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34 清掃巫女マリアと見習い魔族少年



 定期的に屋敷の清掃にも訪れる、実績と信頼の厚い中堅メイドマリア。


 彼女の元には日々その技術を学ぼうと、様々なメイドが研修と称して仕事を共にする。


 そんなある日、ご贔屓の依頼先から一人の少年を紹介される。

 聞けば彼を立派な使用人に仕立てたいとの事。


 その為マリアの元で修行させ、色々指導してやって欲しいと言う。



 マリアも行く行くは後見者を指導する立場の人間として、メイド派遣会社を立ち上げたい野心があった。

 その為、マリアはこの見目麗しい魔族の血を引く少年を一人前に仕立てる事に主力する。




 魔族を象徴する螺旋を描く頭の角に、色素の薄い肌とウェーブがかった金色の髪。


人形のように美しい少年を使用人に据える贅沢さは、貴族の間でも一流の証。


 やはり見目の良さは行く先々で評判となり、口数少なく表情も乏しいながらも少年は黙々と仕事をこなすので、皆に愛され可愛がられ人気者となっていった。



 それに魔族の血を引くだけあって魔力の方も申し分無く、少々厄介な呪い絡みの清掃に関しては、巫女の力を持つマリアの専売特許を脅かす勢いでもあった。


 これにはマリアも魔族の底知れない魔力を垣間見て、使い方を誤らないようかなり神経を削られる事となった。



(私の手に負えないようなら、然るべき魔術師の元そちらの能力に特化させるべきかも知れない)



 巫女の勘が警鐘を鳴らし、脳裏の奥底で燻っていた。



 同時に彼から感じる印象に、どこか見覚えあるのも不思議であった。




 その感覚が間違いでなかったと思い至るのは、情勢が不穏になり清掃メイドの仕事を休業して、巫女の力で各地戦場の浄化に駆り出されるようになってからだ。


 凄惨な戦場跡が主な仕事場となる特殊清掃人員の一人として、いつものメイド服ではなく簡素な服装に身を包んだマリアは、巫女として現場の浄化作業の為降り立った。


 傍らには魔族の血を引く見目麗しい少年レイ。

 フードで顔を覆っているが、珍しい能力と組み合わせ故にどうしたって目立ってしまう。


 少年弟子を連れた清掃巫女として、二人は業界でも話題となっていた。


 噂が評判を呼び、連日二人は戦場を追いかけるように転々と移動していた。


「レイはまだ若く幼い。使用人以外の世界もあるという事を知って、自分のより良い将来を見つけて欲しいと願っている」


「マリア様……」


 普通の少年であれば臆して怯んでしまうような現場であっても、顔色ひとつ変えずに付いてくる魔族少年レイに、マリアは子供扱いを控えて巫女の弟子としていつしか共に行動していた。



 そして少年レイも、値踏みするような貴族の大人達の視線に飽き飽きしていた所で、新たな将来の可能性を感じ、魔力を扱う職業について真剣に考えて学んでいた。


 ここで手柄を立て活躍すれば、使用人以外の使い道があると認めて貰えるかも知れない。


 奴隷商に拾われ不遇の道を歩んできた中で初めて希望を持つ事が出来た、マリアとの出会い。


 荒んだ魔族の少年の心に、淡い期待が芽生えた。




 しかし、少年の心とは裏腹にマリアと行動するようになってから、毎晩レイは悪夢にうなされていた。


『随分大人しくしおらしくなっちゃって……』

『少しばかり魔力が使えるから何だと云うの』

『魔族なら魔力を持っていて当たり前』

『もっと魔力を高める方法、知りたくない?』


 反響しこだまする声がずうっと、洗脳するからのように忘れず響くのだ。


 特に二人で戦場を旅するようになってから酷くなる一方だ。




 翌朝、うなされていたレイを心配して揺り起こすマリアの顔で目覚めたレイは、初めてマリアの手を握って温もりを確かめていた。


 初めての反応に戸惑いながらも、マリアは優しく微笑んでレイを笑顔で見つめた。


 巫女の力は穢れを嫌う。


 強すぎる力を持つ者との接触も、本来であれば御法度。


 力を温存して潔癖過ぎる位の環境が望ましく、待遇も整えて然るべきであるが、戦乱の中にあって多くは望めない。


 それに巫女と持ち上げられ待遇される事をマリア自身も望まない故、こうしてひっそりと活動していた。


 そろそろ交代の浄化能力を持つ魔術師と合流出来そうだと連絡を受けた最終日。


 マリアは穢れを祓う為、かつて巫女の修行をした霊山へ寄る提案をレイに伝えた。


 紹介無しでは入山を許されない場所への誘いに、レイは何時になく張り切り、その日の浄化魔法の殆どをレイが請け負う程上機嫌であった。


 そんな思いをぶち壊すように、レイの見る悪夢は一際強烈な金縛りと共にやって来た。




『お前を買った主人への恩義は?』

『拾われたのは目的があるからよ』


「務めを果たしなさい」


 マリアの元に派遣される前、レイを買った主人は時が来たとき解放される従属の術でもって、彼をずっと支配していた。


 強い魔力で施された術は、それを上回る魔力でしか相殺し解除出来ない。


 そして彼にその術を施したのは、最強クラスの悪魔のような男である。




 少年レイに芽生えた淡い期待と優しい心を簡単に塗り潰す程の恐怖と重圧は、再び彼を人形のような虚ろな心に戻す。


「巫女の力は弊害と成り得る」


 大きな戦場の浄化作業で魔力と気力を消耗したマリアに、心を閉ざした魔族の少年レイが束縛と封印の術を展開する。


 少年レイを信頼し気を許していたマリアに、彼を傷付けてまで抗う力は無かった。



「レイ……レイ……」


「しばらくお別れです、マリア」


 術に縛られ操られるレイの背後、黒幕の姿がマリアにははっきりと見えていた。


「見覚えある気配……やっぱり元凶は貴方だったの」


「……巫女とは相性が悪い」


 レイの影から仮の姿を現した主人は、巫女の心眼に射ぬかればつの悪そうな態度を見せる。


「霊山で力を蓄えられちゃあ手出し出来なくなりそうだからな。

 この世界の行く末を封印先から見守って居てくれよ」


 殊勝な言葉で巫女を労う余裕綽々ぶりを見せるが、浄化の能力を嫌い脅威を感じている本音を隠す為でもあろう。


 マリアもまた目の前の黒幕など眼中になく、案ずるのは心を通わせた魔族の少年弟子レイ唯一人である。




 マリアは最後の力を振り絞り、レイのみに向けて念話で語りかける。


『魔族でも闇に抗える力を私は常にレイに送っていた。巫女としての勘が正しければ貴方は……』


『マ……リ……ア』




 こうして操られた少年レイの力でもって封印されてしまった清掃巫女マリア。


 黒幕の誤算は、マリアが封印された場所を少年レイしか知らず、確かめようにもその封印結界空間へ立ち入る事すら拒絶されてしまった事だろう。


 操られながらも二人の空間を守って封印したレイ。


 その絆の強さ、愛の深さを黒幕が身をもって体験しない限り、封印の絶対空間へ立ち入る事は不可能なのである。






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