表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/38

15 お使い担当付喪神と帝国の手配師

 私が眠っている間に、エリアスさんとウツワノさんの間で取り決めが合ったそうで、エリアスさんは暫く屋敷に留まる事になったそうです。


 また、執事のバトラーさんも屋敷に戻った事で、私の手伝いについて確認したのですが、今までと同じようにとの事でした。


 今日から朝ご飯の支度分が増えたので、腕が鳴ります。


 と言っても、お二人とも私がいつも食べている朝飯と同じで構わないとの事で、ごく普通の簡単な調理に変わりないのだけれど。

 主食のみご飯とパンを用意して、おかずは同じ内容にしようと竈の付喪神お玖さんとも話し合って決めました。


 いつもは一人で食べる朝食ですが、これもエリアスさんの希望で三人で頂く事になりました。


 台所の続き間になる板間にて三人揃う姿は、面白くもあります。


「バトラーさんは異界の国出身でらしたんですね」


「はい。ウツワノ様がこちらの世界に精通する者をお探しの折、たまたま機会を頂きまして」


「ウツワノは無頓着でしょう?バトラーが居なかったら、幽霊屋敷と噂になる所だったわ」


「お二人ともウツワノさんと強い繋がりがあるのね」

はるだってもう仲間の一員よ?」

「ウツワノ様は口数の少ないお方ですから、陽様も遠慮なく女性観点で気付いた事など意見して下さい」


「お二人ともありがとう」


 往年主人を亡くしてからずっと独りで孤独に慣れていた筈なのに、私の話を聞いて苦慮してくれる存在がこんなにもいる。


 久しく忘れていた心の温もりに触れた私は、鼻の奥がつんとして涙を堪えているのがバレないように、朝ごはんに集中しました。


 食後はバトラーさんより定時連絡を行う事になりました。

 情報共有はありがたいです。

 ウツワノさんは秘密が多すぎますから。


「ウツワノ様は陽様の印について、書斎に籠り調べられる予定です。身の回りの世話は私が行います」


「エリアス様の件は使いを各地に飛ばして、ただ今情報を集めております」


陽にも分かりやすく、バトラーは丁寧に項目を分けて伝えていく。


「そうね、私からは午前の日課について伝えておくわ。滞在中は庭で稽古をするつもりよ。だから気にしないでね陽」

「分かりました」

「じゃあ私はお先に失礼するわね」


 エリアスさんは自室へ稽古の準備に向かいました。あまり根を詰めなければよいのですが…


 背中を見送ってから、改めて続きに戻ります。


「買い出し等外出は担当を選びましたので、その者に言付けを」


 バトラーさんの言葉を合図に、台所に二人が現れました。


「火鉢の付喪神 ほむらです。以前は旅籠はたごに置かれてましたので、たまにお手伝いしておりました。()()()じゃないですからね~」


鑑札かんさつの付喪神 とおるだよ。異界ではトールって発音になっちまうんで、どちらでも。前は行商人を転々としておりましたね」


 どちらも17・8歳程の若い男女で、外の異界では目立ちにくいと思われる。


 火鉢の付喪神焔は赤毛をポニーテールにしており、溌剌とした人懐っこい笑顔に八重歯が愛らしい。スカート姿の彼女はワンピースタイプのシンプルなエプロンだ。


 鑑札の付喪神通は、行商をしていた名残か日焼けした肌で背も高く、細身な筋肉質で健康的だ。七分丈パンツにブーツ姿の彼は、腰に巻き付けるタイプのエプロンをしている。ポケットが大きく機能的だ。


