22 黒龍とウツワノの本質
村へ向かうキャラバンの最後尾に紛れたウツワノとエリアスは、他の冒険者と共に馬車に揺られていた。
サムライが居る村へすんなり入れる状況ではなさそうである為、人集めの列に紛れて大人しくしている。
昼頃となり、馬車は徐々にスピードを緩めゆっくり停車すると、丸太の塀に囲まれた村の手前で戦闘が始まっており、魔獣と死者が暴れる咆哮が響いている。
物見担当の者が偵察から戻るのに合わせ、戦況が見えるここで作戦会議を行うつもりのようだ。
戦える者達が集められ、現在の戦況と村の被害状況が伝えられると、楽観視していた者達から小さなどよめきが起こる。
そこへ辺境の村に似つかわしくない武装した帝国兵士中隊長が現れ、冒険者へ檄を飛ばす。
「ここで怯える者は補給に回れ。魔法部隊が術を発動する間守るのがお前達の任務だ。前線は我々軍が出る」
「あのう!敵は死者と聞きましたが、普通の武器で倒せるのでしょうか?」
「倒しても復活するので魔法で止めを刺すまでは足止め程度になるだろう。なので深追いはしないことだ」
「魔法や術が使える者は積極的に申告するように!」
「他に質問がなければ、小隊に振り分け配置次第前進する!」
隊長の指示で順番に並んだチーム代表者と個人が簡単な申請を行い名簿に書き込まれていくと、大まかな配置図を作って隊列が整えられた。
ウツワノとエリアスは傭兵が揃う組に振り分けられ、即席小隊として魔法部隊の近くに配置となった。
隊列を指示する兵士の馬が戦場から駆けてくると、それぞれ戦場へ押し出されていく。
隊列に沿って進む中、混雑に紛れて傭兵達に二人は話し掛ける。
「あの村には何があるっていうんだ?」
「魔族からも怒りを買っているみたいだけど」
「さあ俺達もよく知らないが、噂じゃあ魔族を奴隷にして働かせてるとか」
「魔族が奴隷になるなんて、黙って受け入れるものかしら?」
「洗脳されてるとかじゃねえの。奴隷商人が絡んでるからあんまり深入りはしたくねえな」
「そーそー。死者を操り冒涜する魔族が悪いって事で問題ないだろ」
比較的安全な配置で戦況を見ながら戦う余裕があるうちに傭兵達と他の情報を集めていると、派手にやりあっている前線に村を囲む塀の上から魔法の加勢攻撃が加えられた。
「村に居る連中も張り切ってるなー」
「おい!魔法攻撃が兵士を狙ってたぞ」
「乱戦だからたまたまじゃないか?」
「ウツワノ、どう思う?」
「塀が高くて村の様子がさっぱり分からねえ」
ウツワノは符術師である事を隠し剣士として参加しているのだが、帝国魔法部隊の攻撃の遅さに既に苛ついてきている。
仕方なしに、囲まれないようグールを倒して距離を取り陣形を守る。
『ウツワノ、何故戦場にいる?』
ここで先に村を偵察していた黒龍から念話にてウツワノに連絡が入る。
「黒龍か。どうだ空からの眺めは」
『村の者は魔族の子供と奴隷ばかりだ。何故か魔法で応戦しているが、これは戦か?』
『帝国兵は村を制圧しようとしている?』
『恐らく。そして村を指揮するのはお探しのサムライみたいだぞ?』
「何てこった。帝国兵に捕まったら終わりじゃねえか」
「ウツワノ?」
念話を聞き取れないエリアスがウツワノの背を守る形で傍に寄る。
「帝国にサムライが喧嘩売ってるらしい」
「村を守る為の進軍ではなかったの?」
「さあなあ、だが帝国兵に味方したらお目当てのサムライに会えなくなる」
「何か事情がありそうね」
『ウツワノ、魔族の鬼子がいる。アレを狙っているのかも知れない』
面倒くさそうに聞いていたウツワノの態度が一変し、抑えていた覇気と共に怒りのオーラを纏いだすと、周りの傭兵達が身構え気配の元凶を知ると距離を取った。
ウツワノは構わず怒りを隠すことなく、念話にて怒号を飛ばす。
『黒龍!俺達は今から謎の第三勢力として死者と帝国兵まとめて薙ぎ倒すぞ!』
『任せろ!派手に暴れたらよいのだな!』
ウツワノの言葉を合図に姿を隠していた黒龍が咆哮と共に上空に姿を見せる。
帝国兵と参加する冒険者や傭兵は一斉に空を見てぽかんとしていたが、味方の術かと勘違いした者達から歓声が上がり混乱する兵士を無視して盛り上がる。
「あれは誰が呼んだ!」
隊長の声は歓声に掻き消され、近くの兵士が慌てて後方へ馬を翻し確認に向かう。
彼は運が良かったと言えよう。
前線を離れて振り返る馬上から見えたのは、黒龍による氷の息吹によって魔獣諸とも凍り漬けにされる兵士の姿だった。
「「「 うわあぁぁあ!!! 」」」
歓声から悲鳴に変わった戦場は、我先にと逃げ出す者達ですぐに溢れ混沌と化す。
寄せ集めの群衆にいくら持ち場を守れと命令した所で、命が惜しいのは当然であり、散らばる連中を好機と見た魔獣が一斉に後退へと追い縋ると、逃げる背中に襲いかかって食らいつく。
「エリアス、守る為の剣と言ったな。喜べ!実戦で経験出来るぞ」
逃げ出す者達と前線を見据えながらウツワノは笑みを浮かべて残酷な言葉を告げる。
