく、雑魚寝を覚悟するにしても間取りが広めなのがせめてもの救いか。


 ☆


 ほどなくして、ルルートが帰ってきた。

 憮然とした顔でドアを開けた彼女を見ると、他人に無関心なベルエールでも声をかけたくなる。


 「なんだ、早ぇな」

 「この町の軽薄さにはうんざりです。

  ただ座って食事をしていただけなのに、後から後から男の人がドクドクぶっかけてくるんです」

 「ドクドクじゃねぇ続々な」

 「たくさん稼げるいい仕事あるよって」

 「なるほどな。

  で、なんて答えた」

 「このクズ共に神の裁きを」

 「てめぇが言っても説得力ねぇだろ」

 「心に後ろめたいものを持った者ばかりですから、効果は覿面でしたよ」


 ルルートは、いつ如何なる時も、肌身離さず信仰の証しである手帳大の教典を持ち歩いている。

 それをチラつかせながら蔑まされると、男達はそれ以上この修道美少女に絡むのは無益だと覚る。

 聖職者を唆す、欺く、危害を加える、利用する、それ等の行為の代償が桁外れに高くつくのは子供でも知っている。


 それから暫く後、フィンクとタミヤも帰ってきた。

 二人は、ルルートとは対照的に上機嫌で、その楽しげで満足げな笑顔とアクセサリーやお菓子などの手土産を見れば、

 この華やいだ夜の町を十分に堪能したであろう様子が窺える。

 その手荷物の物量を見ると、他人に無関心なベルエールでも声をかけたくなる。


 「てめぇ等どんだけ買い込んでんだ、無駄遣いすんじゃねぇ」

 「旅の途中で食べるのよ。

  この町を離れたら、こんなにたくさん買える所も暫くないだろうしね」

 「俺のはねぇのかよ」

 「あんたはお菓子なんか要らないでしょ、酒さえあれば十分だっていつも言ってるくせに」

 「気の利かねぇヤツ等だ」


 美食談義に花を咲かすこの二人の美少女もまた、ご多分に漏れずルルートと同じ目に遭っていた。

 「ご飯美味しかったよ」

 「丸焼きダックですよ。

  ベーリグッですよ、頬っぺ落ちたですよ」

 「デザートもよかったね」

 「フルーツてんこ盛りですよ、舌溶けたですよ。

  ルルちゃんは何食べたですか?」

 「テンダーロインステーキ800グラムです。

  デザートはベリーとイチゴのチーズケーキ、チョコレートムースと生クリーム乗せです」

 「てめぇ等どんだけグルメだよ」


 「でも大変だったね、スカウト」

 「スカウトいっぱい来たですよ」

 「なんだ、てめぇ等もか」

 「もうしつこくてしつこくて、追っ払うの一苦労だったんだから。

  タミヤが野良犬見つけてボディガードさせなかったら延々続いてたわね、きっと」

 「ワンちゃんグッジョブですよ」


 「観光客を水商売に引っ張り込もうなんざ見下げ果てるな。

  何考えてんだここの連中は」

 「女手が足りないんだって、みんな二言目には同じ事言ってたよ」

 「ルルートにまで声をかける奴等だからな」

 「このド変態に・・・、いや、それはありかも。

  いい仕事紹介してあげるわよ、ルルート。

  あんたにピッタリの仕事」

 「マジで殺しますよクソ悪魔」


 ☆


 みんな寝静まった深夜になって、ひょっこりルーエイが部屋に戻ってきた。

 その気配で目覚めたベルエールは、嫌味混じりで文句を言う。

 ルーエイは、出かけた時とは真逆の渋い顔で、言葉少なだった。


 「なんだてめぇ、朝まで戻らねぇと思ってたのに、枯れるのが早過ぎんじゃねぇのか」

 「つまんねえ」

 「何がだ」

 「なんて言うか・・・、気に食わねえ」

 「フン、てめぇにしては珍しく煮え切らねぇな。

  女を買いそびれたか」

 「いや、買った。

  買うには買ったが・・・」


 ルーエイの口が重いのには理由があった。

 繁華街へ出てすぐ、数軒の賭場でイカサマを働いて金を稼いだ彼は、酒場で景気付けとばかりに酒を飲んでいた。

 えてして、一人で機嫌良く呑んでいる金回りの良さそうな者には、目敏く口の達者な客引きが言い寄ってくるもので、

 その時も中年の小柄な男が彼の側へきて、「いい娘いるよ」と耳元で囁いた。

 彼は男に金を渡し、連れられるまま一軒の女郎宿へ行き、小さな部屋へ通される。

 そこにいたのは、ベッドの上で膝を抱え、ちょこんと座って項垂れる一人の女。

 客の来訪に気付いて顔を上げた女は、今にも泣き出しそうな顔をした、まだ年端も行かぬ幼い少女だった。


 「てめぇ、まさかその子供に手を付けたのか」

 「よしてくれ、俺は悪魔じゃねえ」