「お二人ともよろしくお願い致します」

「「よろしく~陽さん」」

「では挨拶も終わりましたし、解散と致しましょう」

「「「はい!」」」


 買い物は出来ないけれど、手伝いが増えて賑やかになりそう――と考えながら、陽はいつもの見回りにを丁寧に行い、病み上がりの体を慣れさせていった。



 ―――――――――――――――


 屋敷の門の外にある異界大陸、翆緑王国の他に勢力を分ける国のひとつ、羅藍ルオラン帝国がある。


 魔物が巣食う巨大樹海の森に近い位置にあり、大きな地下迷宮遺跡を郊外に保有する帝国は、冒険者が集まり開拓された。


 比較的穏健派の魔族と条約を結び協力関係となる事で魔物の被害を抑え、人の住まう領土を拡大した武力帝国でもある。


 特筆すべきは、帝王の隣に魔族の使者である姫が並んでいる事だろう。魔族懐疑派の貴族から、謁見すれば魂を抜かれ魅了されると揶揄される程魔族の姫は人気がある。


 もうひとつは、帝国兵士の活躍により表面上の治安は良く娯楽も盛んだが、裏では組織が暗躍する大規模な裏社会が形成されている。

 ならず者にも棲みやすい国として業界では知られている。


 そんな帝国の歓楽街は、夜でも露店が軒を連ね、建物を覆い隠すようにどこの入口もひさしが掛けられている。


 店の業種によって色分けされた庇はカラフルで、洗濯物の中にいるような気分にさせられる。


 庇の隙間から上を見れば、増設を繰り返しツギハギになった建物があり、素材も乾燥煉瓦や石造等混ざっている。


 歪な建物は入り組んだ路地を作り、石畳の表通りの他、裏路地や地下遺跡に通じる地下道も含めると街は迷宮のようになっている。




 そんな歓楽街にある店の2階一室で、男は娼婦を傍に置いて酒を煽っていた。


 部屋は、男が苛立ち紛れに吸った煙草の煙で白く霞んでいる。


「簡単な仕事だって言うから派遣仲介を請けたってのに、見事に殺されやがって」

「暗殺部隊は解体になりましたので、新たな人材確保が必要かと」


 苛立つ元締の男に慣れた様子の秘書は、的確な提案を告げて機嫌を伺った。


「そうだな。まぁこの街なら殺し屋なんてすぐ見つかる」

「元締、別の依頼が届いてます」

「あぁ?今度はなんだ」


「子供で盗賊のような身軽な者か、見目の可愛らしい者を希望しております」

「ふぅん。それなら適当なのがいるだろう。送っとけ」


 元締と呼ばれた男は、座っている後ろにある金庫から袋に入った金を取り出し、秘書の男に金を投げるように渡す。


 秘書の男は軽く一礼して受け取ると、部屋を出ていった。


 冒険者がギルドに登録して討伐や護衛依頼を受けるのと同じように、裏業界でも人材派遣を仲介する組織があり、手配師と呼ばれている。


 殺しや誘拐等物騒な仕事は公に出来ない為、手配師を通しての依頼になっている。この男も手配師であり、そこそこの規模と知名度がある。


 秘書の男は歓楽街に出ると、別の場所へと向かう。


 地下迷宮遺跡に通じる地下道は、家無しの棲家となっており、粗末な寝床があちこちに散乱している。


 また、奥は遺跡を使った倉庫として使う店もあり、アーチ型の空間に鉄格子と錠前が付けられている一角も見受けられる。


 その中の一つに到着した男は、ポケットから錠前の束を取り出し鍵を開ける。


 手前は木箱や樽が置かれているが、更に奥は天井の低いトンネルになっていて、屈んで進むと鎖を引き摺る音が聞こえてきた。


 行き止まりは井戸のように深く掘られた場所になっており、高い天井の上は採光用の小さな穴があるが、ここにも鉄格子が嵌められており抜け出す事は出来ない。


 床に打ち付けた杭から伸びる鎖の先には、子供が繋がれていた。


 粗末な服を着せられ、床には飯の皿や瓶が転がっている。

 子供は一言も発さず、じっと座っている。


「行き先が決まったぞ。身なりを整えるからついてこい」


 男はそう言って鎖を外すと、従属の首輪はそのままにして手を引いて出る。


 表には出ずそのまま迷路のような地下道を使って、贔屓の店に繋がる地下入口へ行き従業員通路を通り、見張りに金を渡して人を呼ぶ。


 現れた娼婦と共に部屋に入ると、娼婦は少年を風呂に入れ着替えさせた。


「これで見られる面になったな」


 小綺麗になった少年は整った顔立ちで、金髪に緩いウェーブがかかっており髪は顎まで伸びている。


 ちらりと見える耳は尖っており頭に細い曲線を描いた角がある。


「魔族の子供なんざよく手に入ったね」

「森で拾った奴が売りに来ていた」

「男娼にしたら売れっ子になったんじゃないのかい?」

「客を噛み殺す位乱暴な奴でな。今は従属の首輪の力で朦朧としてるから問題ないが」

「恐ろしいこと…」


 男は口止めの為、娼婦に金を握らせると女も頷いて理解する。


「アタシと遊んで行かないの?」

「この子供が暴れ出しては困るのでな」


 身綺麗になった少年は目隠しをされ、男が手を引いて部屋を出ていく。


 廊下の見張りが用意していた麻袋に少年を入れると、男は肩に担いで移動し、別の建物で待っている依頼人代理の元へと運んだ。


「こいつでどうでしょうか」

「これは面白い!魔族の子供か」


 喜色ばった代理人の男は、見目麗しい魔族の子供を見て待たされた苛立ちも忘れて、椅子から立ち上がると近付いてじっくり観察する。


「滅多に手に入りませんので、是非にと思いまして」

「良いだろう。きっと主人もお気に召すはず」

「では依頼完了という事で」


「残りの金はここに」

「ありがとうございます。またご贔屓下さい」

「ああ。主人に伝えよう」


 少年は目隠しをされたまま、代理の男と共に部屋に残された。

 手配師の仕事を完了させた男は、金を受け取り足早に部屋を後にした。


 代理の男は足音が完全に聞こえなくなったのを確認してから少年へ話しかける。


「念の為目隠しはまだ外さないが、この道を使えば主人の元へすぐ行けるからな」


 そう言って荷物を漁り、吊り下げ式の鉄製 手燭てしょくを取り出し、歪んだ硝子が嵌められた四角形の鉄枠の一つに付いた取っ手を引き、中に点てられた蝋燭に息を吹き掛ける。


 仄かに灯るのを確認し少年の手を引いて歩き始める。


 部屋の扉を開けると明るいはずの廊下は暗くなっており、壁に突き当たる廊下の端まで進んで行くとそのままぶつかる事なく壁を突き抜けた。




 もはや真っ暗で何もない空間を灯りを頼りに二人は進んで行き、やがて闇に姿を消すのであった。




鑑札とは、江戸幕府が発行する行商を行う許可を記した木札になります。常に携帯して身に付けておきました。これが無いと行商出来ません。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