11 エリアスの店
今日はエリアスさんと異界の都市へ買い物にやって来ています。
ウツワノさんは今まで必要最低限の外出しか許可しなかったのですが、エリアスさんが護衛を兼ねるとの事で渋々でしたが許可が下りました。
「どうかしら、ここのケーキモドキ」
「甘味もちゃんとあったんですね。甘さ控えめで美味しいです」
今は甘味を扱う喫茶店のような所に来ています。
異界らしい、高層ビルの見当たらない街並み。
派手な電飾看板も電線も張り巡らされていない、石畳に木造やレンガの派手過ぎず美しい建物。
気候も温暖なこの都市は、商人や旅人に地元の人々が賑やかに行き交う姿が見られ、流通もある程度盛んに行われているのか物も豊富そう。
治安を守る兵士以外にも冒険者と思われる姿もある。
「やっぱり前の生活が恋しい?」
私の様子を見たエリアスさんが心配そうに顔を覗き込みます。
「まだまだ観光気分なの。恥ずかしいわ」
「いいじゃない!新鮮な反応って見ていて嬉しいわ」
エリアスさんは屈託ない笑顔で顔を軽く傾げて見せると、満足そうに紅茶に口をつけた。
エリアスさんは街の中でも目を惹く存在のようで、女性達がチラチラと遠巻きに眺める姿が気になります。
私も異世界でなければ、こんな美しい青年とお茶を楽しむ機会など訪れなかっただろうなと少しの優越感と苦笑いを浮かべつつも、お菓子の残りとお茶を戴きました。
「次はどこに行きたい?」
エリアスさんが自然に振る舞うお陰で、私ももう少しだけ街を満喫したい気持ちになります。
観光出来るような娯楽がまだまだ少ない生活が根付いた街は、夜の店以外の商店街はまだ高級志向にあるみたいなのですが。
「道具屋というか雑貨屋ですかね、こちらのアンティーク品を見てみたいです」
「それならぴったりの店があるわ」
そう言って軽やかな足取りのエリアスさんに連れ立って歩きはじめます。
高級品を扱う店の並びを通りすぎ裏通りの路地を進んだ先、住宅の中に街が作られた初期の頃に建てられたと思われる年季の入った外観の店がちらほらある一画に出る。
その中の大きな壁のような扉に出入り用の小さな黒い扉が着いた、門のように重厚な入口の前に立った。
「この店よ」
エリアスは慣れた手つきで出入り用の小さな扉をノックし、中へ入っていく。遅れないよう陽も後に続いた。
薄暗く狭い廊下を進むと視界が急に開かれ、吹き抜けの四角い中庭へと出る。中庭の真ん中はタイルの水槽となっており、吹き抜けから注ぐ光が水に反射してキラキラと光っている。
中庭を抜けた奥の扉を開けると、ようやくお店となる。
幻想的な中庭に負けないオリエンタルな金とトルマリンブルー色を使った模様の壁紙に、黒檀やマホガニーらしい色合いの展示用家具が置かれ、薄暗さをカバーする為のランプが間接照明として点々と辺りを照らしている。
天井から吊り下げられたよく分からない沢山の飾りと商品が不規則に置かれているせいか、影が店内にいくつも映し出されてますます怪しい雰囲気を醸し出す。
まるで空気にまで色がついているような、濃厚で不思議な空間に陽は見とれてしまって動けない。
「気に入ってくれた?」
「凄く素敵なお店ですね…」
「ここ、私のお店なの」
「エリアスさんのお店?あぁ…だからウツワノさんとも親しかったんですね」
お店に置かれているのは、屋敷の骨董品に負けないような異界中から集められただろう装飾品や雑貨に武器類、分厚い古本に装飾の施された宝箱等、日本の骨董とは違う見慣れないものばかりが置かれている。
「魔法が込められた不思議なもの達が多いの。
冒険者時代から少しずつ集めたりしてたら、いつの間にか増えちゃって」
「魔法ですか!凄い…」
「込められた魔法はお宝と呼ぶにはちょっと地味なものばかりよ。水が減らない水差しとか、少しだけ運が上がるブローチだったりとか。後は精霊の加護が付いた武器とか開くだけで使える魔法書なんかもね」
