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エミナンス・グリーズ 2  作者: 降下猟兵
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逢魔が時


 10 逢魔が時



 暗闇に紛れてコートリュー伯爵の別荘へ侵入して、夜明けと共にトルフィニヨン島へ上陸する計画は、動き出す前に

 いきなり頓挫した。


 朝になっても、彼等は何も出来ずにいた。

 駐留軍に監視された状態では、宿から外へ出る事すらままならない。

 少しでも不審を抱かせるような行動を取れば、確実に逮捕され連続殺人の犯人にされてしまう。

 ファルダージュは朝食を済ませた後、何も知らぬまま宿をチェックアウトして新たな旅路へ出て行った。


 ベルエールは、タミヤに命じてヤタローに領兵の動きを見張らせながら、鳥を使って町の様子を調査させていた。

 宿を監視する領兵部隊は、交替要員と入れ替わりながら物陰に隠れて潜み続けており、一方の町の中は至って普通で、

 住民達はいつもと変わらぬ日常生活を送っている。


 タミヤは、町の様子とは別に、もう一羽の鳥を使って島の状態も観察していた。

 「木とか草とかボーボーですよ。

  細いくねくね道があるです、誰かが歩いた後があるですよ。

  昨日、ルーちゃんが調べた通りです、あっちこっちに石の小さい神殿みたいのがあるっぽいですよ」

 「人が歩いたのは最近か?」

 「そうですよ、草が踏まれてるですよ」

 「島の周辺はどうなってる、上陸出来そうな場所はあるか?」

 「無理ですよ。

  木がいっぱいです、船着き場しかないですよ」

 「船着き場はどっちの方向にある」

 「えーと・・、こっちの岸から見えない、反対側ですよ」

 「その辺りに舟があるか、人がいるか」

 「なんにもないですよ」


 町にも島にも、そして見張りの兵達にも、今のところ変化はない。

 フィンクがため息混じりで呟く。

 「あたし達、このままずっと缶詰めなのかな。

  これじゃ何しに来たんだか分かんないよ」


 それに、ルーエイが床に寝転がったまま投げ遣りに答えた。

 「構うこたねえよ、あんな兵士斬っちまえばいい」

 「あんたね、昨日のベルの話聞いてた?」

 「ベルエールの想像だろ、実際はどうなんか分かったもんじゃねえよ」

 「じゃあ、あんたはどう思ってんのよ」

 「知るかよ、そんなの考えるだけ時間の無駄だ。

  軍人なんてみんなアホだぞ、やれと言われた事しかやらねえからな」


 ベルエールが、アホなルーエイに自説を説明してやる。

 「軍隊てぇのはそもそもが政治の道具だ。

  必要な時に仕事をしねぇ道具なら誰も要らねぇ」

 「奴等の仕事はただ俺達を見張る事か?」

 「そうじゃねぇよ。

  このまま犯人が見つからねぇとどうなるかは、隊長には分かっているはずだ。

  奴等は今、ストーリーを作ってる真っ最中だ。

  1年前、俺達がどういう経緯で殺人に至ったか」

 「そんなの無理だ、誰もここにはいなかったんだからな」

 「だが、それを立証すんのも不可能だ。

  俺達が1年前、どこで何をしていたかを証明出来ねぇ限り、相手の作り話の方が通っちまうだろうさ。

  誰かを犯人に仕立て上げる・・・、奴等が、少なくとも隊長が生き残る方法はそれしかねぇ。

  道具だろうが米粒程度のプライドはあるだろうさ。

  筋書きが出来次第ここへ突入してくる、どのみち長くはいられねぇな。

  いつでも出られるように支度はしておけよ」

 「突入してきたら斬っていいよな」

 「勝手にしろ。

  そしたらてめぇは立派な殺人犯だ、俺は仲間扱いされたくねぇから手は貸さねぇぞ」


 ☆


 午後になり、更に陽が西に傾き、空をオレンジ色に染め始める頃になって、タミヤが町の方で何か新しい動きがある

 事を突き止めた。

 アラル教会の前で馬車か停まり、併せて教会関係者の動きが活発になった様子を、カラスが見ていたのである。

