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21 異界の辺境地を目指して

 


 ウツワノの使い魔とバトラーによる情報収集により、以前屋敷に赴き一太刀借り受けたサムライを探しだしたとの事で、現地にて面会の予定が組まれた。


 通常異界の大陸を旅するのであれば、徒歩か馬車といった乗り物を使って比較的安全な街道を移動する。


 又は遠回りにはなるが船を使って海港を移動も出来るが、主に輸送に使われており海賊も出る事から、豪華な船旅はこれから文明の発展次第とされている。


 さて、異界の様々な都市に扉を設け瞬時に移動可能な屋敷ではあるが、探し求めたサムライは異界の中でも過疎地を転々としていた為、最寄りの都市からでも馬車で4日は掛かる村に滞在しているそうだ。


 ここで、サムライに会いに行く面子と屋敷に残る面子に別れる会議となったのだが、てっきり残ると思われたウツワノが行くと言い出した為面倒な事となる。


「屋敷に籠っていても襲われた訳だし、久しぶりに俺も異界に出ようかと思ってな」


「屋敷が手薄になるのはあまり得策とは言えない気が致しますが」

「そうよウツワノ。陽さんは誰が守るというの」


 ウツワノのやる気に反して、エリアスとバトラーは慎重にと意見する。


「移動時間が短縮出来れば問題ねえだろ」

「途中山を越えるのよ?簡単に言うけども…」


「昔異界時代に手に入れた乗り物があってだな。それに乗れば偏狭の村まであっという間だ」


 バトラーは乗り物について知っているのか、言及を避けて続きを進行する。


「畏まりました。では移動手段は確保という事で、後は屋敷の警備に当たる者についてですが」


「今回はバトラーと宗三そうざが残れば問題ないと思うが…あと戦力になりそうな付喪神はいるか?」


 会議の席にて黙って聞いていた宗三が口を開く。


「この際陽とやらにも何か護衛の加護を与えてみてはどうか」

「ほう。破格の待遇じゃねえか」


 特定の贔屓を好まぬ冷徹な男の発言に、ウツワノは面白そうだと自らの顎に手をやる仕草をする。


「非力な女故仕方無かろう。敵の一撃を凌ぐ位の力で構わぬのだが」


「守りに長けた奴か。そうだなあ……」


 ウツワノが自ら使役する使い魔のような便利な護衛で、魔力も持たず戦闘も出来ない陽の言うことを聞いて守る者となると、条件が厳しくなる。ウツワノは適任が居ないか暫し逡巡する。


