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9 異界の来客

最初に投稿した8話・9話を統合して読みやすくしました。

異界大陸の王国登場編になります。

 ある日の午後イチの事。

 屋敷の門から来客がやって来た。

 基本的に客人は紹介を承けた者しか招かないので、事前に来訪予定は伝えられる事になっている。


 陽はこの時まだ知らなかったが、ウツワノには異世界でのもう一つの顔がある。


 普段は付喪神の屋敷を管理する者として、もうひとつは…



「占い…ですか?」


「はい、まじない占いならここと聞きまして!是非お願いしたいんです!」

「し、少々お待ち頂けますか?今屋敷の主人に…」


 ウツワノに伺おうかと陽が玄関でやり取りしている声を聞きつけたのか、先にウツワノがやって来た。


「構わないよはるさん、お通しして下さい」

「はぁ…ではどうぞ中へ」

「陽さんはお茶を頼むね」


 客人の女は陽を使用人と思ったようで、主人のウツワノがあっさり招き入れたものだから、陽がわざと足止めしたと感じたのかぎろりと睨んで玄関を跨いだ。


「ウツワノさん、また私に秘密を…」


 独り言を呟きつつも言われた通り、奥でお茶の用意をする。


 ウツワノの事後報告は一度や二度ではない。

 何かあってから思い出したように話すのだ。

 その事で何度陽が驚かされた事だろう。

 出会った最初から、ウツワノという男は掴み所のない曲者なのだ。


 ノックをして陽がお茶を運び入れると、客人の女は少し落ち着いた様に見えた。

 最初は焦っていて余裕がなかったのかも知れない。

 陽がお茶を出し終え戻ろうとした所で、ウツワノに声を掛けられた。


「陽さん、道具部屋から品物を持ってきてくれないかな」

「分かりました。どんな品でしょうか?」

「それは……少し席を外します。お待ち下さい」


 ウツワノは客人に告げると席を立ち、陽を連れて客間を後にする。

 そのまま目的の品物のある部屋まで二人で移動する。


「陽さん、ああいう時は俺に聞き返さず品物を選んで持ってきて欲しい」

「分からないのに適当にお返事なんて出来ません」

「まあ、言うより試した方がいいな」


 そう言うとウツワノは物置と化した、荷物だらけの部屋の扉を開けた。


「さあ陽さん、気になる品を一つ選んで」

「はあ?」

「さあ、遠慮しないで。目についた品を何でもいいから手にとって」

「えぇ…」


 渋々といった感じで陽は促され部屋へと入る。

 乱雑に置かれた品物の中で目につくというのは中々の適当さだと思いながら、とりあえず眺めていく。


 客人の話も聞いていないので、当りすら立てられない。


 けれど目線は一つの品に釘付けになった。


 どうにもそれだけ色が付いたように視界から輝いて見えるのだ。


「これ…」

「ふむ、これか…」


 陽が指し示した品物を確かめもせずウツワノは手にとって戻ろうとする。


「確かめなくていいんですか?」

「あぁ。品物は、別に何でも構わん」

「ええ!?」

「いや言い方が悪かったか。彼女には何を選んでも問題ないと言うか…」

「私をからかってるんですか?」

「まあ見てな。結果は近いうちに分かるだろうから」


 陽は策謀に使われたと思ってしまって、客人の顔をまともに見る事が出来なかった。

 ウツワノは堂々とした態度で客人の前に戻ると、品物について安心させるような言葉を吐いている。


「後は貴女が信じて行動すれば良いだけです。

 ただし、この品に呪いを掛けたのですから、肌身離さず強い気持ちを持って下さいね」


「ええ、勿論です!こんなに心強い事はないんですから」


 客人の女は大層喜び、品物に心を奪われているようだ。


「良かった。それじゃあ玄関までお送りしましょう」


 客人は大切そうに品物を抱えて、足早に帰って行った。


「本当にあの品で良かったんでしょうか…」

「いいんだよ。陽さんが気にする事じゃあない」


 ウツワノは興味を失ったように客人を振り返りもせず、さっさと屋敷に戻っていく。




 陽が箱庭に戻った深夜。

 ウツワノは屋敷の庭先に立つ。空には十三夜月が出ている。


「さて、いわくの付喪はどんな働きを見せてくれるかねぇ」


 月に照らされた顔は何時にも増して蒼白く、睨むように月を見つめる様は普段見せている顔とは別人のようだった。



 ――――――――――――――




 時は少し巻き戻り……


 屋敷の向こう側、()()にある魔法と古代遺跡の力で護られ発展してきた翆緑スイリュー王国にて。


 彼女はこの王国の貴族だった。

 過去形なのは、両親が金策に失敗し没落してしまった為だ。しかし、彼女は諦めていなかった。


 付き合いのあった貴族のパーティに積極的に参加し、自らを売り込みパトロンも捕まえた。

 当座の資金を確保した後は適当な貴族の男と結婚でもして、再び社交界に出直す算段を付けている。


 しかし、一度没落したという悪い評価が彼女の足を引っ張る。

 彼女は疫病神ではと影で噂されるほどに。


 そんな苛立たしい気持ちの彼女をパトロンは裏サロンへと連れ出す。裏サロンとは様々な分野の野心家を集めた社交場で、裏社会の者達との人脈繋がりも仲介している刺激的な場所である。