 その報告から、アヴァリス神父が町に戻ってきたらしい事が分かった。

 果たして、その後神父はどう動くのか。

 ベルエールは、引き続き教会周辺を監視させるようタミヤに指示した。


 数十分の後、一台の馬車が、一行の滞在する宿の前の道を横切った。

 ほぼ同時に、一羽のカラスがタミヤの元へ舞い降りてきた。

 「今、馬車が前を通り過ぎたですよ」

 「教会にいた奴か」

 「はいです、ずっと見てたですよ」

 「誰が乗ってる」

 「神父さんが二人と兵隊さんが二人ですよ」

 「別荘の方へ行ったんだな」

 「はいですよ」


 アヴァリスとマルフラの二人の神父が、駐留軍の兵士を従えて別荘地域の方へ向かった。

 コートリュー伯爵の別荘へ向かったのは間違いない。

 では、いよいよ島へ渡って悪魔復活の儀式へ臨むのか。

 「ヤツめ、とうとう禁書を手に入れやがったな・・・」


 考えたベルエールは、タミヤに強攻策を指示する。

 「タミヤ、カラスにヤツから本を奪わせろ。

  ヤツ等は馬車を下りたら舟に乗る、島へ上陸するまではまだ時間がある。

  それまでにやれ」

 「やってみるですよ」


 いよいよもって腹を括ったベルエールに、フィンクが指示を仰ぐ。

 「あたし達は何をする?」

 「見張りの兵を黙らせられるか」

 「眠らせればいいのね、何人いるんだっけ、タミヤ」

 「今は6人ですよ」

 「6人か、ちょっとの間ならいけるかな」

 「すぐにかかれ。

  ルーエイ、てめぇは馬車を出せ」

 「どこ行くんだ?」

 「漁港だ、舟を拝借して島へ行く」


 その日一日を、ほとんど無為に過ごしてしまった一行は、遂に行動を開始した。


 ☆


 トルフィニヨン島は、一周3キロ程度の小さい島で、アルテレ湖のほぼ中央に位置する。


 二人の師弟神父は、島へ向かう舟上で、アヴァリスがようやく入手した禁書について話し合っていた。

 「よく手に入りましたね、かなり値が張ったんじゃないですか?」

 「ペグル・ランソーという闇商人から買ったんだが、これ一冊に金貨を取られたよ」

 「異端信者ですか」

 「いいや、彼は商人だ。

  儲けになりさえすればなんでも扱うドブネズミだよ。

  その道では秀でた存在なのかも知れないが、出来れば関わりたくはないものだな」


 アヴァリス・ルーストン神父は、白髪がチラつき始めた黒髪をオールバックに固めた、壮年の紳士然とした男だった。

 物腰は常に柔らかで温厚、冷静沈着で、泰然自若とした風格を漂わせる。

 どこからどう見ても敬虔な聖職者としか思えず、本人も悪魔の復活に加担するのはさぞ苦々しく感じているであろう

 とは推し量られる。

 それでも、領主から懇願され、しかもその背後には更に上位の公爵の影が見え隠れするような状況では、拝辞すると

 どうなるか、ある程度の見識の持ち主ならば、考えずとも返答に窮する理由はなかっただろう。


 「タイトルが人を食っている、野ウサギの調理法だと」

 「野ウサギですか」

 「捕まえたウサギの捌き方と、ソテーやロースト、シチューなど、料理に応じた調理の手順が書いてある」

 「そんな本、読む人いますかね」

 「特別な技能を必要とするものでもないし、他の肉料理と変わらないからな。

  専門書がある事自体が不思議なくらいだが、要するに内容を隠蔽する偽装だよ。

  普通に本棚にあっても誰も手に取らない。

  200年以上も前に書かれた写本だけに、どこの書店の片隅に眠っていた物だか知らないが、そうなると、禁書の

  指定を免れた本は他にも多数あるのかも知れないな」

 「一見するとただの料理本ですからね」

 「だが、この本の通りに調理しても料理を完成させられる者はいない、どんな有名シェフですらも。

  悪魔復活の儀式の解説書なるものが、この世に存在していると知っている者以外はな。

  肉にコショウを振った後に、なんで南南東の星に向かって祈らなければならない?

