少女たちの食卓。メルの災厄。part2
「エリザベートさん……調子悪いんですか?」
「はい。なんだか、ずっと疲れているみたいで……」
蚊帳の外から二人を見上げていたイタルが尋ねると、コーディリアは暗い表情でイスに腰を下ろし、エリザベートが残していったスープと焼き魚を見つめる。
「俺が迷惑をかけたからかな。それで、いつもより余計に疲れて……」
「い、いえ、そんなことは!」
と、コーディリアはハッとしたようにその顔に笑みを作って、
「天使様がエーテルを引き寄せているから、それで魔法のコントロールには苦労しているみたいですけど……でも、エリならそれくらいはすぐに慣れるはずですし、迷惑なんて、そんな……!」
「でも……」
自分では全く自覚できないが、確かに自分はここにいつもとは違う環境を作っていて、それでエリザベートに負担をかけてしまっていることは事実なのだろう。
これ以上、二人に迷惑はかけられない。ここに長居をすることはできない。しかし、ここを出てどこへ行けばいいのだろうか……。
オリーブオイルのようなもので焼かれた魚を皮まで食べながら、イタルがそう考えていると、
「知らないわよ。私はあなたのお姉さんでもお母さんでもないの。それに言うまでもなく、あなたを従業員として雇うお金もないわ」
え? と、扉のほうを見る。すると、そこには先程二階へ上がっていったはずのエリザベートが気怠げな顔をして立っている。そこにいつの間にか現れていたこと自体にも驚いたが、それよりも、
「魔法で俺の心を読んだんですか?」
「魔法など使わなくても、その顔を見れば何を考えているかくらい解るわ。路頭に迷った人間の顔は、もう見飽きたというくらいに見てきたもの」
「エリ、天使様にそんなこと……!」
「天使サマが来ようがなんだろうが、私たちはそんなことに構っていられないの」
と、エリザベートはその顔から笑みを消し、冬のコンクリートのように冷たく硬い表情でコーディリアを、イタルを見つめる。
「どうして? などとは訊かないことね。だって、そんなことは周りを見ればすぐに解るでしょう? 私たちは忙しく働かなくてはならないの、働いて、生活をしなくてはならないのよ。天使サマがその奇跡で毎日パンをお与えくださるなら話は別だけれど、そんな甘い話はないのだから」
「…………」
コーディリアは何か言い返したそうに口を開くが、結局は何も言わず悄然と俯く。
――そうか。二人とは、もうここまでか……。
早く出ていくように。そう形は違えど二人共から告げられて、ショックがないわけではない。
しかし、これは仕方のない事情があってのことだし、こちらも考えていたことだったせいか、割り切って受け止めることができた。それに、『人の輪の中に上手く入っていけない』ということは、イタルにとっては慣れきった、いつもどおりのことであった。
「でも、まあ……」
と、エリザベートは溜息混じりに続ける。
「今すぐに出て行けとは言わないわ。とりあえず、今日の晩ご飯までは面倒を見てあげる。けど、それから先のことは自分で面倒を見なさい。いいわね?」
「いいんですか? 夜までここにいても……」
「だから、そう言っているでしょう? 疲れているのだから、同じことを何度も言わせないで。――ああ、そうだ、こんな話をするために下りてきたんじゃない。水を飲みに来たんだったわ」
疲れと怒りをその眉間に表しながらこちらへ背を向け、エリザベートは廊下の奥へ――家の裏口のほうへと歩いて行く。
「エリ、水なら今朝、汲んだのがキッチンに……」
冷たいのが飲みたいのよ。そう言いながら、エリザベートは裏庭へと出ていく。遠ざかっていくその足音を呆然と耳で追っていると、コーディリアが魚を口へ運びながら言った。
「エリ、言うことは厳しいんですけど、本当は優しいんです。本当に……馬鹿みたいに優しすぎるんです」
「え?」
コーディリアがぼそりとつけ足した一言にイタルは驚く。が、コーディリア自身も驚いた様子で顔を上げ、
「あ、い、いえ、違います! そそ、そういう意味じゃないですから……! ヤダもう、わたしったら……! あの、ええと……こ、これからどうするのか、相談があればいくらでも乗りますから、なんでも訊いてくださいね」
「あ、ああ、うん……」
こちらに早く出て行ってほしいという意味でないとしたら、さっきの一言はどういう意味なのだろうか。
気まずい沈黙を紛らそうとしているように魚とパンを口へ詰め込み、ハムスターのようになっているコーディリアを見つつイタルは考え、ふと思う。
――異世界に来ても、天使になっても……悩むことは一緒だな。
自分は天使になったはずだった。だが、天使になっても相変わらず、他人の考えていることは何も解らないのだった。
思わず苦笑を漏らしてしまいながら、イタルは温くなりつつあるスープを口へ運んだ。




