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33 屋敷の役目と隠された真相

 屋敷の増設と空間の拡張。

 そして屋敷と繋がる異界の異変。


 急な変化と不思議な出来事の連続に、少しは慣れてきた陽ではあるが、性急過ぎはしないかと不安になる。


 この世で寿命を全うし、不思議な屋敷で第二の人生を歩めた事に後悔はない。

 だからと言って、異界の変化にこの屋敷や付喪神が関係しているというのなら、看過して良いとも思えない。


 私の知らない世界の出来事とは言え、異界は今を生きる人達の世界。


 何処まで関わって良いのか……陽は一人自問する。




 この所、エリアスは連日郊外の避難所を回ったり、逃げ遅れた者が居ないか各地へ救援に当たっている。たまに屋敷へ休憩に戻るが、とても疲れた様子で見ていて辛い。


 バトラーもまた、魔物の被害が大きい帝国領での支援活動協力や最近台頭してきた第三勢力の情報収集に忙しく、ウツワノに報告の為屋敷に戻ってはまた移動と忙しなく働いている。


 ウツワノと云えば、屋敷のあるこの空間が拡大した事によって周りに様々な変化があった為、異界の異変よりも興味深いと嬉々として周辺探索に勤しんでいる。


 それぞれの動向に気を配りつつも、陽が出来る事は屋敷を快適に保ち、付喪神が戻ってくるのを待ちながら道具の手入れを行ういつも通りの生活だけ。



「また道具が減ってる」


 屋敷に数ヶ所ある道具・物置部屋を覗いた陽はため息を吐く。


 人に乞われて力を増す付喪神は異界の変化に敏感で、人々の不安からくる願いを叶えるために各地へ散らばっていた。

 屋敷の力が増した事で、今まで人の手を介して移動していた道具達も、いつの間にか消えるようになっていた。


 最早屋敷に足を運ばなくても、異界の人達の間で付喪神は廻っているようだ。


 屋敷は何時にも増して人気無く静まり返っており、陽は生前の孤独に引きこもる生活に戻ったような錯覚を覚えた。


(皆が苦しい生活をする中で、孤独を感じるなんて贅沢かしらね)


 陽は気付いていないが、屋敷で一人過ごす時間が増えてきた事で、ウツワノによって若返った筈の見目が生前の老婆に戻っている時があった。


 これはウツワノの影響が薄れたせいか、屋敷の力が増した事で陽の精気を吸う為か。陽自身が気付く事はない。




 そんな寂しい陽の周りには、同じく寂しい想いを残して留まる御魂が寄り添っていた。

 子供や動物の姿に化けたそれらは陽の孤独を癒すように、また陽が未練を残し留まる事を願うように、巧みに心の隙間に入り込む。


「早く付喪神になって、陽の役に立ちたいな」


「僕は人形になったら、屋敷を守る護衛に就きたい!」


「陽は戦えないから護衛が沢山必要だもんね!」


 鼠や小鳥、小人のように小さな鬼がチョロチョロと陽の周りに集まって、他愛ないお喋りに興じる。


「陽様を守るのはこの白うねりです!」


 負けじと古布の付喪神白うねりがアピールする。


「ボロ布が偉そうに!」

「僕はもっと強い素材の道具に付くね!」


 悪態を付き白うねりをつつく小鳥と子供達。


「頑丈でも美しい道具じゃないと嫌だなぁ」


「新しい素材ならあと百年待たないと動けるようにならないよぉ」


「百年先まで陽は待っててくれる?」


「百年まで私は存在出来るかしらねえ」


 無邪気な皆の視線に困ったように陽が答える。


「陽なら出来るよ!」

「屋敷の皆もそうして欲しいって」


「我々付喪神も大歓迎です陽様なら!」



 口々に話し掛ける者達は楽しげな口ぶりで、かかごめかごめの遊びのように、陽の周りをぐるりと囲んで回っていた。



「やめて頂戴、怖いわ」



 陽の声を無視して、笑い声と歌声が囲む。


 かごめかごめ

 籠の中の鳥は

 いついつ出やる

 夜明けの晩に

 鶴と亀が滑った

 後ろの正面だあれ?


