20 異界のメイドと残留思念
「これはまた…派手に汚しましたね」
数多くのお屋敷と契約し、信頼と実績の篤い中堅使用人の彼女ですら呆れる程の凄惨ぶりに、陽は思わず悪くないのに俯いてしまった。
本日は定期的に屋敷の掃除を行う為に派遣されてくる、異界のメイドさんによる清掃日です。
先日屋敷で派手な戦いがあったとかで、ウツワノさんはメイドを手配したのですが、彼女の様子からして現状を報告していたのか怪しい所ですね。
バトラーさんから事前に聞いていたけれど、彼女はマリアさんと言って魔法を使った掃除テクニックで多くの顧客を持つ人気のメイドなんですって。
イギリスの伝統的なメイドスタイルに似た清潔感ある紺のワンピースに、ゆったりしたシルエットのエプロンを合わせた服装が似合う正に理想のメイド。
笑顔で愛想良くがメイドの条件かと思っていたけれど、彼女からはとても知的で凛としたプロ意識が感じられ、家政婦おばさんの私は邪魔になるかしらと不安になります。
「では着いて来て下さい」
彼女は特に指導せず黙って見せるスタイルのようで、私は彼女の後について真似して手伝いながら、手順やコツを教わります。
でも、彼女は魔法を駆使する掃除方法なので真似できる所は少ないのが現状みたいです。
掃き掃除は箒と魔法で一気にごみをまとめていきます。
彼女が指をタクトのように振ると、小さな竜巻がごみを集めて動き回ります。
そして掌サイズのキューブを翳すと、ごみは竜巻と共にキューブに吸い込まれていき、掃き掃除は完了となります。
拭き掃除は手で確実丁寧に拭き上げていくので、ここぞとばかりに私も手伝います。
その間に彼女は廊下に出て掃き掃除を魔法で済ませると、モップを魔法で動かし見守りながら窓拭きを同時進行していました。
「魔法って本当に便利ですね」
「陽様は魔法は嗜まれないのでしたね」
「ええ。だから掃除の魔法は見るのも初めてなの」
「私は生活魔法を覚えたお陰でメイドの仕事に就いております」
「私も魔法が使えたなら、家政婦として余所で働いてみたかったわ」
「陽様が働かれるのならライバルになりますね」
「そんなわけないわ。ただのおばちゃん家政婦よ?」
「陽様は作法と教養もしっかり学んでらっしゃいます。上級メイド審査に必要な条件は満たしておりますので」
「なるほどねえ」
「もし本気でメイドを目指すのでしたら、私の方から紹介状を推薦致しますが」
「マリア、陽様は私と同じくこの屋敷にお仕えしているような立場の方なんですよ」
真面目なマリアの言葉に苦笑いしながら、現れたバトラーが釘を指す。
「休憩をと呼びに来た所です」
「もうそんな時間でしたか」
バトラーとマリアは仕事仲間でもあるようで、名称で呼び合うのが一般的なようだ。
陽はそんな二人を羨ましく思いながら、バトラーにまだ気を使われている事と屋敷でのたち位置について悩みつつ、台所の続き間にてお茶を頂き休憩を取る。
「本日昼を召し上がる方はいらっしゃらないので、我々だけの昼食になります」
ウツワノに確認を取ったバトラーが、昼の段取りについて説明する。
「それならおにぎりか麺料理にしましょうか」
「陽さんが料理されるのですか?」
「はい。夜はお玖さんと作りますけどね」
「私は昼食まで私は掃除の続きを行いますので、陽様宜しくお願い致します」
「ではお二方後ほど」
バトラーとマリアの二人はそれぞれ仕事へと戻っていく。
今日は屋敷の騒ぎの後始末に追われたウツワノさんは勿論の事、エリアスさんや他の付喪神も休息を取っている。その為屋敷は普段にも増して静かである。
その分陽はこうして気楽に昼食を作り、屋敷の家政婦紛いの手伝いに精を出していられるのだ。
昼食を終えた後はマリアの掃除を手伝い、帰宅時間までたっぷり荒れた屋敷の後始末に追われたのであった。
「特に荒れていたこの部屋も、ようやく見られる所まで片付きましたね」
掃除の素晴らしい所は、目に見えて達成感を感じられる部分である。
広い座敷の荒れた痕跡を、生活出来るまで回復させた二人の貢献は素晴らしいと、誇らしげに陽は眺めた。
「ええ。私も安心致しました。後は魔力の痕跡を除去したら完璧ですね」
「魔力?」
魔法が使えない陽には、部屋に残る魔力の痕跡など全く見えない。
「はい。簡単に言えば残った思念の痕跡を払うのですが」
「メイドさんのお仕事って幅広いのねぇ」
「いえ、これは私の個人的な能力です」
マリアは部屋の中心辺りに歩み寄ると、両手を胸の前で合わせ呪文を唱える。長いスカートの裾がふわりと風を受けると、彼女を中心に魔方陣のようなものが床に現れ、部屋全体が温かく優しい微風に包まれていく。
掃除の時と同じように立てた人差し指を軽く振るうと、日だまりのような心地よさが徐々に終息し、除去は完了となった。
「凄い…マリアさん。部屋がとても清々しくなったわ」
「お褒め頂き光栄です」
マリアは傲る事なく答えると、感心しきりな様子の陽の顔を見て小さく微笑む。
「陽様、肩に糸屑が」
「嫌だわ、ずっと掃除に追われていたからかしらね?」
マリアはそっと糸屑を払うとエプロンのポケットへとしまう。
「部屋がスッキリしたせいかしら、肩こりも軽くなったわ」
「陽様は時々お年寄りのような事をおっしゃいますね」
「おばちゃんですもの仕方がないわ」
「ふふっやっぱり陽様はメイドに向いてらっしゃる気がします」
「そうねえ、屋敷を出る事になったら本気で斡旋お願いしようかしら」
「その時は厳しく指導致しますが」
「次回からでも構わないですよ?」
「陽様は面白いお方ですね」
こうしてプロの派遣メイドマリアは、きっちり仕事を完了させ退出時間となり屋敷を後にした。
異界のメイド恐るべしと、陽は尊敬と憧れを抱き次の再開を楽しみにするのであった。
屋敷に残されていた残留思念の糸の先。
騒動の主犯格は浄化される既の事、密かにマリアへ取り付けておいた糸を手繰り後を追っていた。
「折を見て陽に取り付こうと潜んでいたのに…このメイドが巫女の力を持っていたとは意外だったな」
計画が変更になったにも関わらず、どこか楽しげな玩具を見つけたような口調で糸を手繰り寄せる。
「屋敷を出入りする数少ない貴重な人間。何とか利用したい所だが……この女を誘惑するか?……とは言え他の女が嫉妬して邪魔する可能性があるしな」
「旦那様、奴の面倒見の良さを利用されては如何でしょうか」
糸を操り覗き見する者の傍に控えていた故老が助言を促す。
「あぁ……成る程な。人間の機微に関して詳しい爺には助かるよ」
「いえいえ。老骨の長生久視に御座いましょう」
「では早速次の一手に取り掛かろうか」
「手配致します」
故老は一礼して下がると、闇に溶けるよう消えた。
こうしてまたしても悪事の手配は着々と進められていくのであった。




