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30 陽の地味な能力

 その日(はる)は不思議な夢を見ていた。


 何処からともなくご馳走を食べたいと子供達が箱庭の家にやって来て、古い造りの家の居間はあっという間に子供達でいっぱいになる。


「あらあらあら……」

「おばちゃん、僕達にも何かご馳走してよ」

「食べるまでは帰らないよー」


 服装も見た目もバラバラの子供達は、皆腹が減っているらしい。


「分かりましたよ。それじゃあ誰かお手伝いしてくれるかな?」

「「「はーい!」」」


 居間から小さな廊下を挟んだ台所に向かうと、陽は子供達の人数を数えて献立を考える。


「1、2……全部で8人か。歳もバラバラみたいだし……」


 沢山の子供達に振る舞え、見た目が華やかで喜ばれるお婆ちゃんメニュー、それは……

「ちらし寿司にしましょうか。それと皆大好きな唐揚げね!」


 夢の中の冷蔵庫は不思議な事に、思い付いたメニューに必要な材料が何故か揃っている。


「助かるわぁ」


 陽はいそいそと冷蔵庫から必要な食材を取り出すと、手際よく準備して簡単な手伝いを子供に与える。

 その間にも米を研ぎ、水に浸け水分を吸わせてから愛用の土鍋で炊いていく。

 唐揚げ用の肉を切り、ボウルに下味をつけもみこみ暫く冷蔵庫で休ませる。


「待ってる間はジュースでも飲んでね」


 居間で待つ子供達に折り畳み式テーブルを2つ持ってきて貰い並べて設置し、そこへジュースとコップを置いて各自自由に飲んで貰う。


(懐かしいわ。私が子供の頃も叔母や祖母に、この家でもてなされたのよねえ)