 恐ろしさで耳を塞ぎしゃがみこんだ老婆の周りが静かになり、恐る恐る顔を上げてみると、無限に続くような長さの屋敷の廊下に立っていた。


『真実を知る勇気があるのなら、この扉の先へ向かいなさい』


 夢か(うつつ)か、この誘う声と廊下の継目に現れる地下への扉を見るのは初めてではない。


 陽は何度もこの声を聞き、扉の存在に気付いていたものの、覚悟が無くずっと見ない振りをしてきた。


「恐ろしくて無理だわ」


『勘のいい老婆だこと。けれど知らぬ存ぜぬではもう要られない事も分かってるだろう?』


 次の瞬間、見えない何かに背中を押された老婆は待ち構えるように開いた扉の先へ、抵抗する体ごと引っ張られるようにして消えた。




 次に目覚めた陽が身を横たえていたのは、床に敷き詰められた髑髏(しゃれこうべ)の上。


 ガラガラと触れる度乾いた音を立てる骨の上で、ここは地獄なのかとぼんやり思う。


『この亡骸はかつてこの屋敷で働いた者達』

『屋敷の主として招かれた者』

『ウツワノの世話をするため呼ばれた者』

『異界を守る為に身を捧げた者』

『屋敷を手に入れる為乗り込んできた者』



『お前の住む世界からも沢山の者がここに来た』



『不死の体を与えた事もあったし、鬼や人外の姿を希望した者も居る』



『すべては生あるものの助けになるために』



『異界の為に何かしたいと云うのなら、屋敷の力を与えよう』



『よくよく考えて決めよ』




 消え行く意識の中、視界にちらりと見えたのはかつて屋敷で陽と同じように過ごしてきたであろう先人達が、赤い格子の座敷牢に佇む姿。




 屋敷の正体を知ったところで、ここを地獄とみるか力を手に入れ神と喜ぶか。


 陽が駄目なら次を呼ぶまで。


 人間はまだまだ沢山居る。






「……………………る、陽」


 気絶し倒れていた陽を見つけたエリアスが声を掛けている。


「エリ……アスさん」


「あぁ良かった……気が付いたのね」


 あの恐ろしい場所から目覚めて最初に見たのがエリアスで良かったと、陽は密かに安堵した。


「ねぇエリアスさん」


「エリアスさんが守りたいものって何かしら」


「異界に大切な人が居たりするの?それともこれからの将来の為?」


「急にどうしたの、陽。ウツワノに何か言われたの?」


 陽の身に起こった出来事を知らないエリアスは、何かあれば必ずウツワノが絡んでいると考えているらしい。

 真剣な眼差しでエリアスは陽の耳元まで近付き慎重な小声で伝えてきた。


「最近のアイツは変よ。陽が知らない顔を持っているから気を付けて」


「異界の事と何か関係が?」


 陽の疑問にエリアスが答える前に、エリアスの持つ魔法の道具がキィンという警告音を鳴らした。


「覗き見とは感心しないわね」


「……あぁ?屋敷に結界道具を持ち込む方が悪いんだろうが」


 二人の前に姿を現したウツワノは、エリアスの言葉に苛立っているようだった。


「陽が倒れていたのよ。この屋敷では放っておくのが基本なの?」


「そうかい、気付かなくて悪かったな陽さん」


 険悪なムードに、陽は二人の視界に入るよう位置をずらした。


「いいえ、お二人とも心配させてごめんなさいね。子供達と遊んでるうちにからかわれて化かされてしまって」


「悪戯好きな奴が多いからなぁ」


「そうね。皆忙しいから退屈してたみたい」


「まだしんどいようなら白澤(はくたく)を呼ぼうか?」

「大丈夫。驚かされただけですから」

「無理はしないでね?」


 エリアスに手を貸して貰って立ち上がった陽は、近くの椅子に腰掛けさせて貰う。


 二人の様子を横目で眺めたウツワノは、腹拵えに戻ってきた事を思い出し、さっさと食事の用意してある居間へと移動して行った。


「エリアスさんに会えなくなるのかと思ったら私……」

「そうね、あまりウツワノを怒らせない方が良かったかしらね」


 屋敷と異界を繋ぐ出入口は、ウツワノの術によるもの。

 彼の機嫌を損ねたら、エリアスは出禁を食らう可能性だってある。

 久しぶりの冷淡なウツワノの姿に、陽はエリアスが追い出されるのではと考えて、改めて異界の繋がりが如何に特殊であるか思い至った。


(ウツワノさんの術に頼らず、異界に行ける方法を考えなくては)


 その解決案を提示したのは、意外な者だった。


 その日の夜、陽の夢に箱庭に住み着いた子供が現れ、エリアスの夢と繋いで会わせてくれた。


 そして彼が折った折り紙の鶴を二人に手渡す。


 この折り鶴がある限り、二人は必ず会う事が出来る。


 誰にも見られる心配のない夢の中の二人だけの空間で、エリアスと更に若返った見目の陽が、互いの想いを語り合う。


 不思議な力を持つ子供は、そんな二人を見守りつつもつかつ離れず寄り添っていた。


 陽が大切にしていた道具と思い出が再現された箱庭は、屋敷やウツワノの術に影響されずに残っていた。


 ウツワノが使っていた時には現れなかった箱庭の主は、陽が生前大事にしていたガラクタ道具の中に潜んでいた付喪神。


 陽しか知らない箱庭の力は切り札になり得るのか。



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