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19 ウツワノの謀略



「この家もなかなか居心地がいいもんだな」


 ウツワノは使い込まれて飴色の艶が古雅な木製座卓テーブルに並べられた酒と料理のもてなしを受け、呑気に胡座を掻いていた。


「ウツワノさん、屋敷に戻らなくていいんですか?」


 新しく酒のつまみを作って差し出すはるが、気になって声をかける。


「たまにはいいさ。元々この箱庭は俺の隠れ家だったんだからなあ」


 二人が居るのは屋敷の中に置かれた箱庭の家。

 この箱庭は異界でも無い独立した空間になっていて、ウツワノと陽以外の者は許しがなければ入る事の出来ない完璧な隠れ家である。

 ならば模型の箱庭を壊せばよいと思われるだろうが、脆弱な箱庭は存在を認識されないように術を施してあるので、たとえ部屋の目立つ所に置かれていて見えている筈でも、無いものとして意識を疎外させてしまうのだ。


 人間を化かす悪戯好きな妖怪や付喪神はこの能力を使い、度々人間が必死に物を探す姿を面白おかしく観察する。

 経験はないだろうか?必死に探したのに見つからず、後日探した筈の場所から失せ物が見つかるという事が。


 この能力を強力に施されているのが箱庭であり、術に長けた者でもまず見つける事は叶わない。


 屋敷の内外はあの様に非常事態になっていようと、この箱庭は安全快適であり、だからこそ敵に目を付けられた陽と敵の多いウツワノはここに籠ってやり過ごす。


「ウツワノさんがここに居るのに、誰も来ないのも変じゃないですか?」

「陽さんに遠慮してるんだよ」


 屋敷の騒ぎを知りながら、ウツワノはつまみを旨そうにつついて惚ける。


「お泊まりなら、お布団用意しますけど」

「適当に寝転がっておくから構わないさ」

「それより陽さんも付き合えよ」


 座卓テーブルに置かれた酒を持ち、陽のグラスに注いで渡す。


「眠くなっちゃうのだけど」

「いいじゃねえか。眠くなったら我慢するこたねぇんだし」

「じゃあ少しだけ…」


 こうして二人は、互いの過去や日本の話なんかで盛り上がったりしながら、まったりとした時間を過ごしていくのであった。

 やがて酒で睡魔が襲ってきた陽が寝室へ戻ると、一人になったウツワノは肘をついて寝転がり、時が過ぎるのを待つように目を閉じた。


 明け方未明になって、ウツワノは気配を感じて起き上がる。


形代かたしろが破られたか…どれ、屋敷の方はどうなったかな」


 座卓テーブルに置かれた酒の入った杯をじっと見つめると、小さな杯に屋敷の内部が映し出される。


「うわひでえな蜘蛛の巣みたいになってるじゃねえか」


 映像は監視カメラのように各部屋を切り替え映す。

 一際強い気配が感じられる部屋には、古参の付喪神達と指揮を執る宗三そうざの姿が確認出来た。


「宗三のヤツだいぶピリピリしてきてやがるな。てっきり屋敷を壊す勢いで暴れてるかと思ったのだがなあ」


 見れば古参の付喪神と共に、糸の本体含む床下から伸びる塊の束となった糸を囲んで抑え込んでいるようだ。


「本体を捉えているならあともう少しだな。のんびりし過ぎたら流石に箱庭に気付くかねぇ」


 さてどうするかと思案していると、ウツワノの耳に小さな声が聞こえてくる。


「……ゎの……器……の」


 箱庭に気付かれたかと、ウツワノは懐から札を取り出し構えをとるが、声は箱庭の中から聞こえる気がして辺りを見回す。


「無…念……に…騙され……宿に……捕まっ…」


 声の主は力尽きたのか邪魔者が入ったのか、それだけ伝えて静かになった。


「宿か…後でバトラーにでも調べさせるか。それにしても屋敷の力もいよいよ弱ってきたのかな」


 声のみであったが、ウツワノに直接届けるのは至難の技。結界の多重防衛を掻い潜り突破出来るのも、敵の糸による干渉があるからと思われる。


「でもなぁ箱庭出た途端に糸が俺に襲いかかると思うとな」


 再び杯の映像を覗き見すれば、久しぶりに見る者の姿がある。


「タマの野郎、こういう騒ぎにだけはちゃっかり現れやがる」


 自称屋敷のマスコットを名乗る猫の化身タマは、元来の猫らしく非常に気紛れで、他にもタマを可愛がる家があるのか方々を渡り歩いて暮らしている。


「タマがいるならあの仕掛けが使えるか」


 ウツワノは懐から新たな形代かたしろを取り出すと、指で文字をなぞるように動かした後ふっと息を吹きかけ術を施す。


 形代はそのまま宙にふわりと浮くと、素早く箱庭の家を抜け玄関から屋敷の中へと実体を現す。そのまま部屋扉の隙間から和紙の身を滑らせるように出ると、2階の天井から更に上の屋根裏目指して、とある部屋の隙間に入ると押入の天井板の僅かな擦れからするりと屋根裏へと到達する。


