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エミナンス・グリーズ 2  作者: 降下猟兵
11/11

Louloutte


 11 Louloutte



 一行が船着き場に到着した時、島の奧から何者かの不気味で強烈な叫び声が聞こえた。

 直後にフィンクが反応して、ベルエールに呼びかける。

 「ヤバい・・・・。

  ベル、ヤバい事になってるみたいよ、エイルニルスが行くなって言ってる」

 「今の声がそれか」

 「エイルニルスよりも強い奴がいるって。

  あたしも感じる、物凄い邪気」

 「邪気がなんだ、ここまで来てビビってられるか。

  もう後には退けねぇ」

 ベルエールを先頭に、フィンクとルルートは意を決して島の土を踏む。


 島への上陸が3人になってしまったのは、ルーエイとタミヤの二人は駐留軍の兵士達の気を逸らせる囮役となるため、

 港に残らざるを得ないという事情があったからだった。

 漁港に詰めていた数人の兵士達を彼等が適当にあしらっている間に、フィンクの相棒エイルニルスが漁師に憑依して

 島へと漕ぎ出していた。

 悪魔の復活が確実と分かった今、ルーエイの不在が大きな戦力ダウンとなるのは否めない。

 それを嘆く暇もなければ、そのせいで勝機を逸したと後で笑われるのも癪だ。


 3人が辿り着いて見たものは、壮絶な現場だった。

 小さな神殿の前には老人顔の悪魔がいて、そこに倒れる人間の肉を狂ったように食い散らかしている。

 既にアヴァリス神父は絶命していると思われ、直視出来ない姿に様変わりしてしまっていた。

 おぞましいほどの凶悪な邪気が周囲を包み込み、血生臭い臭いが鼻を衝く。

 ベテランと思われていた神父達がこうも簡単に惨敗したのはなぜか、悠長に考えている余裕はない。


 ベルエールは、後続に手で合図して草陰に身を屈め、用意してきた自前の剣を抜いて警戒態勢を取りつつ、段取りを

 指示する。

 「フィンク、てめぇの悪魔を突っかけろ」

 「悪魔同士でケンカさせちゃっていいの?」

 「本気でやり合う必要はねぇ、気を逸らせりゃいい。

  攻撃は俺がやる」

 「分かった、やってみる」

 「ルルートは儀式の準備だ。

  こんな凶暴な悪魔は見た事ねぇ、てめぇに出来るか?」

 「もちろんです」


 フィンクが悪魔を出した。

 悪魔と悪魔が対峙する奇妙な光景が展開する。

 エイルニルスが声をかけると、気配を察したフルカスが振り返る。


 「さもしいな、貴様」

 「おおや、血の臭いを嗅ぎつけてきた奴がおるか。

  だが貴様にはやらんぞ。

  ここはワシの縄張りじゃ、よそ者が勝手に入るでない」

 「要らぬわ、穢らわしい。

  この辺りを縄張りにする者は誰もおらぬと思っておったが」

 「知らんな、ワシが決めた。

  ワシが蘇ったからには、この一帯をワシが支配してやるのじゃ。

  ここの人間共を食い尽くしてやるわ、誰にも邪魔はさせぬからな」

 「餌を食い尽くしてどうする、利口者なら食うと同時に繁殖を考えるものだ」

 「要らぬ世話じゃ。

  貴様は何者だ、名を名乗れ」

 「断る。

  もうじき屠られる者に名乗る名などない」


 悪魔同士の睨み合いの隙を見て、ベルエールが、草むらから飛び出しフルカスの足をめがけて全力で剣を振り抜いた。

 奇声を上げた悪魔の右足は、真っ二つに切断された。

 気が付けば既に目の前にエイルニルスの姿はなく、フルカスは、代わって剣を手に立つベルエールを鬼の如き剣幕で

 睨みつけた。

 「おのれ神父!、まだ生き残りがいたか!」

 フルカスがベルエールに掴みかかろうと腕を伸ばした時、その前にルルートが立ちはだかった。



 ルルートは、田舎の小さい村に生まれた。

 なんの変哲もない、ただの小さい村の外れに住む貧しい夫婦の元に生まれた。


 普通と少し違うのは、家のすぐ近くに小さな修道院があった事ぐらいだ。

