23 戦の後始末と魔界の森の隠れ里
帝国の兵士と魔物を蹴散らし村に入ったウツワノは、暑苦しい志サムライの決意を知り、残された奴隷と魔族のハーフである半端者達を前に頭を悩ませていたが、黒龍が冷静に説得した村の者を纏めて魔界の森にある隠れ里まで送る事となった。
本来であればエリアスの剣術指南にサムライを宛がう予定であったのだが、はっきり言ってこのサムライはお薦め出来ないと思ったウツワノは仕方なしにエリアスの元へ報告に向かった。
エリアスは避難誘導先のキャラバンのテントにて、甲斐甲斐しく働いていた。
ウツワノの暗躍に気付いていない殆んどの者は気にも止めていないが、傭兵として最後尾で戦った一部の者はしっかりウツワノを覚えており、静かに闘気を迸らせた。
「あらウツワノ、戻っていたの」
「程々にしてさっさと帰るぞ」
「そうねえ、だいぶ落ち着いてはきたかしらね」
既に重傷者のみ馬車に乗せて最寄りの街を目指しているらしく、残った者は自力で歩ける者達ばかりである。
残された兵士も現状報告の為に既に移動しており、村に近付く者は皆無であった。
「エリアス様、キャラバンもそろそろ移動を開始しようかと思うのですが」
「戻るだけなら護衛も生き残った者達だけで何とかなるでしょう」
「そうね」
「エリアス様に助けて頂いたご恩はいずれ必ずお返しします」
エリアスはすっかり冒険者や傭兵の心を掴んでおり、次々別れの挨拶をしてから旅支度を終えたキャラバンは慌ただしく去って行った。
「で、サムライの件はどうなったの?」
「あいつは外れだな。それにこの戦いで学んだろう?」
「覚悟を決めたら後は行動あるのみという事ね」
「心構え次第ってな」
「よく言うわ。あんな顔して戦場を思うがまま暴れたくせに」
「そうさ。俺は優しい男じゃねえって事」
エリアスは戦場で笑みを浮かべていたウツワノのもうひとつの顔を思い出し、薄ら寒くなっては渋い顔をして心に浮かんだ陰りをそっと呑み込む。
( 親しい者でも相容れないという事かしら。
得たいの知れない化物を見た気分だわ )
「さて、黒龍の準備を確かめにいくか」
村の者が戦場に残された遺体を集めている横をすり抜け、開かれた門から村へと入る。
遺体を放置しておくと夜に魔獣が食い荒らしにくる為、まとめて火を付け埋葬するのだ。
中隊長の遺体は兵士が証拠として持ち帰っており、殆んどは冒険者や傭兵となっている。
身元が分かりやすい武器や装飾品を村の塀へ打ち付け並べていくと、村全体が墓標代わりと化し禍々しさを醸し出す。
「奴隷を洗脳してるって噂だったけど……」
エリアスは初めて入る村の異様さに、腕を組んでじっと観察を始めた。
村人の身なりは粗末で汚れているし、最低限の食事のため皆覇気を感じられなくはなっているが、如何にも洗脳されてますといった様子は見受けられなかった。
その代わり、異界では犯罪者以外の者に行う事は違法である筈の“奴隷の刻印”が施されており、体に焼印や特殊な入墨を用いて入れた奴隷を示す模様が皆一様に体に施されていた。
刻印は奴隷の証であり、かつて魔族の間で人間や同族を支配する為に行われていた事が始まりである。
刻む模様によって行動を制限したり力を抑えたりといった効果が加えられる。
その為主人の嗜好によってあらゆる制限を掛けられ、全身に焼印と入墨がびっしりな奴隷も居たりするのだ。
死体を処理する村人を離れた場所で護衛しているサムライ達反乱一派が、ウツワノ達に気付いて寄ってくる。
「酷いわね。元は魔族の技術とはいえこんな大量の刻印見たことないわ」
「奴隷商人どもがハーフの子供を作る斡旋をして、買い取った子供にこうして刻印を刻んでいるようだ」
「娼婦や金の欲しい女を囲って、魔族を客にした娼館とグルで繋がってやがるのさ」
「ここに集められたのは魔力や回復力の強い者達で、やっと奴隷の情報を掴んだので強襲したまでは良かったのだが」
「思ったより人数が多くてな。すぐに村を抜け出せず、後詰の兵士と傭兵がやって来て籠城となったのだ」
「助けるつもりが助けられるなんざお粗末もいい所だ」
またまた熱く語りそうなサムライの面々に、ウツワノが毒舌でもって釘を指す。
「面目無い……」
「兵士の目当ては奴隷の隠蔽だけだったのかしら」
「村の奥に行けば分かる」
そう言ってウツワノが村奥へ進んでいくので、エリアスも付き従って行くと、姿を見せなかった黒龍がせっせと何かを準備している所だった。
「どうだ、黒龍」
「おお、エリアス。無事でしたか」
「ええ。黒龍様が魔獣を蹴散らして下さったお陰で」