 非日常を演出する為に、参加者は皆仮面の着用を義務付けられる。


 そこで彼女は自分の噂について愚痴を溢した。仮面で隠れた事に、気が緩んだのだろう。


 そこへ同情した男が寄ってくる。


 顔の上半分を仮面で隠し、人懐っこい笑みを口許に浮かべて。


 裏社会に身を置く者とは少し違う雰囲気も相俟って、次第と彼女は最近の鬱憤を纏めて男に愚痴り、しなだれかかった。

 あっという間に彼女の懐に入り込んだ男は囁く。


「君の聡明さに気付かない愚かな者達のなんと多い事か。君はここで埋もれてしまうような女性ではないというのに」

「ええ、何としてでも貴族に返り咲いて見せなければ。どうして周りは私の邪魔ばかりするのかしら」

「君を妬んでいるのさ。逆境にも挫けない孤高な君を」


「どうすれば高みに上れると思う?一秒だって惜しいというのに、最近は軽くあしらわれてばかり」

「それなら今後について占って貰うのはどうかな?貴族の間で流行っているそうだよ。

 頼めば願いを叶えるアイテムも貰えるとか。それを手に入れると、周りに不幸が訪れるって噂さ」


「疫病神と噂される私に相応しいわね。本当に叶うならの話だけど」


「君を見下しぞんざいに扱った報いを受けるべきだ」


「そう…かしら」

「そうだとも」



 そうして彼女が教えられたのは、都市の裏路地にある廃墟の建物だ。

 廃墟に残された扉を開けると、不思議なことに別の道へと続いていた。


 抑えられない好奇心に負けた彼女は、男に教えられた手順を思い出し、歩みを進めて行った。



 そこには王国では見たこともない建築形式の不思議な屋敷があった。


 噂と侮っていた彼女は躊躇うが、貴族の関係者である可能性を考え迷いを消した。

 石段に従い古くさくて威圧感のある玄関に近付くと、使用人らしき女がいた。使用人に取り次いで貰おうとするが、どうも要領を得ない。


 もしかして試されているのだろうか。


 彼女は嘗められないよう、胸を張って貴族の娘らしい気丈な振る舞いを保つ。


 程なくして屋敷の主人の方からやって来た。

 使えない使用人を雇うとは、この男に同情する。


 私は案内された部屋で、思いの丈を男に伝え、どうしても願いを叶える為の何かが欲しいと話す。


 この時ばかりは少し興奮して感情的になってしまったが、その方が必死さが伝わりやすいはず。


 男は黙って腕を組んで聞いている。整った顔立ちだけど、どこか冷たくて感情が掴みにくくやりにくい。

 私の訴えは伝わったのか微かに不安になる。


 聞き終えた男は、あの使えない使用人と共に品物を取りに席を立った。


 私は安堵から、一人になった所でソファーの背もたれにもたれ掛かる。この男はやはり貴族と繋がりがありそうだ。

 ここで私を印象付けておけば、後でまた役に立つ時が来る。


 私は鏡を取り出し、身だしなみを改めて確認してハンカチで汗を拭った。鞄に入れておいたフェロモン効果のある香水も着けておく。


 そうして男はまんまと私に品物を渡す。


 それは丸い黒エナメルに紅いガーネットが嵌められたペンダントトップで、香水や気付け薬を中の海綿に染み込ませて使う為、開閉式になっている。


 私のために作られたかと思えるような品でとても嬉しい。

 男は私を見る目がどうやらあるようで安心する。


 ペンダントの内側を見ようと開こうとするが、男に止められる。


 中身も重要なのかも知れないと、好奇心を抑えて手を止めた。

 皆から成功を約束されたように思え、心が弾む。


 私は大事にペンダントを胸に握りしめ屋敷を後にした。



「あとは成就するまで大切に身に付けていればいいのね」


 しかし、早々に彼女の期待は裏切られる。

 無能と思っていた両親が、彼女の才覚を見込んで商家との縁談を決めて来たのだ。


 一度失敗した貴族を再建するのは難しいが、貴族に関わりのある商家なら彼女のプライドも満足させられるだろうと考えた、両親なりの愛情もあっての事だった。

 けれど貴族に拘る彼女には両親の想いは届かない。


 半狂乱で彼女は両親に罵声を浴びせ、勢いそのままで呪いを教えた男の居る地下酒場の個室へと駆け込んだ。


「どうしよう!このままでは私は商家へ売られてしまう!話が違うじゃないの!!」


 怒っているのか泣いているのか、興奮した声は絶叫に近い。


「偉い剣幕だね君。商家の嫁だって幸せじゃないのかい?」

「貴方だって認めてくれたでしょう!私はここで終わる女じゃないって!」

「そうだとも。上り詰める君を見たいと思っているよ。今でもね」