 神の教えをひたすらに守り、清貧を旨とする質素な修道院。

 修道士達は、村人と苦楽を共にする自給自足の共同生活を送っていた。


 夫婦は、修道院の仕事を手伝って暮らしていた。

 野菜を作ったり、ブドウを栽培してワインを作ったり。

 ルルートの遊び場は、いつもその修道院だった。

 遊び相手はいつも修道士達だった。


 それは、彼女が9歳の時だった。


 隣り町で悪魔に取り憑かれた者が現れ、悪魔祓いのために修道院へ連れてこられる途中、門の前まできた所で発狂し

 暴れ出して逃走し、すぐ近くの民家に立て籠もってしまった。

 その民家こそがルルートの住む家で、その時両親は畑仕事に出ていて、彼女が一人で留守番をしていた。


 修道士達が慌てて家に駆け付けた時、驚いた事に悪魔は既に祓われていた。

 狂った悪魔憑きに襲われ首を絞められ、命の危機に晒されながらも、彼女は無意識に教典を唱えていたと言うのだ。

 確かに、修道院では年に1、2回程度は悪魔祓いの儀式をする事はあった。

 ただし、それは隔離された部屋の中で行い、その様子は外部からは窺い知る事の出来ない状態でなければならない。

 祓われた悪魔が別人に取り憑くのを避けるため、必要欠くべからざる重要な事である。


 ルルートは、いつも修道院の敷地内で遊んでいたので、知らず知らずのうちに修道院内のあちこちから聞こえてくる

 教典の様々な言葉を暗記してしまっていた。

 だからと言って、一度も目にした事のない悪魔祓いが一足飛びに出来るはずがない。

 しかも、たった9歳で。


 仰天した修道士達は、彼女に対して色々と質問したり試してみたりした。

 彼女はその全てに完璧に答え、彼等を更に驚嘆させた。

 なぜ、修行もしていない幼い少女に悪魔を祓う事が出来たのか、その理由は誰にも説明出来ぬままではあったにせよ、

 これがとんでもない天才祓魔師の誕生だとして村で言われ始めると、噂はたちどころに周辺の市町村に広がった。

 修道院には、是非とも悪魔祓いをお願いしたいという者達が、列を成して詰めかける事態に発展した。

 そこで、一件の儀式を修道士立ち会いの下実施してみたところ、彼女は僅か1分でものの見事に片付けてしまった。

 これが決定的拍車となり、噂は更に拡散し、遂には都市にまで波及する。


 噂を耳にした都市郊外のとある大修道院の司祭から、是非とも彼女を正式に修道会に入会させたいとの申し出があり、

 その誓願を立てさせるための修行を始める用意があるとの打診を受け、彼女自身もそれに同意した。

 都市の修道院内で暮らし始めた彼女は、他の研修生等と共に修行を始める。

 この時、彼女は11歳。


 すると、今度は多くの信者が大修道院へ押し寄せるようになり始めた。

 彼女に祓って欲しいとの申請のあまりの多さに対応し切れなくなった院側は、甚だ異例な事ながら、修行中の彼女に

 儀式をさせるという措置を取らざるを得なくなった。

 断じて特例措置と言いながらも次第に数は増え、年に数回から10回程度はこなすようになるに至って、その人気は

 留まるところを知らず、聖女の降臨とまで讃えられた。


 順風満帆に思われた彼女の生活に翳りが見え始めたのはその頃で、彼女の人気が高まるにつれ、それを疎ましく思う

 者が現れる。

 大修道院のあった都市の中には教会もあり、そこには悪魔祓いを得意とする司祭がいた。

 実際、初めのうちは、儀式の依頼は教会の司祭への方が圧倒的に多かった。

 そもそも、修道院とは修道士達が偏に修行に励むための場所であり、外部との過度な接触を拒む閉鎖的な色彩が濃い

 場所でもある。

 どこの町内にもあって、住民との親睦を積極的に推し進める教会とは基本的に違う。

 そのため、大修道院では悪魔払いを専門にする司祭はおらず、あくまでも修行の一環という位置付けに過ぎなかった。

 彼女の儀式の回数の多さは異常だったのである。


 教会の司祭は、彼女の能力に不審を抱いた。

 あまりにも多く、しかもその顛末が鮮やかで綺麗過ぎると感じたのである。