「器の様、その任務是非ともオイラに…」


 おずおずと現れウツワノの前に平伏するのは見慣れぬ付喪神であった。


「お前は?」

白容裔しろうねりと申します。陽様が毎日お使いになる雑巾から生まれました」


「陽が生み出したというのか。こいつはたまげた」


 皆に囲まれ、白容裔は短く白い竜の肢体を丸めて恐縮する。


「元々古布に宿っていましたが、陽様がオイラを雑巾に仕立てたのです」


「そうか。では陽を守ってやってくれるか?」


「勿論です!お任せ下さい器の様!」


 こうして陽の傍に付喪神の護衛が付けられる事となった。


 会議を終えそれぞれ準備に取り掛かる中、通常通り朝の仕事をこなした陽は旅に出るウツワノとエリアスの為に、弁当作りに励んでいた。


 程なくして準備を終えた二人が玄関で合流し、居残りのバトラーと陽は見送りに出る。


「陽さん、お土産何か買ってくるから楽しみにしていてね」

「ありがとうございますエリアスさん。これ、お二人のお弁当です」

「あら!嬉しい。ありがとう」


「陽さんはいつも通り屋敷の世話を宜しく」

「分かってます、ウツワノさん。そちらこそ気を付けて」


「何かあれば使い魔で連絡する。頼んだぞバトラー」

「お気をつけて」


 こうして二人は屋敷の門を潜り、異界の扉を抜けて最寄りの街へと降り立った。


 ――――――――――――――


「旅の不便な所と言えば意外と食事だったりするのよねぇ」

「屋敷の飯に慣れると確かに異国の飯はキツイな」


 人気の無いところまでは徒歩で移動している二人は、山道脇に腰掛け弁当を食べ終え一息つく。

 まだまだ行程は先であるが、疎らに村が在るため道中は比較的穏やかで安全だ。


「そろそろ乗り物について教えてよ、ウツワノ」

「この奥の岩清水に行けば会わせてやるから」


 山道から少し外れて歩くこと暫く。

 ウツワノの宣言通りにひっそりと切り立った崖の深い淵に綺麗な岩清水が現れる。


「あら素敵。外れにこんな場所があったなんて」


 ウツワノは岩清水へ近付くと、荷物から取り出した酒の瓶を供えて二度柏手を打つ。


「黒龍、来たぞ」


 柏手が切り立った崖に響くと、岩清水の水面に波紋が広がりゴゴゴと地響きのような唸りを上げる。

 滝のような水の柱が水面から吹き出すとキラキラと光を反射し辺りを水浸しにした。


 柱が再び水面へ吸い込まれると、そこには黒い鱗を輝かせる龍の姿があった。


「久しぶりです、ウツワノ」

「おう。暫くぶりだが元気そうだな」

「ええ。たまに村の子供が遊びに来たり、供物を定期的に供えてくれるのです」

「そうか。受け入れられているようで何よりだ」


「初めまして黒龍様。私はエリアスと申します」


 エリアスは丁寧な礼をして、自己紹介をする。


「ウツワノの古い友人、黒龍です。昔は二人で異界を暴れまわったりしたものですが」


「互いに若くムシャクシャしてたからなあ」

「ええ。またあの時のように好き勝手するのも悪くないと思いますが」


 互いに若かりし日に想いを馳せたのか、優しい口調で二人は語る。


「暴れるのはいいが、互いに討伐されてしまっては淋しいな」

「古の龍も大分この世界では減りましたからね」


「さて、思い出話も尽きない所だが、今日は辺境の地に共に赴きたいと思っていてな」


「それは面白そう」

「たまには構わないだろう?」


 ウツワノの提案に瞳を輝かせた黒龍は、大きな仕草で頷いた。


「ではではお二人、私の背に掴まりなさい」


 黒龍は地面近くに降り立つと、長い体を此方にくねらせ跨がりやすくする。


「頼むよ」

「失礼します」


 二人は黒龍に跨がり、背骨に沿って生えるたてがみのような毛を掴んで振り落とされないよう、内股に力を入れてぐっと低く体勢を整えた。


 首をもたげ二人を確認した黒龍は尻尾を地面にばしんと叩きつけると、長い胴体の割に短い前足を掻くように動かし、見えない空中に足場があるかのように左右へ身をくねらすと、鬱蒼とした林を軽々飛び越えあっという間に空へと飛翔する。


 足元には先程居た鋭い崖と岩清水が小さく見えたが、すぐに景色はそびえる山脈へと移動していき、細い山道が蛇のようにくねくねと見える様は徒歩では長い行程だったと思われた。


「いやー久しぶりに出る空は清々しい!」


 鈍った感を取り戻すよう飛翔する黒龍は、高らかに一声咆哮するとスピードを上げて山を越えるのだった。




 二時間程移動した所で冷えた体を暖める為、地上に降り立ち焚き火を囲む。


「景色を楽しむ余裕は最初だけね」

「張り切り過ぎてしまいました」


 巨体を丸めるように地面に横たわる黒龍は、照れて頭を垂れる。


「上空はどうしたって寒いからな」


 焚き火で沸かしたお湯を使って作った茶を啜りながら、ウツワノは慣れているのかさっぱりとした顔で震えるエリアスを見て笑う。


「しかし此処いらは何も無いなあ」


 魔族が住む未開の地に近付くにつれ、鬱蒼とした森と草原が広がる景色ばかりとなり、森から魔物の鳴き声も遠く聞こえてきたりする。


「開拓の為辺境の地に足を運ぶ連中位のもんだし、仕方ねえか」

「そうねぇ。立派な仕事なのだけど、過酷よねえ」

「お探しの人物は随分と変わり者のようですね」

「さてそろそろ先に進むか」


 焚き火を消火し手早く荷物を纏めた二人は黒龍に再び跨がると、直ぐに上空へと舞い上がっていく。


 辺りは日が落ち夜の暗闇は星と月の明かりだけが頼りであるが、夜目の利く黒龍は諸ともせず空を駆け、やがて荒野に広がるキャラバンの明かりを見つけると、少し離れた場所に降りて就寝を取る事にした。


 暗闇に紛れたお陰で近くのキャラバンに気付かれる事はなく、朝方キャラバンに追従する商人が開く朝飯のテントへ赴いた二人は、飯にありつきながら旅の情報を何気に聞いていた。


 キャラバンは中規模で主に辺境の地に人材を派遣する目的で移しているらしく、金稼ぎに参加する者や魔物狩りに武装した者等とその世話をする女や新天地を求める家族の姿もあった。


 彼らの目指す村にサムライも居るので近況を知る必要があったのだ。


「お二人も腕が立ちそうですね。これだけ揃えば村にもすんなり入れるかな」


 配膳のスープを渡しながら、見慣れぬ二人に飯屋のおやじが声を掛ける。


「検閲でもやってるのか?」

「近くで魔物が暴れておりましてね。このキャラバンはその為に腕の立つ者を揃えて向かっておるのです」


「魔族がけしかけたのかしら」

「それは……」


 飯屋のおやじが口ごもった所で、移動の号令が聞こえてそそくさと店じまいを始めてしまった。


 二人は一旦黒龍の元へ戻ると、先程のキャラバンで見聞きした内容から単独での行動は諦める事にした。


「黒龍は先に村まで行って真相を確かめてくるか?」


「魔物との戦となれば、どさくさに紛れて暴れる機会もあるやも知れないな」


 黒龍は戦と聞いて、鼻息荒く期待が高まる。


「まあ、戦況次第で追々な」

「分かっておりますとも」


 二人は火事場のどさくさ紛れに日頃の鬱憤を晴らせるかもと、身を引き締めるキャラバンの連中とは対称的にワクワクと心踊らせていた。


 エリアスはそんな二人を見てこめかみを押さえ、どうやって人的被害を減らそうか密かに思案を巡らせた。




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