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32 屋敷の増設と異界の暗雲

 陽の地味な能力が知れた所で、無自覚である限りはどうにも使いようがない。


 来訪者は相変わらず緊急性の乏しい者ばかりであったが、陽はそれでも屋敷の一員となれた事に自信を持って、前以上に積極的に働いていた。


 それというのも、噂好きな婦人達から気になる話を聞いたからである。


 最近異界で魔物が爆発的に増えたと同時に、日に日に夜が長くなるという怪奇現象が始まり、戦える男達は防衛の為街の治安維持や護衛に駆り出され、街では魔物の侵入を防ぐ為防御壁の建設が急ピッチで行われていた。

 働ける男達は家族の為、安全を確保する為一丸となり壁の建設に協力しているらしい。


 その為娯楽が不足しており、退屈な婦人達はこの屋敷に足繁く通う状況となっている。


 お人好しな陽は、異界の様子を知る為に婦人らを招き入れているのだ。


 そんなある日、屋敷に身寄りのない子供がふらりとやって来た。


 聞けば郊外にある村に魔物が現れ、殆どの家々を破壊し無差別な殺戮をして去っていったと言う。


 残された子供は、辺境にある沼地の魔女が匿っている孤児院があるという噂を耳にし、かつて大人が入ってはいけないという森を分け入り孤児院を目指していた所だったらしい。


「バトラーさん、孤児院の噂をご存知ですか?」


「魔女というのは存じませんが、孤児院であれば幾つか思い当たる所はございます。しかし……」


「討伐隊は後手に回る一方ね。これからもっと郊外で被害が増えるわ」


 異界出身のバトラーとエリアスは、事の深刻さに口数少なく、言葉も慎重に選んでいる様子だ。


「私に何か出来る事があれば……」


 安全な屋敷でのうのうと暮らす事に自戒するも、何のコネも力もない陽に出来るのは、気紛れにやって来た子供にこうして飯と寝床を提供する位のものである。


「孤児院にしろ避難所にしろ、その地域の権力者の支援無しに運営は難しいです。その辺りから探りを入れてみましょう」


「もし、その魔女さんが見つかったら私もお会いしてみたいです」


「その時は私が護衛に付くわ」



 こうしてウツワノのコネクションを使い、バトラーが空きのある孤児院を探すと共に噂の魔女が運営する孤児院の情報を集める事となった。


 エリアスも屋敷から異界の郊外に繋がる扉を抜けて、近隣の被害状況を見て回る事を決め、ウツワノに扉の使用許可を得に早速動いた。


「異界の様子ですか?」


 居ても立っても居られない陽は、異界と屋敷を出入りする鑑札の付喪神通を捕まえて質問攻めにしていた。


「魔族の仕業かどうか議論されてる所ですけど、魔界の森以外の場所でも魔物が増えて強さを増してるらしいですよ」


「夜が長くなってるのも本当?」


「闇が濃くなると、夜が長くなると人間は思うみたいですね」


「闇が……濃く?」


「妖怪アヤカシ魔物が活発になると、人間とのバランスが変わってきます。今異界では人間より魔物や闇の力が多いって事で、環境が変わってきてるんでしょう」


「異界は大丈夫なの?」


「人間の住める場所は減るかも知れませんけど、まぁ何れは落ち着くでしょう。まったく人間が居なくなるとあちらさんも困るでしょうから」


 付喪神と云えど、本質は魔物に近い人間とは異なる者。


 その者の本音に近い言葉を聞いて、陽は言い知れない恐怖と近いようで遠い神々との溝をひしひしと感じ取った。




 失意の中日常業務に戻る陽の前には、連日婦人サロンと化した常連の貴族婦人達が客間に集まっており、まるで異界は平和なのだと錯覚させてくる。


「奥様方、屋敷の増設に伴い新しくテラスが出来たのでそちらへ是非どうぞ」




 頻繁な貴族婦人の来訪に悩んでいた所、ある朝屋敷の間取りが増えていた。


 これも陽の能力なのかと喜んだのはウツワノで、陽は唖然と新しく出来た部屋を眺めるばかりであった。


(確かに和洋折衷の屋敷にテラスルームがあれば素敵と思った事はあったけれど……)


 庭に面した部分と天井はガラス張りになっており、沢山の植物や花が部屋を埋め尽くしている。

 美しいタイル張りの床の中心には絨毯とアンティークのテーブルと椅子が置かれ、壁際にはベンチチェストとサイドテーブル、小さな本棚まであり、寛ぎの空間となっている。

 時折、天井からステンドグラスが嵌め込まれたランプシェードが光を受けてキラリと輝き、緑の空間に彩りを添える。


 これには招待を受けてやって来た付喪神庭師の秋水も驚いていたが、やがて陽とここにこの花を飾りたい等の要望を受けて、秋水が管理する自慢の温室とこのテラスを行き来しながら植物の配置や手入れを行って行った。




 こうした経緯で完成したテラスは、控えめながらも贅を凝らしており、婦人達を直ぐ様虜にした。


「このテラスは庭から直接来られるので、玄関を上がる必要がないのですよ」


「今度からはこちらで集合という事ね」


「本来、街で騒ぎがあれば我々貴族は郊外の避暑地で過ごしてたのだけれど、魔物が現れるようになってそれも叶わず」


「治安が荒れると貴族は狙われやすいから屋敷に閉じ籠る羽目になるの」


「それなのに支援だ配給だって、むしりとられるばっかりで」


「少しの贅沢も許されないから気が滅入るわ」


「その点ここなら人目を気にする必要もないんですもの、正にサロンに相応しいわ」


「だから人選びは慎重にね。ここが知れて賊が入り込んだら終わりよ?」


 笑顔の奥で婦人達の鋭い視線が交差する。


 それも一瞬で、笑い声がこだますると茶や菓子に手を伸ばしつつ、刺繍や編み物を持ち寄り続きを始めながらお喋りに興じる。


「街は人が多いから混乱はあまり無いようですか?」


「階級で住み分け出来ている場所はそうね。下町や労働階級の方は大変らしいわ」


「郊外から避難してきた人達の住む場所が足りないそうよ」


「受け入れ制限も始まるみたいだわ」


「溢れた人は何処に?」


「首都以外の避難所かしらね」


「あまり首都以外出歩かないから、私達も主人の話から推測するしかないのよ」


「噂なら沢山あるのだけど、人気の無い場所は魔物が襲いにくいとかで、逆に郊外に向かう人も居るみたいよ」


「遺跡には結界があるから魔物が近付けないとかね」


「英雄様でも現れて、魔物を駆逐してくれないかしら」


「まだそんな夢物語を信じているの?乙女なのねぇ」


「戦争になるのは嫌なのよ!英雄でも悪魔でも何でもいいからさっさと魔物を消して欲しいわ」


「陽さん誰か英雄になりそうな人物と関わりはないのかしら?」



「ここが不思議な屋敷だとしても、大層な方は来たりしませんよ」


「「「 残念ねぇ~~~ 」」」


 ご婦人方の欲が透けて見えた所で、夕方となり本日はお開きとなった。


「異界を救う英雄ね。そんな知り合いが居たら……」


 見送る陽の独り言、続きの言葉が出てこない。


 魔物退治をお願いして済む問題なのか?

 そもそも異界の魔物とは何のために存在している?

 魔族との関係は?

 魔物と妖怪付喪神、関係はあるのかしら?

 魔物騒動と屋敷の拡大、無関係と言い切れる?


 そして私も……屋敷の一部となって、人間と呼べる存在なのかしら?


 振り返り屋敷を眺めても、答えは出そうになかった。





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