  誰が見ても外国語の誤訳写本だとしか思わず、これに価値を見出す者は異端信者の中にも果たしてどれだけいるか、

  甚だ疑問だな」

 「つまり、調理法の文の中に邪教の教義や秘技が混ぜ込んであるんですね」

 「ペグル・ランソーはよくそれに気付いたものだ。

  ここまでくると執念だな、感心するよ」


 「どの部分に封印を解く呪文があるんですか?」

 「帰りの馬車の中で一通り目を通してみた。

  本の最後に、全ての造物主たる神に感謝し、命を捧げたもうたウサギの冥福を祈る内容の長文がある。

  これこそが呪文だよ。

  この本では、野ウサギを「Lièvre」、もしくは「Levraut」という、ごくありふれた普通の単語で書いてある。

  それが、最後のこの文だけは「Lefeut」という妙な単語に変わっている。

  もちろん、これを単なる誤写と見るのは簡単だが、「Lefeut」のアルファベットを入れ換えると「Teufel」になる。

  「Teufel」とは、北方の言葉で「悪魔」の事を指す。

  これに気が付けば、この本の本当の意味が読めるようになるという絡繰りなんだよ」


 さっきから、ずっと一羽のカラスが上空を舞いながら付いてきている。

 それに気付いたアヴァリスは、用が済むとすぐに本を懐の中へしまい込んでしまった。


 ☆


 島に上陸した神父と兵士達は、事前に調べ上げていた神殿へ向かって歩き出した。


 マルフラ神父の調査で、この島は全体が古代の邪教の聖地の一つだった事が明らかになった。

 恐らく、島の中央辺りに一番大きな神殿と祭壇があったと推測されるも、今はそこへ辿り着くのが至難なほど木々に

 覆い尽くされている。

 或いは、既に崩れ落ち朽ち果てているかも知れない。

 島のあちこちに散在する小さい神殿は、本来それぞれが何かしらの意味を持っていたのかも知れないが、邪教自体が

 廃れた今では、その意味を詳細に知る者はいない。

 そこに悪魔を封印したのは、後の代の邪教とは無縁の聖職者達で、それでも伝説として語り継がれるほど昔の時代の

 話である。

 一般住民への悪影響を排除すべく考慮した上で、この孤島を封印場所として選択したのだろうと推察される。


 そのうちの一つ、悪魔が封印されていると目星を付けていた神殿は、直方体形に切り出された石を整然と積み上げて

 作られた、高さが3メートルにも満たない祠樣の建造物で、その作りは時代を経た割りには頑丈で堅牢だ。

 小さいが故に崩壊を免れたと思われる。

 正面には、大きな板状の石で出来た横引き扉がある。

 同行した二人の兵士が力を合わせて引いてみると、ジャリジャリと砂を噛む音を立てながら少し動いた。

 妨げになっている小石や草の根を取り除き、更に力を入れて引き続け、どうにか開ける事が出来た。

 薄暗いその中は空洞で、湿気に満ちてカビ臭く、土臭く、床に敷き詰めた石の隙間からは所々に雑草が生えている。

 目立つ物は何もなく、一番奥に石組みで祭壇が設えてあるだけだった。


 中身がもぬけの空というのは、二人の神父には相当意外だったようで、マルフラは神経質な顔つきで中に飛び込むと、

 目を皿のようにして室内を隈無く見回した。

 何者かが、中にあった物を既に盗み出してしまったのかと疑い、その痕跡を見つけようと努めた。

 すると、祭壇手前にある足元の床の石だけが、妙にガタガタとぐらつく事に気付いた。

 この石は動く。

 兵士に頼んでその床石を取り除かせてみれば、下には別の空間があると分かった。

 床に跪いて中を覗き込んで見る。

 なんと、石の棺らしき物があるではないか。


 お目当ての物に漕ぎ着けたと直感したマルフラは、逸る心で兵士達と空間の上の床石を取り除いた。

 露わになった棺の上には石の蓋が乗っており、蓋には刻印された文章がある。

 古代文字ではないので読めない訳ではなくとも、古い単語が随所に使われている。


 −−−我、ドンゼル聖ゴドミーシェ教会が司祭なるティミドがここに封印せしは、悪魔フルカスなり

    如何なる由にても開封せる事能わず

    この警告を以て持戒せずんば、それ即ち殃禍累々(おうかるいるい)の意味する処なり−−−


 「ドンゼル教会なんて聞いた事がないですね、外国でしょうか」

 「そんな名前の町が昔あったのかも知れない。

  いずれにしろかなり古いな、これは」

 「このフルカスなる悪魔が、この島の悪魔崇拝儀式の対象でしょうか」

