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12 謎の刺客とあやかしの途

 その日、ウツワノはいたく機嫌が悪かった。


 ウツワノが各地に放った使いの者達からの報告に、不穏な動きを察知する内容があったからだ。

 ウツワノは屋敷で飄逸ひょういつと隠居を決め込んでいるが、未だ彼を敵視する勢力がない訳ではない。


 付喪神は特性として、必要とする人間の元へいつの間にか移動し、やがて満足すると屋敷へ戻ってくる。


 ウツワノは名目上屋敷の管理人をしてはいるが、付喪神を使役している訳ではない。神の気まぐれに付き合っているだけとも言える。


 そんな事情を知らない一部の者は、付喪神とウツワノを忌避し恐怖する。


「あの人間の帰りが心配か?」


 縁側のある座敷にて、渋い顔で空を睨んでいたウツワノに声をかける者が一人。


「なんだ、屋敷に戻っていたのか宗三そうざ

「ちょっと屋敷の付喪から面白い話を聞いたんでな」


 宗三と呼ばれた男は縁側から見える庭の木陰から姿を現す。


 宗三は他の付喪神とは違って、異界に合わせた冒険者風の武装した服装をしている。優雅で華美な姿の付喪神が多い中では珍しい存在だ。


 身軽さを重視しながらも、籠手や草擦といった具足風のものを部分的に身に付けており、動物の毛皮が襟元にあしらわれた膝丈のミリタリー風コートを着ている。


「陽とやらのおかげで屋敷が清々しく過ごしやすいと聞いた。珍しくウツワノが人間を招いたと思ったが、よく見つけたな」

「屋敷が招いたのだからな。無下に出来まい」

「はは。お前としては複雑といった心境か」

「それで?嫌味をわざわざ言いに来ただけか?」


 宗三はウツワノの苛立ちを込めた言い種を気にもせず、縁側に座るウツワノの前まで歩み寄ると用件を告げた。


「陽の変装を見抜いた輩が刺客を放ったようだ」

「エリアスが居るから陽の身柄は心配ないな。しかし…変装を見抜いた事は問題だ」


 二人が引っ掛かるのは陽の身の安全ではなく、変装を見抜いた存在の方である。


「魔法を込めた変化の守りだったか」


 手の内を晒したくないウツワノは、異界の魔法アイテムを使用した。これを暗に宗三は見抜いており、探りを入れる。


「日本人の見た目は異界では目立つからな。気付かれないようこっそり陽の懐に忍ばせておいたのだが」


 顎に手をあて考え込むウツワノを見て、宗三が意見を述べる。


「転移された者を狙う輩か」

「どうだろうな。まあまだ陽には役に立って貰わないと」


 実に策士な思案顔で述べるウツワノを、宗三は視線のみ追って見遣ると次の行動を思い立つ。


「そうか。では一応事のなり行きを監視するとしようか」

「…好きにしな」


 宗三は現れた時と同じように、すっと気配を消して音もなく去っていた。


「…やれやれ」


 ウツワノは気配が無くなったのを確認して縁側から立ち上がると、帯に引っ掛けていた矢立(※携帯用の筆記具)がぶら下がる根付と一緒に提げていた鈴を外して、庭に向かって鳴らした。


 ビー玉程の大きさの鈴はカララと音色を立てるが、音量は気に留めないようなほんの小さなものだ。


呂色ろいろ居るか」

「はっ此所に」

「あやかしのみちを使って二人を向かえに行け」

「御意」


 庭の植木が勢いよく揺れて、葉がガサリと音を立てるがそれきりだった。




 刻同じくして、都市の中心部から少し外れた郊外まで歩いていたエリアスと陽。


 いつもなら郊外まで出ずに、街中のとある秘密の扉を使って屋敷に出入りしていた所だが、今日はその扉を使うわけにはいかない理由があった。


「ここまで来る間に諦めるような相手なら良かったのだけど」


 エリアスは後ろを振り返らずに、陽に聞こえない様な低い声で呟く。

 陽を庇うように立ち止まると、薄暗い空き地を囲むように黒ずくめの男達が四人現れる。


「あんた達何者?恨まれるような事はしてないんだけど私」

「後ろの女に用がある」

「あらそう。陽は渡さないわ」


 言うが早いかエリアスは着ていたマントを捲ると、内側に施された魔方陣に魔力を流した。

 魔力に感応して魔方陣が淡く光ると、ポケットもないマントの内側からゆっくりと抜き身のサーベルが現れる。


 シンプルながら曲線が無数に絡む護拳の付いた柄を掴んで一気に引き抜き素早く構えると、二人に向かって来ていた男の振り上げたダガーを刀身で受ける。


「エリアスさん!」

「陽は屈んでなさい!」


 陽は言われた通り、荷物を抱き抱え素早く地面にしゃがみ込んだ。

 陽が屈んだのを横目に見ながら、更に背後を狙い向かってきた輩二人を大振りで受け流し、軽やかに廻ってみせた。


 傍目にはそれだけなのに、黒ずくめ達は強い圧力を受けて軽く後退る。


「風の加護か…」


 エリアスの周りには風が渦巻いており、剣の精霊の力によって風の壁が出来ていた。


 しかし素早く状況を判断した黒ずくめの一人が、闇に溶け込むようにして地面から束縛の魔法を突き出してきた。


 暗殺術に長けた者が操る陰魔法で、無数の黒い手のようなものが次々とエリアスと陽の足首を掴む。


「ひいっ!」


 陽は驚いて悲鳴をあげるが、屈んでいたのもあって身動きがまったく取れない。


 エリアスは束縛魔法を放った男を攻撃しようと、足元に風の力を加えて切り裂き残りを引きちぎるように前進するが、それを阻止するように残りの男達が眼下へ飛び掛かってくる。


