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3 異世界での目覚め

初めての投稿になります。

閲覧ありがとうございます!なるべく早く投稿していきたいと思っています。

 泣きながら寝落ちした朝の目覚めはいつも、瞼が腫れて重たい為にすぐに眼が開けられない。皺の多い顔の眉間に、更に深く皺が刻まれる。


 それにしても、薄い瞼に浮かぶはずの陽の光が今日はやけに暗い。曇り空でも少しは明るい感覚はあるはずなのにどうした事か。

 それに布団の感触がいつもと違う。

 タオル地のシーツだった筈なのに、手に当たる質感がまるで絹のようにツルツルで。うっすら目を開けて気付いた。


 これは柳行李やなぎこうり?いつの間に詰められた?

 まさかこれが棺桶!?私死んだの!?


 ショックと恐怖で体が一瞬にして強張り、震えが止まらない腕を押さえながら指を伸ばし、柳行李の側面に触れる。

 ざらざらとした感覚が指から伝わると、全身へ恐怖が拡がっていく。


 私は生きてるの死んでるの?

 怖い怖い怖い!


 ぎゅっと固く身を縮こまらせて震える身体を抱き締める。

 行李から飛び出す勇気も元気も、老体には持ち合わせていない。


 そうしてどれ位の時間が経過したのか。


 行李が動く気配のない事にようやく何か疑問を感じられるようになってきた。

 そういえば、体の節々が痛い。

 ずっと固く身を潜めて縮めていたので仕方ない。


(そろそろ覚悟を決めよう)


 強張った身体を少しずつゆっくり起こし、柳行李のかぶせ蓋を内側から持ち上げて開けた。


 外かと思っていたが、ここはどうやら和室らしい。

 立派な着物和箪笥が立ち並び、他にも同じような大小様々な行李に立派な棚やら化粧台等置かれている。


 痛い腰を庇いながら行李から這い出て、改めて閉じ込められていた柳行李の中身を確認する。


「これは長襦袢?」


 正絹独特の紅梅やピンクの暈しのカラフルな色柄が美しい。

 こんな高価なものを下敷きにしてしまって怒られたりしないかしらと思いながら、直に轢いてしまった一番上の長襦袢をそっと広げて皺を払う。


 後で正直に訳を話しましょうと、立て掛けてあった衣桁いこう―着物用の衝立型ハンガーラック―に掛けておく。


 趣味で着物を着ていた彼女にとって、こんな異常事態だからこそ却って気になってしまったのだろう。

 普段ならおいそれと触れたりしないのだが、落ち着いているようでいてまったく冷静ではなかった。


「お目覚めかい?」


 誰も居ない筈の部屋から音もなく突然掛けられた声に驚いて体がはね上がる。


「すみません!皺になったら困ると思って…襦袢…行李に…あの…」


「それは後でやろう。それより話がある、来い」


 突然現れた男は、しどろもどろな彼女を一瞥しただけで、さっさと部屋を出て廊下を進んで歩いていく。


「あの!」


 緊張と強張りがまだ融けない彼女の歩みは遅く、先に進んだ男は廊下の曲がり角へ消えていく。

(…ああいう態度の男からは逃げた方がいいのかしら)


 俯いて逡巡した刹那、先に廊下の角を曲がって消えた筈の男が一瞬にして目の前に現れ、躊躇いなく彼女の肩を引き寄せ歩き出す。


「さ…支えてくれてありがとう」

「いや…気がつかなくてすまない。急がず歩こう」


 にこりとも笑わないので、てっきり老人嫌いな男なのかと思ったが、手を添えてくれる気遣いはあるようで少し安心した。


 そのまま広い屋敷の廊下を進んで行き、程なくして襖で仕切られた広い客間へと通される。


 畳の上に豪華なペルシャ文様の絨毯が引かれ、高価なアンティーク調のテーブルと椅子にソファーが鎮座する。

 壁側には螺鈿らでん細工の施された飾り棚に茶箪笥もさりげなく置かれており、和洋折衷のモダンな空間が美しい。

 何より老人にとってソファーはありがたい。


 丁寧に座らせて貰うと、対面の椅子に男は腰掛けた。


「まずは何から話そうか」

「先に聞かせて頂戴。私は死んだの?ここは死後の世界なの?」


「良いだろう。婆さんは寿命が尽きて、死んだ。ここは婆さんが住んでた世界とは違う異界だ」


「死…そうなの…でも死ぬ前の記憶がないわ。どうしてかしら?」


「それはこっちの世界に来たせいで混乱してるんだろう。そのうち思い出すかも知れんし、何とも言えんなぁ」


「苦しんで死んだ?」

「まぁ途中で意識も昏睡してたからな…死因とか知りたいか?」


「何となく調子悪かったのは病気のせいだったのかしらね…まぁ寿命って言ってたから、延命は無理だったみたいだし…」


 老婆は暫く記憶を手繰ろうとぶつぶつ独り言ち、考えを咀嚼するように何度かゆっくり頷くと、男の顔を見て真剣な眼差しを向けてやっと話す。


「…………やっぱり死んだ時の話はもう、いいわ…それより私の部屋はどうなったのかしら…」


「あの部屋にはもう何もない」


 その言葉をきっかけに、死んだと聞かされた時よりも心臓がどくんとはね上がった。


 そしてズキンズキンと心臓の奥が痛み出す。


 死んでるのに心臓が動くやら痛むなんて思うのもおかしな事なのかも知れないけれど、他に表現が見つからないから構わない。


 何もない。

 分かりきっていたことだけれども。

 全部無い。

 私の思い出。

 宝物。

 死んでるのに、何で悲しいの。

 死んでるのに何で忘れられないの。


「どうして…」


 男の目も憚らず取り乱して嗚咽を洩らして泣いてしまう。

 一度涙が溢れてしまうと感情が爆発して我慢など出来ず、大声をあげてわんわんと泣いた。


 そんな私の様子を黙って見ていた男は、優しい言葉をかけるでもなく、近付くわけでもなく、ただぼうっと座って時間が過ぎるのを待っていた。


 そしてたっぶり泣き疲れて、定まらない焦点のまま意識がぼんやりしている私の顔をしっかり見据えて、男は諭すように告げる。


「お前の大事な荷物は、此処にある」


 そう言ってテーブルに風呂敷包みの荷物を置いた。





柳行李とは竹・麻素材で出来た、今でいうプラ製衣装・収納ケースの事です。気になる方は画像検索してみて下さいね。


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