 そして、彼女は悪魔と契約しているという結論に達した。

 彼女の才能に嫉妬していると揶揄する声もあったが、実力と実績、住民との信頼度において絶対的な差を持つ司祭の

 言葉には説得力があった。

 彼がそれを世間で吹聴し始めると、彼女の人気は急落し、一転して憎悪の対象として謂われない愚劣で辛辣な攻撃の

 的にされた。

 横目で白眼視され、後ろ指を指され、陰口、誹謗中傷、冷水を浴びせられたり石や卵を投げつけられるなどは日常の

 風景となり、大修道院の関係者達でさえも、同列に扱われる事を恐れて距離を置き、手を差し伸べる者は誰もいなく

 なった。


 自分は何一つ悪い事はしていないのに、どうして誰もそれを認めてくれないのか。

 なぜ、悪魔祓いをする事を咎められねばならないのか。

 半ば軟禁状態に置かれた自室の中で、彼女は生まれて初めて孤独と絶望の淵に突き落とされた。

 未来への展望が失われ、光りが消えていく。


 やがて、司祭は彼女を魔女として弾劾する決意をし、教区司教に対し異端審問官の派遣を要請した。

 大修道院側は慌てて彼女の儀式への関与を全面否定したが時既に遅し、彼女の身柄は異端審問官の手に委ねられた。

 度重なる聴取の結果、異端審問官は彼女の並外れた能力を高く評価した上で尚、それは彼女が魔女であるが故なので

 あると断じた。

 彼女は無実を訴え続けるも、最後までその声が聞き届けられる事はなかった。

 こうして、15歳で魔女裁判にかけられる事が決したのである。


 しかし、裁判は開かれなかった。

 あたら希有で有能な人材を、無為に失う事を憂う者がいたからである。

 教会側に手を回し、裏で彼女の身柄を引き取り、その存在を表から消し去る一方で、能力を十二分に発揮出来る場を

 用意する。

 そんな無理難題を可能ならしめたのは、その者が領主、侯爵という身分だったからに外ならない。


 裁判が開かれる前に事が収められたのは、不幸中の幸いだった。

 もし、裁判が始まってしまったら、彼女の純真無垢で脆弱な精神では耐え切れなかっただろう。

 拷問、辱め、洗脳、およそ人間の尊厳を無視し貶めるそれらの責め苦は、彼女を廃人に変えたに違いない。


 彼女を利用する事で多額の寄付寄進を得た大修道院、或いは才能を妬んで、貶め、排除する事で自身の保身と価値を

 高めようとした教会。

 大人達の都合に振り回され続けた彼女の人生は、まだ終わりではないのである。


 ☆


 悪魔の前に仁王立ちするルルート。

 彼女の準備は既に整っていた。

 エイルニルスが会話をしながら、そしてベルエールが剣で斬りつけた一連の動作で、ルルートが地面に描いた円陣の

 中へ悪魔を誘導する事に成功していた。


 「なんじゃ、小娘が!」

 口から血を滴らせ、おぞましい形相で睨みつける悪魔にも、ルルートは顔色一つ変えなかった。

 むしろ、蔑むような目で見つめ返した。

 彼女が右手に持つ小さいハンドベルをチリンと鳴らすだけで、悪魔は全身が締め付けられるような痛みを感じた。

 左手に持つ教典を開きもせず、彼女はその一編を読み上げる。


 「悪魔よ、地獄に堕ちし神の子よ。

  神と大天使ミカエルの名に於いて、我は汝を救済せん。

  慈悲を請え、汝が罪を悔い、神にひれ伏せ」

 途端に、悪魔は頭を抱えて藻掻き、その場に跪く。


 教典を暗記、朗読するだけなら誰にでも出来る。

 祓魔師が特殊である所以は、その言葉に載せる魂、すなわち言霊の強さによる。

 ルルートのそれは、他の誰をも圧倒する。

 しかも、彼女の悪魔祓いは、単に追い払う事を目的としていない。

 その更に上の段階、つまり、封印するか滅殺するかの二者択一で、その存在自体を地上から消し去る事を目的とする。

 円陣の結界の中に閉じ込めるのはそのためで、通常の一般的な儀式ではまずやらない。


 彼女が言葉を発する度に、悪魔は悶え苦しみ、みるみる体力が消耗し邪気が薄れていく。