 エリアスは風の力を借りて強引に半身を捻って先頭にいる男の攻撃を躱すと、たたらを踏みながらも先頭の背後に構えていた別の男を抜き去るようにして、横薙ぎにした。


 更にエリアスの右から攻撃を振るった三人めの男のダガーを、風の力で剣先を加速させながら受け止め、護拳で押し返して相手が僅かにバランスを崩した隙をついて左肩、右太股へと打撃を加える。堪らず片膝を着きそうになった所を脇腹から肩口へと切り上げる。


 エリアスが振り返ると、初手を躱された男はエリアスへの攻撃は諦め、束縛されている陽へと向かっているのが見えた。


「間に合うか!」


 エリアスは風の力を自分の背中に送ると、浮き上がる程の勢いで跳躍するように大股で距離を詰めていく。


 陽に向かった男は攻撃範囲の短いダガーから組紐の先にひょうが付けられた投擲武器である縄鏢じょうひょうに持ち替え勢いよく放つと、鏢は陽の頬を掠めて角度を変え、首元に組紐が巻き付けられた。


「う…ぐぅ」


 陽の苦し気な声が洩れるが、無力な彼女は解く事も出来ない。


 エリアスがすぐに肉薄するが、今度は先程の束縛魔法が再びエリアスに迫る。

 二人とも拘束されてしまっては逃げる事も儘ならない。よってエリアスは慎重に束縛魔法を躱す他ない。


 陽の意識が虚ろになろうかという刹那、緊迫の空気を裂くように陽の首元にびんと伸びた組紐が、弾けるように裂かれた。


「ちっ!」


 組紐を引く力を急に絶たれた男が反応するも、攻撃を加えた者の姿が見えない。


 気配を探ろうと構えた男はぴたりと動きを止めるが、耳元で風を切るひゅんという音を聞いたのを最後に、首がぼとりと地面に落ちた。


「加勢か。時間切れだ」


 最後に残された束縛魔法を放っていた男は、闇に溶け込むように退いて姿をくらました。


「陽!!」


 殺気が飛散したのを確認したエリアスは、直ぐ様陽の元へ駆け寄る。


「うぅ…敵は?」


 喉を抑えうずくまる陽は、疲弊しているが頬以外目立った怪我はなさそうで、エリアスは陽の肩を支えながら安堵の吐息をもらす。


「もう大丈夫よ」

「エリアスさん…流石ですね」

「そんな事ないわ。守りながら戦うのって慣れてなくて…ごめんなさい」


 陽の頬をそっとなぞると、エリアスは申し訳なさそうに顔を伏せた。陽のほうも足枷となった自覚があるので、何とも言葉に詰まってしまい、暫し沈黙が続いた。


「もし、陽様、エリアス様」


 静かになった空き地に新たな者の声がか弱く響く。


 二人の沈黙を破り聞こえた方へ顔を向けると、そこには神主風の袴姿のからすが宙に浮いていた。


 手には手燭てしょくと呼ばれる蠟燭立てに長柄をつけ、朱塗の木枠と蓮等の華が描かれた和紙を貼り付けた雪洞ぼんぼり型のものを持っている。


 不思議な事に蝋燭に火は点いていないのに、ゆらゆらと儚く光っている。


「ウツワノ様の命に依り、御迎えつかまつそうろう


 雅人がじんのような佇まいで静かに頭を下げると、先導するようにゆっくりと闇夜を照らして導いて行く。


「ねえ、さっき手助けしてくれたのはアナタなの?」

「はて、身に覚えあらず」

「違うみたいですね」

「そう…まぁいいわ」


 二人と一羽は、都市の郊外でもない真っ暗な道を手燭の灯りを頼りにひたすら進む。

 時折、蛍のような点滅する幻想的な光がゆっくり旋回したりしているが、惑わされてはいけないと気を張り直す。


はぐれると無影無踪でござる故、後に従うべし」


 やがて、暗闇の先に薄明かりが見えてくると、烏は手燭を左右にゆっくり二度振って合図を送るような仕草をする。

 途端に遠かった薄明かりが勢いよく迫り来ると暗闇がざあっと後ろに遠退き、一瞬にして鬱蒼とした林の中に立っていた。


「来着せり」


 林の中は獣道のような人が通った跡が残されており、進むにつれて低木に紛れるようにして生垣が現れ、見慣れた門が見えてきた。


 縁側から見える庭の奥、裏庭へ続く生垣にひっそりと建つ露地門は、屋根は苔むした重たそうなこけら葺きで、扉は細い丸竹を格子にした作りになっている。

 強い風が吹けば倒れそうな門ではあるが、風情があって何とも云えない風格がある。


 ウツワノが常々、裏庭に入らぬよう釘を刺していた理由を何となく察しながら、門をくぐり抜ける。


「二人とも災難だったな」


 そこにはいつも通り縁側にぼんやり座るウツワノが居て、裏庭から出てくる事も襲われた事も察しているように見えた。


「風呂にでも入って休むこった。エリアスも今日は泊まっていけ」


 いつもはお喋りなエリアスも、ウツワノに謂われるがまま大人しく屋敷へ連れ立って入る。


 二人はやっと長い一日を終えて、疲れを癒すのだった。






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