「それは重畳だ」
「ふむ。やはり奴隷を使って墓を掘り出していたのは間違いないな」
「墓暴きなど誰もやりたがらないでしょう。ましてや魔族の墓ともなれば尚更」
村の奥は古い墓石が無数に広がる墳墓となっており、霊廟の入口付近にはまだ新しい土山が複数点々と築かれ、最近荒らされた様に見える。
霊廟の中はひんやりとした石造りで祭壇が置かれているが、黒く汚れて血と腐臭が漂い何かをしていた生々しい跡が残されている。
「ここには何があるっていうの?」
魔術に造詣の深くないエリアスには、只の荒らされた墓地にしか見えない。
「この墳墓には濃い魔力が充満してる。まぁ屋敷と同じようなもんだな。
この場所と魔力を利用して何かを呼び出そうとしてた痕跡がある。
もしかしたら異界から転移でもやらかそうとしたか、何処かに繋がる門を作るつもりだったのかも知れん」
「それが本当なら屋敷の別宅がここに出来たかもってこと?」
「まあそう簡単に作れる訳がないがな」
「残された魔力だけでも充分、隠れ里に移動する扉は作れましょう」
理解するのに手一杯なエリアスに、黒龍が更にとんでもない発言を加えてくる。
「あの村人達を一気に移動させるつもりなの!?」
「サムライ達反乱一派だけなら移動は勝手にしろというのだが」
ウツワノは苦い顔でサムライ達を嫌そうに扱いつつ答えると、黒龍が振り返って待ち望んだ宣言をする。
「大体の準備はこれで整った。後は術式解放だけです」
大がかりな術の為準備に時間がかかったものの、流石は太古の龍種だけあって豊富な知識と技術があるとみえる。
程なくして、村人全員が墳墓に集められ移動について説明すると、大層黒龍は有り難がれてますますカリスマ性を発揮する事となる。
「では術式解放の為に皆の血を使うので、軽く切って床に垂らして欲しい」
過酷な労働をしてきた村人にとって、少しの傷口に躊躇う者はおらず粛々と準備は整えられていく。
「皆手を繋ぎ互いに離れないようにしろ!では行くぞ!」
墳墓全体が光の柱に包まれて行き皆のざわめきが起こるが、次第に目を開けられぬ程の光の強さに達すると、鋭い耳鳴りと共に立ち眩みのような平衡感覚の違和感を覚える。
次第に耳鳴りが遠ざかり、足が地面に接地したのを感じられる頃になると、周りの者達から次第に身を寄せ合う波が押し寄せてきてぎゅっと力が入る。
「無事到着したな」
黒龍の声に皆がうっすら目を開けていくと、そこは村ではなく鬱蒼とした知らない森の中にある簡素な草屋が建ち並ぶ隠れ里の入口であった。
「この土地には竜の池があり、空間を繋ぎやすかった事が功を奏した」
「黒龍様!墳墓でまた同じ術を使って追っ手は来ないのですか?」
村人の奴隷青年が代表して皆の疑問を口にする。
「墳墓の魔力を持ってしても、そう何度も使える術ではない。
隠れ里には侵入を阻害する術を施す予定だ」
ここまで聞いて村人達はようやく安堵して喜び合うと、次々黒龍へ近付き膝を着いてお礼と感謝を述べていく。
「正に反乱一派のシンボルね」
エリアスは表情を和らげ、村人と黒龍の様子を見守る。
「黒龍も崇められて悪い気はしないだろ。これで暫くは持つかな」
面倒事は黒龍に任せたと、ウツワノはなるべく存在感を消して時が過ぎるのをひたすら待った。
ようやく人の波が引き、黒龍がこちらへ目線を送って合図すると、やっと二人は近付く事が出来た。
「私は竜の池を通じて元の岩清水淵共に通行可能ですから、ウツワノ達を送ってからまた此処に暫く居座ろうと思います」
「万が一敵が攻めて来ても黒龍が居れば安心だ」
「戦えるならむしろ喜んで」
それからウツワノはサムライ達とも定期的に連絡をとれるよう算段を付けると、予定通りエリアスと共に最寄りの扉近くまで送って貰う為、黒龍に跨がり一気に飛翔し移動する。
前回と違って魔界の森の隠れ里から最も近くにある扉の場所は、魔界の森を抜けた先魔族の街近郊の、古びて朽果てそうなこじんまりとした祠の中にあった。
隠れ里や祠の扉と云い、ウツワノは魔界にも通じているとは知らなかったエリアスは、改めてウツワノに疑念を抱いて用心すべきかと心に刻む。
黒龍と暫し別れの挨拶をしていつも通りに祠の中にある扉をくぐり抜け道を進んでいくと、やがて屋敷の正門が見えてきた。
「あっ!しまった……」
「どうした?エリアス」
「お土産買う暇無かったわ」
緊張の連続で疲れきったエリアスはそのまま屋敷の部屋へ直行すると、すぐに眠りに落ちてしまうのだった。
一方で上機嫌で帰宅したウツワノも何だか皆怖くて、遠巻きに労うのみであったという。