 悪魔が弱り切った頃を見計らって、彼女はベルエールに指示を出す。

 「ベルエール、剣で胸を突き刺して下さい」

 言われるがまま、ベルエールは悪魔の胸を貫いた。

 「そのまま地面に押し倒して下さい」

 彼女の無感情な言葉が続く。

 ベルエールは、剣を押し込みながら悪魔を仰向けに倒した。


 「意は決した。

  神は汝を許さない。

  我は汝を許さない。

  我は汝に鉄槌を下す。

  神の怒りを知れ」


 そう言いながら近づいて、彼女は剣の柄頭から聖水を垂らす。

 聖水は、柄から鍔へ、鍔から剣身へと伝わって悪魔の体に染み入っていく。

 耳を劈く奇声を発し、苦痛に悶絶し絶叫する悪魔の体が溶け出した。


 後は、ただ見ているだけでよかった。

 悪魔の体が全部溶け落ち、最後に骨だけが残る。

 彼女は、骨すらも残す気はなかった。

 その骨に聖水を垂らすと、それは砂のようにサラサラと脆く崩れ落ちた。


 ルルートは、完全に消滅させる道を選んだ。

 まさに天才。

 これほど完璧に悪魔を殲滅する儀式をする者を、ベルエールは他に知らない。


 草むらの陰に潜んで様子を見守っていたフィンクに、エイルニルスが語りかける。

 「なんと恐ろしい娘だ。

  フィンクよ、今後あの娘には親切にする事を勧めるぞ」

 「言いたい事は分かってる。

  でも可愛げがないんだよね、あいつ」


 ☆


 3人が漁港へ帰り着いた時には、陽は既にとっぷりと暮れ、すっかり夜になっていた。

 桟橋の上で、タミヤが焚き火をして待っていた。

 「終わったですか?」

 「ああ、完璧だ。

  ルルートに勝る悪魔などいねぇ」


 その少し先、陸揚げされた漁舟の陰に、馬車に乗ったルーエイがいた。

 「悪徳神父はやっつけたんだろ、終わったんならとっとと帰ろうぜ。

  今からじゃ、どう足掻いても野宿だけどな」

 「悪徳かどうか本人に聞いてみろ。

  まだ島にいるぞ、ミンチだがな」


 馬車の周りには、見知らぬ男達が数人、なぜかボコボコに叩きのめされて倒れていた。

 それを見て、フィンクがルーエイに苦言を言う。

 「なにこの人達。

  あんた、関係ない町の人まで巻き込むんじゃないわよ」

 「知るかよ、こいつ等が勝手に文句言って殴りかかってきたんだ。

  正当防衛だって」


 3人が島へ渡る過程で、漁港の見張りをしていた数人の領兵達に対し、タミヤが野良ネコや野ネズミを嗾けて騒ぎを

 起こし、彼等が右往左往しているところへルーエイが瞳術で眠らせて出帆を支援したまでは計画の内だった。

 予定外だったのはその後で、そこにいたルーエイを見つけた町の男が仲間を呼び、集まった男達が彼を攻撃してきた

 のだった。

 男達は、歓楽街の娼館で働く関係者で、一番の稼ぎ頭だったリルが突如として姿を消してしまったのは、彼が彼女に

 何かをしたせいだと難癖をつけて、落とし前をつけろと恫喝してきたのだ。

 言うまでもなく、彼は一捻りで黙らせてしまった。

 その成れの果てが転がっていたのである。

 彼は言い掛かりだと弁解したが、リルが失踪して店の売上げが激減したのは事実であり、男達が商売上がったりだと

 逆上するのは当然なのだ。


 「あんたって、本当に揉め事作るの大好きだね。

  次から次と飽きもせず」

 「好きでやる訳ねえだろ、俺は平和主義者だぞ」

 「誰が信じるか、そんな戯言」


 馬車に乗り込みながら、タミヤがベルエールに聞いた。

 「これ、どうするですか?」

 彼女の手には、カラスが持ち帰ったウサギの調理法の本が握られていた。

 「いい土産が出来た。

  帰ったらアンサンに届けてやれ」

 「はいですよ」


 「帰るぞ、てめぇ等。

  今夜は野宿だ、覚悟しろ」


                                             了



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