エリアスは言葉を失いウツワノの顔を確認したが、すぐに思い直して避難誘導の為に混乱を掻き分け走り出した。
腰を抜かす者に風の精霊の加護を与え精神を落ち着かせると、背中を叩き立ち上がらせて走らせる。
怪我人を見つけて逃げる者を捕まえ、共に手を貸せと怒鳴り手伝わせる。
グールに囲まれて立ち往生する者へ駆け寄ると、助太刀して薙ぎ払いつつ救出していった。
「逃げる事を優先にしなさい!こっちへ!」
エリアスはウツワノに人を殺させはしないと、果敢に戦場を駆け回り奔走した。
その間にも敵味方関係なく黒龍は暴れており、完全に戦場というより殺戮に近い有様となっている。
魔法部隊は黒龍に向けて攻撃魔法を繰り出しているが、かする程度で殆んど足止めにもなっていない。
そこへ音もなく忍び寄るウツワノが使い魔を放って撹乱すると、隙を突いて符術を用い魔法部隊を次々気絶させていく。
「我ら魔法使いを倒したら、仲間が死者として甦り敵が増える一方だぞ!」
「戦える敵が増えて良い事だ」
ウツワノに最早分別はなく、戦う意志のある者目掛けて次々使い魔をけしかけては符術で戦闘不能にさせていく。
憐れ死者に襲われグールと化した冒険者の亡骸も躊躇する事無く符術でもって蹴散らしていく。
戦場はウツワノが符術で放つ白雷の雷鳴が響き渡り、恐怖をより加速させた。
符術は死者にも滅法強い。その為駆り出されるのが面倒で剣士と偽り紛れていたのだ。
辺りは氷に覆われ温度差により霧が立ち込めている。
戦況が変わって殆んど戦いの音が聞こえなくなった所で、ウツワノは一人グールを蹴飛ばし氷漬けの兵士と魔獣を横切り、村の塀へ近付くと声を掛けた。
「村に用があって来た。開けろ」
しんと静まる村から塀の覗き穴を開けて確認する音が聞こえ、やがてゆっくり門が人一人通れる位開くと屈んでウツワノは中へと押し入った。
そこには黒龍の情報通りにサムライ姿の男が居て、後ろには魔法で応戦していたと思われる魔族の子供や奴隷の姿が確認出来た。
「あの黒龍の仲間であろうか、お主」
「ああ。もう戦う意志のある奴は近くにいない」
「我々は魔族と人間のハーフ達を奴隷として働かせる非道を許せず、解放する為に戦った」
主導者のサムライが、ウツワノの前に立ちはだかり拳を突きだし熱の篭った宣言をする。
「立派な志だが、魔族に味方する人間を擁護する奴はどれだけ居るやら」
対するウツワノは斜に構えたふてぶてしい立ち姿で、サムライ達を煽るように吐き捨てた。
「弱者は我々人間も同じこと。差別こそ憎むべき悪習である」
サムライは腕を振り下ろし、大袈裟な仕草で高らかに吠える。
「ご託はもっと組織を強固にしてから好きなだけ言え」
どこまでも冷ややかな態度のウツワノに、主導者のサムライは睨みを利かせて拳を強く握りしめた。
「死者を操る魔族の鬼子は何処だ」
ウツワノの興味は鬼子にあるようで、サムライを無視して子供達へと近付き声を掛けた。
魔族の子供達が一斉に身構え強張るが、奥から引き留める声を無視して集団を掻き分け一人の子供が歩み寄る。
「僕に何か用か」
「困ったら俺の屋敷にいつでも来い。これを持っておけ」
ウツワノは懐から御守袋を取り出すと、相手の手を取り包み込むようにして強く握らせる。
返り血を浴び闘気が未だ冷めないウツワノを怯える様子もなくじっと見つめた子供は、こくりと頷いて大事に受け取る。
「この村から出てしばらく潜伏すべきだろうな」
「せっかく集まった所だったのに……」
「また逃げ惑うのか……」
ざわめきと不満の声が次々囁かれるが、帝国兵士が追加の軍を率いて来るのも時間の問題であろう。
『ウツワノ』
黒龍の念話が聞こえると同時に村の人達から小さな悲鳴が起こり、上空から黒龍がウツワノの傍へと降り立ってくる。
「黒龍、こいつらに良い隠れ里は何処かにないか?」
「うん?半端者の魔族と鬼子を匿うのか?」
「文明が発展しても差別意識はまだまだ変わらないみたいだからな」
ウツワノは思うところがあるのか、先程サムライ達に対する態度とは一変しているようにも見えた。
そんな様子を察した黒龍は、目を瞑って記憶を巡らし、閃きと同時に目を開く。
「帝国兵から遠ざけるので良いなら、魔界の森に隠れ里があった筈だが……半端者は魔族からも差別されてるが、人間が攻めて来づらい場所の方が安心でしょう」
「どうするよ?サムライ」
鬼子の子供の隣に並んだサムライが、黒龍とウツワノを前にして悔しげに頭を振って片膝を地面に着く。
「畏れ入った。反乱者として追われる某のみ、軍の注意を引き付けておけばと考えておった」
「変り者の阿呆ですね」
黒龍までも呆れて口をあんぐり開けた。
志一つで半端者達を率いれておいて、なんと言う杜撰な計画か。
これでは守る為の剣であっても戴けない。とんだ人選ミスである。
しかし鬼子や半端者はこの暑苦しい志サムライに懐いて信用してしまっているので、放っておけば皆殺しであろう。
「全く厄介だな」
黒龍はウツワノの苦々しい表情を見やり、実に面白そうに笑ってみせた。