 真っ暗で埃が漂うだだっ広い屋根裏。一際太い梁が架けられた場所までやって来ると、そこに置かれた札に抱きつくようにぺたりと形代の身を重ね合わせる。

 すると、暗闇の屋根裏から鋭く光る眼光が無数に現れ、波のうねりのように大群となって屋根裏の穴や隙間から屋敷の中へと飛び出してきた。


 屋敷内で合流した大群は2階の廊下を走り抜け、糸の本体が伸びる部屋へと大挙して押し寄せる。

 うぞぞぞと身を寄せ合い迫り来る音に付喪神が気付いて振り向くと、そこには鼠の大群が凄い勢いで糸の塊に飛び付き鋭い歯で噛み付いていく。

 猫の化身タマは鼠を見て我慢できずに飛び付き、鼠の首根っこに噛み付くと頭を振って鼠を投げる。


 あっという間に太い糸の塊は鼠と猫の奪い合いの戦場と化し、隠れていた赤い糸の本体が露になると、タマは鼠を蹴散らして尻尾を三つに分裂させ、興奮して膨らんだ尻尾の先から焔を宿すと、糸の本体に噛み付いて引っ張り出し、尻尾の焔を振って糸に火を放つ。


 無数に屋敷に張り巡らされた糸は、瞬く間に炎が走るように燃え上がっていき、張りを失った糸が焔に巻かれて次々だらりと垂れ下がっていく。


「古参の衆!好機だ!」

「「「 合点! 」」」


 古参の付喪神は号令に合わせ術の威力を高めて放つと、炎と共に屋敷の結界が力を増していき、物凄い号風が屋敷の中を吹き荒れていくと竜巻のような形になって、総ての糸と鼠の大群を庭へと吐き出すように追い出した。


 鼠達はそのまま庭を散り散りに駆けていき、床下の罠ががらんがらんとけたたましい音を響かせたが、やがてそれも次第に収まり屋敷はいつもの静寂を取り戻す。


「鼠の大群なぞ一体何処から…」


 号風を受けてボサボサになった頭を手で撫でながら、指揮を執っていた宗三が呟く。


「そんな仕掛けをするのは一人しかおらん」


 鼠との遊びに満足した猫の化身タマは、前足を毛繕いしながら器用に答えると、視線を歩み寄る男へと向けて鼻息をふんすと鳴らす。


「宗三の指揮の腕前、確と見てやった」

「器の…」

「あー!器の様お戻りになられたのですね!」


 宗三が苛立ち歩み寄ろうとする横から現れた綾姫が、勢いよくウツワノに飛びついていく。


「こら!綾姫!」


 はしたないと嗜め顔をしかめる宗三を他所に、綾姫は役得と遠慮なくウツワノにぐりぐりと身を寄せくっつく。


「なんだ興奮して。さては綾姫戦ったのか」

「白姫ばかり目立たせてなるものですか!私の心眼で皆をやる気にさせたのですよぉ」

「勇ましい姫だな。有難うよ」


 ウツワノに誉められ満足した綾姫は、怒られる前にそそくさと宗三の後ろに回ると淑やかに装う。


「白姫が見てるかも知れんのだ。あまり挑発してやるな」

「はあい、兄上」


 宗三は綾姫の頭を撫でると、すっかり削がれた怒りを呑気なウツワノに向ける気も起きずに吐息を漏らす。


「屋敷の後始末は任せるぞ」

「宗三や活躍してくれた付喪神を集めて宴でもしようか」

「飄々としているが、あの糸に見覚えはあるのか」

「どうだろうなぁ。俺か陽を狙った可能性は大いに考えられるが」


「白姫の件もけじめを着けろ。元々は白姫を放置したお前にも非がある」

「白姫を煽ったのは他でもない、お前達付喪神だろう」

「不憫な女よ。何故にこのような男何ぞに…理解に苦しむ」

「陽位のもんだよ。俺を男として見てないのは」

「それがまた誤解を生まなければ良いのだが」


 戦に長けた付喪神の宗三だが、なかなか気配りの出来る男のようで言葉尻はきついながらもウツワノと付喪神の調和を図ろうと、影ながら支える存在であるようだ。


 そんな二人の応戦を尻目に、聞き耳を立てていた綾姫がピンク色のゴスロリ姫袖を伸ばし、挙手にて地雷の発言を投下する。


「じゃあ私が器の嫁に立候補しますわ!」

「綾姫ぇ…」


 可憐で澄んだ通る声に合わせて、宴会に集まり始めた付喪神達が賑わいを見せ盛り上がる。


「おお白姫がきっかけを与えてくれたな」

「憐れな女を諦めさせる為にも是非見合いでも」

「やはり本決まりになりそうだな!器の嫁談義よ」

「てめえら!やっぱり懲りてねえんだな」


 ウツワノが怒りを顕に怒鳴り付けるが、付喪神達は気にも止めない。


「いや、器の良い機会かも知れんぞ。どうだ綾姫と今夜二人で」

「黙れ兄馬鹿!

 しょうがねえ、陽さんに助けを乞うか」


 身を翻し再び箱庭へ逃げ込もうとするウツワノに、待ってましたとばかりに世話好きな付喪神やら色気を放つ女形の付喪神やらが挙ってウツワノに押し寄せる。


「「「逃がしませんわよ!」」」


 ウツワノはそのままもみくちゃにされながら、半ば連行されるように宴会の場へと連れて行かれ、そのまま見合いだのの話を延々と聞かされ続ける羽目となる。


 一方、バトラーとエリアスはそのまま待ち疲れて部屋で遊ぶ付喪神と共に眠りに落ちており、ウツワノの手助けは叶わぬまま後日愚痴をたっぷり聞かされるのであった。







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