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26 お手伝い付喪神達の日常



はる様、陽様ぁ!」


 先日の出来事から、陽の側を益々離れなくなった白容裔しろうねりという白い小さな竜。

 陽も雑巾にしてしまった罪悪感からか、とても可愛がっているようだ。


「しろちゃんうざ過ぎぃ。足を引っ掛けちゃいそう」


 火鉢の付喪神(ほむら)が、掃除の邪魔とばかりに白うねりを冗談半分に笑い飛ばす。

 お手伝い要員としてもすっかり馴染んで、他の付喪神からも可愛がられているらしい。


「ウツワノ様に認めて貰えたのですから、何かお役に立たなくては!」

「それならとおるのとこで食材運ぶの手伝ってよ。食料貯蔵庫の確認もあるのよね」

「あら、じゃあ私も確認したいから見てくるわね」

「陽様参りましょう!」


 台所で作業している鑑札の付喪神(とおる)の元へ向かうと、焔の言う通り配達で運び込まれた食材を真剣に吟味する通の姿があった。


「おーシロ、張り切ってるなぁ」

「お手伝いに参りました!」


 白容裔は陽の肩から離れて、土間でしゃがむ通の頭上をくるくると回ってアピールする。


 鑑札の付喪神通は、力仕事や買い出しに出入り業者の相手等地味な裏方に徹しており、焔のように目立ちはしないが屋敷でしっかり存在を確立している。

 元々行商をしていたせいもあって、日焼けした健康的な美丈夫ぶりと誠実さで他の女達が密かに憧れる存在でもあった。


「持ち込まれた食材は、鮮度は勿論だが何か仕掛けられていないかしっかり確認するんだ」

「まさか毒でも盛られてるとか!」

「無いとは言い切れないな。何せ色んな人を経由して入手するものだから」


「へぇ~やっぱりスーパーとは違うのね」

「陽さんの時代は小売りから買わないんだっけ?」

「年金生活で貧しいと、品質良いと分かっていても小売店より大型店になるわねぇ」


「薄利多売のその日暮らしが懐かしいなぁ」

「それで暮らせる時代が羨ましいわ」

「陽さんの時代の日本は世知辛いねえ」


「お屋敷で陽様を迫害する奴がいたら、白容裔が成敗します!」

「頼もしいわ、しろちゃん」


 雑談を交えながら手を止めず作業し、検品を終えた食材から順次仕舞えるものを運んでいく。


「ん?これは……」


 順調に目利きしていた通の手が止まり、異界産の貝をじっくり観察してからポイと放り投げる。


「同じ海域で取れたこの魚も駄目だな」

「どうしました?」

「あぁ、鮮度が落ちて危ない魚と貝ですよ」


 そう言って通は、そそくさと桶に貝と魚を放り込むと陽に見えないようそっと麻の布巾をかける。


「大体終わりましたから、陽さんは貯蔵庫に行って味噌や漬物の確認をお願いします」

「分かりました。さあしろちゃんこれを運びましょう」


 陽は冷所で保存が利く野菜の麻袋を指差すと、白うねりが嬉しそうに巻き付き持ち上げて運んでいく。


 陽が移動したのを確認してから、通は先程廃棄した食材の入った桶を持ち出し、裏庭に近い一角へやって来ると、枝や枯れ葉を集めて燃やす準備に取り掛かる。


 地面に置かれた桶の中身がガタガタと動くが、通は桶を爪先で小突いて止めさせる。

 よく見れば貝から長い髪の毛がだらりと生えているし、濁った目の魚からは既に腐臭が漂い始めており、異常な気配が漂っていた。


 食材を入れた焚き火を囲うように持ち出した酒を振りかけ即席の結界を作ると、印を切って火がついた焚き火はぱちぱちと音を立てて燃え始めた。


「穢れた食材は人間に食べさせる訳にはいかないからなー」


 枯れ木でつついてまんべんなく火を通しながら、通は小声で呟いた。


 やがて立ち上る煙が怨めしそうにこちらを見る恐ろしい女の姿に変わってきて、ゆらりと通に近付いてくる。


 通は怖がりもせず、煙の幽霊女を見もせずに枯れ木で相変わらず焚き火をつつきながらぼそりと告げる。


「異界の魔物に襲われたのか?」

「悔しい……憎い……海に生きたまま捨てられ……奴隷船の男達が……私は病気で動けなかった……のに」

「奴隷船ね。異界はまだそんな事やってんのか」


「あの男共に……わざわいを!!」

「あーうん。天罰下ると思うから、成仏しような」


 煙の女は断片的な記憶と共に奴隷船の特徴や男達の姿を通に見せて伝えると、ゆっくり薄くなって消えていった。


 空を仰ぎ見た通は、燃え尽きた焚き火に向かって清めの塩を振りかけてから手を合わせて成仏を願う。


「しょうがない。やっぱり食材調達に行くしかないか」


 通はポケットから本体である鑑札を取り出すと、木札に通してある紐を指に引っ掛けくるくる回しながら、裏庭の門を潜ってあやかしの途へと入っていった。