 「かも知れぬが、それを検証している猶予はないな。

  もう日没も近い、急がねばなるまい」


 マルフラと兵士達が、ゆっくりと蓋をずらして開けてみる。

 中には、胸の上で両手の指を組み合わせて眠る悪魔の姿があった。

 くすんだ灰色の皺肌に尖った鉤鼻、顎に白い長髭を蓄えた老人のような顔をして、ミイラ化した全身を黒いローブで

 覆い包んでいる。

 驚くべきは、手足に錆びた鎖が巻き付けてあり、胸には木の杭が深く打ち込んである事だ。

 どこかで聞いた吸血鬼の埋葬方法にも似ているが、それに倣ったものだろうか。

 これが、一体いつ封印されたのか、知る手がかりはどこにもない。


 遂に、伝説の悪魔を発見した。

 領兵達は、その遺体の姿に恐れ戦き、その場で腰を抜かしてへたり込んだまま後退りした。

 神父達は、昂揚する感情を抑えて気を引き締める。

 アヴァリスは、棺の足元に立ち、用意してきた野ウサギの調理本を取り出して、さっそく呪文を読み始める。

 マルフラは、側で固唾を呑んで見守っていた。

 が、アヴァリスが朗読し終えても、悪魔はピクリとも動く気配がない。

 もう一度繰り返して読んでみるも、変化の兆しすらも見えない。

 二人は疑念を抱き始めた。

 この呪文は果たして正しいのか、悪魔の種類や封印方法によって再生呪文も変わるのか・・・。


 三度目を試みるに当たり、今度は呪文の朗読と同時に、マルフラが悪魔の胸を貫いている杭を引き抜いてみる。

 その瞬間、悪魔の目がパッチリ開き、その真っ黒い瞳が目の前の人間の姿を捉えた。

 マルフラが驚いてたじろいだところ、いきなりガバッと上体を起こし、マルフラに掴みかかるなり強い力で引き込み、

 肩から首にかけて噛み付いた。

 悪魔の手に巻き付いて拘束していた鎖は腐食が進み、ボロボロに朽ちて完全に強度を失っていた。


 肉を噛み千切って貪るように食い始める悪魔。

 それを見た人々の動揺は計り知れない。

 悪魔は、痛みに悶絶するマルフラを更に押さえ、肩の関節を外し腕を引き千切って口に運ぶ。

 老人の見た目とは裏腹に、驚愕すべき怪力を見せた。

 恐怖のあまりに背筋が凍り、過呼吸に陥って、その場から逃げ出そうと手足をバタつかせて藻掻く領兵達。

 それを認めた悪魔は、素速く立ち上がって節榑立った手で兵士の足をむんずと掴み、自分に引き寄せ有無を言わせず

 次から次にかぶり付く。

 凄惨の限りを尽くす野獣のような残虐行為に、阿鼻叫喚の地獄と化す神殿内。

 骨を噛み砕く音が壁伝いに響き渡り、大量の血液が床石を赤く染め、食い付かれた男達は次々に息絶えていく。

 反対に、干涸らびていた悪魔は血と肉を得て活気を取り戻し、どんどん勢いづいていくのが目に見えて分かる。


 アヴァリスは、総毛立ちながらも冷静さを失わず、声を震わせつつも今度は教典を読み始めた。

 効果はすぐに現れた。

 教典の呪詛効力で頭痛がしたのか、悪魔は頭を抱え呻き声を上げながらその場にうずくまった。

 悪魔の蘇生術は素人なれど、祓魔術ならば専門家だ。

 ようやく落ち着きを見せ始めた状況に、アヴァリスは少し安心し、悪魔に向かって自分に従うよう命じた。

 「フルカスよ、汝を蘇らせしは我ぞ。

  我に従え、従わねば再び封印する」


 下を向き、ゼエゼエと息を荒らげる悪魔。

 繰り返し命じるも、悪魔は一向に顔を上げない。

 一刻も早く服従させねばならないと考えたアヴァリスは、再度教典を朗読し始める。

 その刹那だった。

 「ワシは蘇った・・・、蘇ったのだ。

  お前は何者だ、このワシに何の用だ」

 しゃがれた、しかし老いてはいない張りのある声で悪魔が口を開いた。


 「セルヴォラン教会の司祭、アヴァリスだ。

  我が主に従え、悪いようにはせんと約束しよう。

  また封印されたくなければ、他に選択肢はないと知れ」

 「蒙昧なる神の信徒よ、教えてやろう。

  ワシを従属させたくば、ベリアルの許しを請わねばならぬ。

  アスモデウスに非を詫びねばならぬ。

  そのためには、まず冥界の王・ハデスに拝謁せねばならぬが、準備は出来ておろうな」


 悪魔は、復活した喜びを発散させるかのように雄叫びを上げ、けたたましい笑いと共にアヴァリスに襲いかかった。


                                             続



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