 いかに女好きでも、このあまりにも幼い子供を手籠めにするほど落魄れてはいないし、そんな趣味もない。

 彼にとって、女の価値は乳で決まる。

 はっきり言って、全く胸の発育のない子供には食指が動かないどころか、かえって興醒めもいいところだ。

 彼は、ベッドにすら腰を下ろす気がしなくなった。

 床に座り、徐に歳を聞いてみると、少女は震える声で11歳と答えた。


 なぜ、こんな幼子が客を取って体を売らねばならぬのか。

 問われて、少女はとうとう泣き出してしまった。


 少女は、都市の近郊の村に住む農家の娘だった。

 家は貧しく、家族はその日の食事にありつくのにも苦労するほどだった。

 それでも、一家は力を合わせて必死に生きていた。

 父親は、少しでも生活が楽になるように考え、農閑期を待って鉱山へ出稼ぎに出かけたのだが、仕事中に足に怪我を

 負ってしまい、期待したほどの稼ぎにはならなかった。

 不足分を補おうとした彼は、この町でギャンブルに手を出し失敗する。

 せっかくの稼ぎを失うばかりか、借金まで背負ってしまった彼には、娘を差し出す以外の道は残されていなかった。

 賭け事で身を持ち崩す典型的なパターンに嵌ったとも言える。


 ルーエイは、何も言わずに手持ちの金を全部少女に渡して部屋を後にした。

 「大方そんなこっちゃねえのかなとは思ったんだよ。

  つまんねえのに引っかかっちまった」

 「田舎の貧しい村じゃ珍しくもねぇ」


 「その後、仕切り直しに別ん所で酒飲んでたら、変な酔っ払いのオヤジが横にきて、ここで本当にいい女を買うには

  一財産要るんだって言いやがった。

  貴族や豪商相手の高級娼婦並みだとよ。

  普通の金額じゃ、子供かおばさんしか買えねんだと。

  なんでも、上が根刮ぎピン撥ねするのが原因らしい。

  根刮ぎ取ったらピン撥ねって言っていいんかな。

  女だけじゃねえ、酒場も宿屋も、ここで商売してる奴等は相当絞り取られるって話だ」


 「俺も下の酒場で聞いた。

  この町は、ただ立ち寄っただけの商人や旅人には天国に映るかも知れねぇが、住んでる者には地獄なんだそうだ。

  そういう意味だったのか・・・。

  ルルート達までがやたらスカウトに追い回されたってのも、そういう事が関係してんのか」

 「フィンクもか?」

 「ああ」

 「バカか、あれに手を出したら全員殺されるっての」

 「ここの奴等は知らねぇんだ、無理もねぇさ」


 酔っ払いのオヤジはこうも語った。

 この町は金が全て、全ては金の町だと。

 身分は関係ない、金のあるなしで何もかもが決まる。

 たった一夜にして富豪の仲間入りを果たす運のいい者もいれば、賭け事に負けて借金苦に陥った挙げ句、奴隷商人に

 売り飛ばされた者も多数いるという。


 「まあ、この手の街にはよくある、光と影って奴だな。

  バカな奴はどこにでもいる」


 ベルエールは、何かを思うように首を窓の外に向けた。

 「くだらねぇ」


 ☆


 翌朝、フィンクが目覚めた時、既に起きていたのはルルートだけだった。


 「なに?、起きたのあんただけ?」

 「あら残念、もう少し寝ていてくれれば、永遠に眠り続けられるようにしてあげましたのに」

 「ベルエールもまだなの?

  ちょっと、起きなさいよベル、あんたリーダーでしょ」

 「うるせぇバカ、デカい声出すんじゃねぇ」

 「なんだ、起きてたんじゃない。

  だったら早く出発の準備してよ、ていうか、ルーエイはまだ帰ってないの?

  いつまでほっつき歩いてんのかな、あの遊冶郎」


 フィンクに朝のまったり気分を台無しにされたベルエールは、苦々しい顔で半身を起こして煙草に火を着ける。


 「朝っぱらからガヤガヤすんじゃねぇ、母親かてめぇ」

 「あんたがしっかりしないからでしょ。

  それよりルーエイよ、どうすんの、待つの?」

 「ヤツはもう出た」

 「え?、なに?」

 「用事を言いつけた、すぐは戻らん」

 「どういうこと?」

 「暫くここに留まる、宿屋のオヤジにそう伝えてこい」

 「なに言い出すのかな、急に。

  一泊だけのはずだったよね。

  それに、あんたこの町が嫌いだって言ってたでしょうよ」

 「気が変わった」


 突然、予定の変更を告げるベルエール。

 どういう風の吹き回しなのだろうか。




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