 夕飯の支度に取り掛かる頃の時間になって、通は食材を持って再び屋敷に戻るとお玖と陽の居る台所へと直行する。


「廃棄した食材の代わりを買ってきましたよ」

「いつもすまないねえ、通」

「行商の頃に比べたら楽なもんですよ」


 爽やかな笑顔で答える通は、水を貰って喉を潤し勤めを終えてほっとしていた。


「異界産以外の食材をどうやって仕入れてるのか、いつも不思議なのよね」

「それは企業秘密ってことで」

「通にしか出来ないもんねえ」

「そうでもないですけど、まあ他に任せると時間掛かっちゃいますからね」


寄り道の多い他の者では頼んでも最悪忘れて戻ってくる事もままある。

「後は好きにしていいよ」

「じゃあまた明日」


 通は軽く一礼すると、颯爽と台所を後にした。




 火鉢の付喪神焔が最後に屋敷の火周りを確認して本日の仕事を終えた所で、通がひょっこり姿を現す。


「焔、あやかしの途のおでん屋に行かないか?」

「たまにはいいわね。付き合うわ」


 二人は裏庭の門を潜ってあやかしの途に出ると、暗がりの中におでん屋の屋台と提灯の明かりを見つけて暖簾を潜る。


 あやかしの途には夜になると、付喪神や妖怪の客を相手に屋台が出没する。おでん屋の他にもラーメン屋台や夜鳴き蕎麦、寿司や天ぷら等の移動式屋台があって、密かな人気となっている。


 おでん屋を切り盛りするのは、年老いた老狐と人形に化けた娘の親子で上品な出汁が売りの店である。

 屋台の対面席の他に、簡素な椅子とテーブルも並べられており、皆酒を呑みながらおでんをつついて和やかに楽しんでいた。


「しろちゃん見てると懐かしくなるわ。旅籠でお手伝いしてた頃を思い出すの」

「古布を雑巾に仕立てるなんて陽さんらしいよな」

「そのうち他にも陽さんが付喪神にしちゃうかもね」


 二人はおでんをつつきながら話していると、熱燗がとんと置かれ、焔が酌をすると通は嬉しそうに早速呑む。


「ウツワノ様はどう思ってるんだろう」

「楽できて助かる、とか?」


 おでんの汁が沁みたがんもを箸で割り、辛子をつけて焔は口に放り込むとはふはふと熱を逃した。


「まーでも陽さんの呪いを何とかしないと安泰とはいかないよな」

「はふ……それも箱庭で寝てる限りは夢にも現れてこないらしいけど」


 通が美味しそうに酒を呑むのに釣られて、焔も同じく酒を頼むと並々とコップに注がれた酒へ慌てて口を寄せる。


「最近のウツワノ様ちょっと変わったよね」

「そうかしら?だとしたら陽さんの影響?」


「うーんどうだろう。厄介事も増えてるみたいだから、いつか愛想尽かして屋敷を出て行ってしまわれる気もして」


 味が沁みて色づく大根を箸で割って一口食べると、不安を口にしたせいか通は皿に箸をことりと置いた。


「ならやっぱり所帯を持つべきね。そしたら簡単には屋敷から出ていけなくなるわ」

「男は縛られるのは嫌いなんだよ。行商で渡り歩いてたから気持ちは分かる」

「いい歳して気持ちだけ若いままでも困るわ」

「相変わらず女性陣は現実的だなー」


 二人のやり取りを聞いたおでん屋の老狐が、くっくと肩を揺らしつつおでんの具を取箸で丁寧に返していく。

 焔はコップ酒をちびちび呑むうちすぐに顔が赤くなり、とろんとした眼で肘を付く。


(酒弱いくせに、背伸びしたがるなぁ焔は)

 通はちらりと焔の酔い具合を見ながら、残りの大根を食べ終え取っておいたさつま揚げに齧りつく。


「もしかして異界時代に悲恋でも経験したのかしら」

「ウツワノ様のイメージ壊れるから止めて」

「今度使い魔にでも聞いてみようかしら」

「筒抜け相手にそんな事聞くなよ?」


 焔はお酒で大分良い気分になっているようだ。そのせいで、通の肩をパシパシ叩いて絡んでいた。


「そういや、古参の使い魔鬼で話の分かる奴が居たよな。最近見ないけど何やってんだろ」

「あー居たわね。そう言えば……」


 言いかけた焔は酒のコップをがしゃんと音を立てて溢してしまう。

 見れば酒が弱い為に手元が疎かになり、大分目もとろんとして眠そうである。


「もう、相変わらず酒の弱い奴だな。親爺お勘定」

「お嬢ちゃんのお守りも大変だねえ」

「俺から誘ったからいいんだ」

「また来ておくれよ」


 通は二人分の勘定を置くと、焔を背負って屋敷へと帰っていく。




「屋敷の連中も大変だねえ」


 二人を見送る狐の娘が心配そうに呟くと、俺も俺もと客の苦労話合戦が始まっていき、娘の気を惹こうと酒を追加しては赤い顔を更に赤らめるのであった。



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