「どれも凄いと思うんですけど」
「魔法を使わない人から見たらそうよね。だから私のお客様はそういう方ばかりよ」
エリアスさんは私の両肩に手を置いて、店の奥のドレープが美しい天幕で仕切られた商談用のスペースへと誘う。
カーテンを捲ると、小さな個室のように背もたれと間仕切りが一体化した家具のような楕円のソファーで囲まれており、ゴブラン織のような紋様が美しい生地と磨かれた濃いブラウンの美しい天板の上部は、透かし彫りで蔦や葉を象った流線と百合を象った柵のような尖りが合わさり気品が溢れている。
雰囲気を合わせた天板に蔦と花が描かれた猫脚のテーブルが手前に置かれており、そこにはいつの間にか湯気を立てたまだ温かいティーセットがお盆に乗せて用意されていた。
そのままエリアスにエスコートされ、陽はソファーに腰かける。気分はまるで貴婦人になったようで、陽の顔はうっすら高揚していた。
「エリアスさんは冒険者だったんですか?」
「若い頃ね、このお店の資金稼ぎに少しだけ」
「綺麗なだけでなく強さも兼ね備えてるなんて、本当に異界の人って逞しいなぁ」
「やだわ、誉めても何も出ないから!」
エリアスはおどけてしなを作って見せるとふふっと微笑し、軽やかに紅茶を注いで陽の前に置く。
それからはお店の不思議な品物の話やエリアスの冒険者時代のお宝探しの話等、尽きる事無く二人は話し込んでいった。
外は夕暮れも過ぎ、夜の帳が下り始める頃、夜の店に向かう人々や居酒屋へ繰り出す人々といった、昼とは違う喧騒が遠くに聞こえ始めていた。
「あら、もうすっかり遅くなってしまったようね」
「本当に楽しい時間はあっという間…こんな気持ち久し振り……」
やはり異質な屋敷の生活は、どこかで緊張していたのかも知れないとこちらで過ごした陽は改めて思うと共に、安心して話せるのはエリアスが人間だからという思いがどこかにあった。
「そうなの?陽さんさえ良ければ、いつでもこうしてお喋りして過ごしたいわ」
「でもいいのかしら。他のエリアスさんを好いてる娘たちが嫉妬するんじゃない?」
「陽さんが気にすることじゃないわよ。厭ねえ…そんなに私、頼り無い?」
陽のからかいに思い当たる娘でも居たのか軽く溜め息をついた後、エリアスは陽との距離をぐっと縮めて隣に迫る。
エリアスからは相変わらず良い香水の匂いがしており、店内の薄暗さも相まって、昼間のなよっとした姿は影を潜め、男らしい妖艶さが顔にかかる影と共にちらりと顔を覗かせている。
「もう!オバサンをからかわないで頂戴」
陽は恥ずかしさを隠すように、大袈裟に体全体で向きを変えてそっぽを向いた。
少し前まで老婆だった陽には色々刺激が強すぎたのかも知れない。
エリアスはそんな陽の背中をじっと眺め、暫くして立ち上がり店内に向かうと、何かごそごそと物を詰めるような動作をした。
すぐに向き直ると、天幕から陽がゆっくり出てくる所だった。
「送るわ」
「はい。今日はお店にお招き頂きありがとうございました」
入ってきた大きな門のような扉ではなく、店の裏口側の分厚い小さな扉から屈むようにして外に出る。
完全な裏通りになっている路地は薄暗く、遠くの喧騒と夜の店の灯り以外は住宅から微かに漏れる灯りのみ。
陽が夜空に目が慣れるまで、ゆっくり歩いて進んでいく。
ここまで帰りが遅くなる事を想定していなかった陽は、土産や腐らない食材を少し買っていた。
夜の街を歩くのに、買物荷物を持つ一般市民は目立ってしまう。
荷物を抱えた陽は傍目にはメイドか奴隷か兎に角金持ちとの繋がりがありそうな、金の匂いを漂わせる異質な存在に見えなくもない。
悪い奴ほど、金の臭覚には敏感なのもまた然り。
ウツワノの心配は現実のものになろうとしていた。