「おばちゃん退屈ー」

「そうねぇ、子供の居る家じゃないから退屈かもねえ」


 陽は紙と色鉛筆におはじきと千代紙を探しだし、子供達へ渡す。


「こんなものしかないけど、遊んでて頂戴」


 お絵かきと折り紙を喜ぶ子供達以外はそわそわと立ち上がって

「僕達庭で遊ぶー」

 と言い玄関から庭へと出て行くと、鬼ごっこを始めたのかきゃーきゃーという声が聞こえてきて賑やかになった。


 そうして子供達が上手に時間を潰す中、おませなお手伝いの子供達と一緒に綺麗に飾り付けたちらし寿司を作り、唐揚げを沢山揚げていく。


「取り皿と箸にフォークを食器棚から出してくれる?」

「「 はーい 」」


 おませな女の子達がこれがいいだの言いながら好きな皿を選んで人数分を並べていく。

 大小色柄バラバラの皿はテーブルに咲いた花のようで美しい。


 子供の感性に感心しながら陽はお吸い物の椀を取り出し、浅利の風味いっぱいの上品なすまし汁を作り、ちらし寿司と唐揚げと共にテーブルへ並べた。


「お待たせー皆ご飯ですよ!」


 外へも声を掛けると皆バタバタと居間に戻ってきて、どこに座ろうかと陣取りを始める。

 着席を確認してから陽のどうぞという声を合図に、子供達は一斉に料理へ手を伸ばした。


「おばちゃん美味しい!」

「ちらし寿司の飾り綺麗ね!」

「私も手伝ったのー」


 昔は親戚も多くこのように子供達で賑わったであろう古い家も、祖母や叔母が亡くなりその子供達も皆バラバラに住んでいる事から集まる機会も減ってしまった。


 陽は結婚も遅く子供に恵まれなかったのと、この古い家が先に壊されてしまったのもあって、今頃になって子供達の集まる風景を見るとは思いもせず、知らずに涙が溢れていた。


「おばちゃんどうしたの?」

「みんな食べられちゃうから泣いてるの?」

「これ、取っておいたよ!」


 陽は涙をそっと拭い、出された取り皿を受け取り笑顔を作る。


「嬉しくて涙が出たのよ。おばちゃん涙脆くて……」

「そっかー」

「じゃあまた来ていい?」

「他にもお腹空かせてる子がいるの」


「いいわよ、いつでもいらっしゃい。寂しい思いをしてる子も気軽に家に来て欲しいわ」


「「「 やったあー!!」」」


 子供達は沢山用意したご飯を綺麗に平らげると、食休みを挟んで遊びに戻る中、やがてパラパラと少しずつ人数が減り帰っていく。


 甘えたがりの1人が最後まで残ると言い、陽は無理に追い出さず好きに過ごすよう伝えて見守った。


「君がもしかして子供達を呼んだのかな?」


 子供はお絵かきに夢中で陽の呼びかけには反応しない。


「この家にも付喪神が居るって話だったし、箱庭の中だけじゃあ退屈かもねえ」

「屋敷だけじゃなく、この家もちゃんと気遣わないと駄目よね。これから気を付けなきゃ」


 やがて陽の意識がぼやけてきて、ゆっくりと夢から覚めた陽は布団から身を起こす。


 箱庭の家の中は寝る前と同じ状態で、夢の中で出した折り畳み式テーブルも元の位置に立て掛けてあり、やはりあれは夢だったのかと思い至る。


 そろそろと布団を出て畳むと押入れに仕舞い、着替えて身だしなみを整え屋敷に出る用意をしていると、こつんと爪先に何かが当たって蹴飛ばしてしまった。


「あらら」


 飛ばされた方を屈んで見れば、そこには一本の色鉛筆が転がっていた。


「んんー?」


 夢かまことか混乱しながら色鉛筆を拾い上げると、色鉛筆のセットと新しい紙を取り出し居間のテーブルへ置いてみる。


「退屈しないといいのだけれど」


 夢で見た1人残った子供を思い遊ぶ道具を増やそうと考えながら、陽は箱庭の家を出て屋敷へと向かった。


 いつも通り朝の屋敷部屋の点検を始めた陽は、沢山の道具が詰め込まれた部屋に入り違和感を覚える。


「ちょっと物が動いてる?」


 物取りが漁ったというよりは、ほんの少し動いた程度の変化にほっとすると、陽は独り呟いた。


「たまには箱から出して欲しいわよね」


 今日の予定は道具の虫干し整理にしようと思い立つ陽は、昼頃起きてきたウツワノに夢の報告と共に午後の予定を知らせる。


「箱庭の家に子供が押し寄せる夢、ねえ」


 寝起きでぼうっとした顔のウツワノが、出された茶を啜りながら陽の話を鈍い反応で聞く。


「不思議な箱庭ですもの、何かのお告げかしらと思って」


「陽さんは付喪神やら色んなのに好かれやすい。もっとも俺が箱庭を使ってた時にそんな経験した事は無いんだがねえ」


「あらそうなんですか?ウツワノさんが夢を見ないタイプなだけじゃあ」

「確かに夢は覚えてない方だがな」


 ウツワノは期待を込めて見つめる陽に、慣れてきた頃合いにと思っていた言葉を連ね始める。


「夢の中だろうと陽さんのやり方で、これからも付喪神や物の怪と上手に関わっていくといい。端から俺と同じようには望んでないからな」


「夢とか曖昧な関わり方で大丈夫かしら?」


「夢の中は曖昧だからこそ、特別な術や力がなくても繋がりやすい。箱庭と屋敷みたいな特別な空間とも言えるかな」


「昔から夢は沢山見てきたほうだけど、覚えてない夢も沢山あるわ。見過ごしてきてたらどうしましょう」


 慌てる陽にふふっと小さく笑みを溢したウツワノは、自信のない陽に向かって確信した事を告げる。


「陽さんは自信無いみたいだが、数ある道具の中から必要な物を一目で見つけたり、物の怪や付喪神に歓迎され受け入れられる、どれも普通じゃああり得ない事だからな?」


「それは全部ウツワノさんのお手伝いで……」


「いいや、陽さんの能力だよ。無自覚にやってるみたいでピンと来ないかも知れねえが」


「うーん、何だか地味ね。本当に屋敷の役に立てているのかしら?」


「確かに地味な日常かも知れねえが、これだけ道具が溢れる屋敷の中で普通に生活しながら、奴らの意識に同調して付き合うってのは大事な事なんだぜ?」


 もっと大変な役目を受けてこそ認められると考えていた陽は、こくりと頷いてウツワノをしっかり見つめ、言葉に嘘はないか確認する。


「これからもその調子で皆の願いを聞いてやってくれ。俺に気兼ねするこたぁねえからな」


「私のやり方で満足してくれたら良いのだけど……」


「満足してるとも。元々屋敷は穏やかな場所なんだよ」


「そう……ですか。うん、良かった。本当はずっと不安だったの」


「……安心しな。屋敷が陽を受け入れた時点で、陽は屋敷の一部になったようなもんだ」


「はい、これからも頑張っていきますね!」


 陽は年甲斐もなくキラキラと目を輝かせ、ウツワノに向かって元気よく宣言する。


 今まで不安なまま屋敷で何とか立場を作ろうとやって来た事は無駄ではなかった。


 能力に自覚は無いけれど、この地味さが私らしい。


 陽は自信を取り戻すと、宣言通りに午後は部屋の道具の虫干しと整頓に専念した。


 その様子をウツワノは軽く確認すると、何時ものように書斎に籠って過ごしていた。




 生前孤独な最期を迎えた陽を、優しく道具達が見守っていた。

 物言わぬガラクタ達に導かれ偶然屋敷の目に留まる。


 物を大切にする心。

 物が溢れる時代になればなる程薄れてしまう。


 屋敷と陽の持ち物である道具達は、忘れられ捨てられる事を何よりも恐れている。


 哀れな老婆と自分達を重ねて考えた。


 この者ならばきっと我らを大切に扱うに違いないと。


 ウツワノが力業で付喪神を異界にばら蒔き役目を与える中、他のやり方を模索した屋敷は老婆を呼び寄せた。


 後はゆっくり屋敷に馴染んで貰えばいい。


 屋敷の世界は屋敷自身が神のようであり、意のままである。


 屋敷を受け入れるのは当然であり、屋敷に住む者は屋敷の為に尽くす事。


 果たして屋敷の思惑は住まう者に伝わるであろうか。


 物言わぬ屋敷と道具達は、動ける付喪神に想いを託し日々異界と住まう者を見守っている。










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