 男は興奮した女とは対照的に、薄い笑みから無表情へと変わっていく。


「なら!私を連れて逃げて頂戴!!」

「逃げてどうするの」


「隣の帝国側でまた人脈を作って貴族に上り詰めるわ!私ならすぐに出来る!」


 彼女の独裁者のような演説は、止まることなく男に浴びせ続けられていく。


「あのサロンなら帝国側に顔が利く有力者も居るでしょう?貴方が付いているなら紹介してくれるわね!?」


 一気に話終えた彼女が鼻息荒く男に詰め寄ると、黙って聞いていた男が影を落とした顔でこう言った。


「……行くなら一人で行くんだね」


 男の声は低く冷めきっており、狭い個室に重い空気が流れ出す。


「どうしてよ!?何なら私が貴方を養う位出来るわよ!」


「思い上がるのもいい加減にしたまえ。僕を養うなんて笑わせる。僕にだって選ぶ権利はあるだろう?」


「わ…私を理解してくれてたのは嘘だったというの?」

「だからこそだよ。傲慢で野心家で、孤高の君を妬んでる」


 ゆらりと男は立ち上がり女の胸を指で突くと、彼女は傍にあった椅子まで突き飛ばされよろめく。


「…君は以前も縁談を蹴ったよね?その時はただの気紛れか我が儘だったか…」


「もっと大きな貴族こそ私の伴侶に相応しいと考えただけだわ。それに…あんな醜い男に嫁ぐなんて耐えられない。いくら嫡男でも酷い噂の男になんか…不幸になるのは目に見えてる」


「実際に会ったの?その男には」

「考えられないわ、会うなんておぞましい事」

「噂を鵜呑みにするなんて君らしくないね」

「あれだけ噂になってるんですもの。調べても良い話なんて聞かなかったわ」


「今の君のように酷い噂だった…」

「そうよ…でも私は違う!」


「その醜い貴族の男はどうなったか知ってるかい?」

「知らないわよそんな事。今その話はどうでもいいわ」


 女の言葉を聞いて、男の口内からギリリと食いしばる歯の微かに擦れる音が聞こえた。


「醜い噂は縁談を一方的に断られた事で真実味を帯びてきて、悪い噂が他にも重なって、恐れた領民達が貴族の館を襲撃した。

 男はただの噂に殺されかけた。

 男は命懸けで呪いをかけた…噂を知ってる奴等に復讐を誓って」


 激昂していた彼女は、男の変化に気付くのが遅れた。

 うつむき暗い影を落とした男からは、重く冷たい空気が渦巻いている。


「……やけに詳しいのね」


 緊張から喉が張りつき詰まりそうな声を絞り出す女。

 身に付けていた呪いの品は共鳴してカタカタ震えだし、耳鳴りのような不快な音を出し始める。


「醜い……実に醜い…オマエモ!!」


 彼女に視線を向けた男の目は異様につり上がり、モリモリと急激に隆起した背中から獣のような体毛が現れる。

 常に薄く笑っていた口は耳の辺りまで裂けて鋭い牙が幾つも現れた。狭い地下酒場の個室は獣のような生臭さで充満する。


「……ひっ…ぁ」


 逃げ場のない個室で崩れ落ちた女のスカートの裾から床に、なま暖かい水溜まりが広がっていく。


「キエロ!!」


 化物となった男は爆発的な瞬発力で飛びつき、硬い爪で女の顔を斜めに大きく引き裂く。

 悲鳴も上げさせる隙なく、片手でがっちりと首を絞めた。


 女の目はぐるりと天井を向き醜く歪む。

 続けて足が床から浮くほど締め上げると、女は泡混じりの鮮血を悲鳴代わりに吐き出した。


 血まみれの鋭い爪を黙れとばかりに、女の口の中にぶすりと刺して引っ掻けると、苦しみ目を見開く女の顔をしっかり確かめてから、下顎ごと顔から引きちぎる。


 血の滴る下顎の肉片が、べしゃりと床へ叩き付けられた。


 ショックで痙攣を続ける彼女を鬱陶しそうに持ち上げ、そのまま首に力を込めるとバキリと大きな音が部屋に響いた。


 肢体をだらりとさせた女から、呪いを込めて貰ったはずのペンダントが外れて血溜まりの床に落ちる。


 衝撃で内蓋が開いたペンダントの中身は真っ黒に染まった柔らかそうな()()()()()()()で、床に広がる血を吸い込むと禍々しい黒い霧を出し始め、事切れた女と血溜まりに鈍く光る塊諸々を包み込んでいく。


 生き物のように蠢いた霧が晴れると、そこには綺麗サッパリ何も残されていなかった。


 変身が解かれ、破れた服を身に纏った男が肩を落として呟く。


「お前の噂を聞いても…僕は会いに来てやったのに…」




 疫病神と噂された没落貴族の女は行方知れずとなり、やがて噂もされなくなっていく。

 噂好きの貴族の興味は常に新しいものを追い求めて止まない。


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