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天使は光芒路を歩む  作者: 茅原
レッド・ストリング
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13/17

絆、踏み出した勇気。part1

「ねえ、起きて! 起きなさい!」

「うっ、え、ええっ!? なっ、なんですか! ノゾキなんてしてませんよ、俺は!」


 薄布を身体に巻きつけて芋虫のようにベッドに横たわりながら目を瞑っていると、不意に肩を掴んで身体を揺すぶられた。

 

 動転しながら思わず身体を縮め込み、それから目を上げると、気づかないうちに眠っていたのだろうか、ぼんやりとではあるが、部屋は夜明け前の青い光にうっすらと照らされ始めていた。


 それにも驚かされたが、なお驚かされたのは、こちらを睨み下ろすエリザベートの血走った目であった。

 

 窓から入る薄明かりの中、なぜかエリザベートがベッドのすぐ脇で、肩で息をしながらイタルの肩をグッと力を込めて握り締めている。

 

 一体何が起きたのか解らず、イタルがただ目を瞬くことしかできずにいると、やがてエリザベートはどうにか気分を落ち着かせようとするかのようにその目をグッと閉じ、イタルの肩から手を放して、


「リアが、いないの」

 

 微かに震える声で言った。


「いない……? いないって……?」

「そのままの意味よ。散歩にしろ何にしろ、あの子はこんな時間に勝手に出ていくような子じゃないし、ここにもいないみたいし……! となると、やっぱり誰かに浚われたんじゃ……!」

「お、落ち着いてください、エリザベートさん。俺はこの家の二階を見たことがないから解りませんが、二人は別々の部屋で寝ているんですか?」

「いいえ、同じ部屋だけれど……」

「だったら、エリザベートさんに気づかれずにそんなことをするなんて無理ですよ」

「でも、もしかしたらトイレに行った時に浚われたのかもしれないじゃない! もしそうだとしたら、今頃――」

「だ、だから、落ち着いてください。勝手にそんな想像をして取り乱すなんて、エリザベートさんらしくありませんよ。まずは落ち着いて――」

「私らしく、って何よ! こんな時に落ち着いていられるはずがないじゃない! 私がどれだけリアを大切に思っているのおか知りもしないクセに、勝手なことを言わないでちょうだい!」

「……は、はい、すみません」

 

 昨日、酔っ払ったエリザベート本人から、それについての話は聞いているのだが、自分が知っているのは、その極々一端に過ぎないに違いない。確かに余計なことを言ってしまったとイタルが謝ると、エリザベートがハッとしたように小さく息を呑んだ。

 

 下唇を噛みながら後ずさり、机に寄りかかると、深く俯きながら右手で顔を覆った。


「私こそ、ごめんなさい……。確かに、落ち着かなければいけないわね。でも……!」

「はい。コーディリアさんがどこへ行ったのか、俺も協力するので一緒に捜しましょう。でも、そうだ、エリザベートさんは魔法が使えるじゃないですか。魔法で捜すことはできないんですか?」

「……できないわ。言ったでしょう、私は生半可な知識しか持っていないと。だから、私が使える魔法は主に医学に関するものだけで、他の分野の魔法はほんのごく簡単な、基礎的なものだけなのよ」

 

 囁くように弱々しい声で言いながら、エリザベートは立ち上がって窓辺へと歩み寄り、そこへ額を押しつける。


「リア、どうして……? どこへ行ってしまったの……?」


『どうして』

 

 その言葉を使うということは、エリザベートは内心、解っているのだろう。ほぼ間違いなく、コーディリアは誘拐などされていない。自分自身の足でここを出て行ったのだ。

 

 コーディリアが何か酷く思い詰めた顔をしている。そのことには、エリザベートもまた気がついていた。しかし、まさかこのようなことになるとは思っておらず、またコーディリアが自らを捨てて去っていったということが信じられないために、『浚われた』と思おうとしていたのだ。


 その感情は理解できる。だが、今はそのような願望に縋りついている場合ではない。

 

 どうすればいい? イタルは、まだ目覚めきらない頭を掻いて、


「そういえば、手紙か何かは残されていなかったんですか?」

「……いいえ、それらしい物は何も。だから、もしかしたら浚われたのかもしれないと……」

 

 なるほど、と頷きつつ、イタルはギョッとエリザベートを思わず二度見して、


「エリザベートさん……それは?」

「『それ』って……?」


 怪訝そうな顔でエリザベートはこちらを向く。まるでそれが自然な生理現象であるかのように、エリザベートは一切、注意を向けないが、その現象は明らかに普通ではない。

 

 こちらの視線に気づいたように自身の身体を見下ろすが、それでも不思議そうに目をパチパチさせるだけである。もしかして自分は寝惚けているのだろうか、とイタルは目を擦るが、それはやはり見間違いではなかった。

 

 エリザベートの胸あたりが、わずかに虹色を含みながら、白く、ぼんやりと輝いている。

 

 その輝きは、暗がりに慣れていた目には少し痛いほど明るいのだが、エリザベートはそれに目を向けないどころか眩しそうにさえしない。


 エリザベート自身にも見えていない、この不思議な光はなんなのだろう。イタルはその虹色がかった白い輝きに導かれるようにエリザベートへと歩み寄り、その胸へと手を伸ばす。がしかし、エリザベートは両手で胸を隠しながらイタルを睨む。


「な……何をするのよ? あなたという人は、こんな時に何を考えているの?」

「いや、そうじゃなくて……エリザベートさん、胸が白く光ってますけど、それは……?」

「え? 光って……?」

 

 と、エリザベートは怪しむように眉を顰めながら自らの胸を見下ろし、さらに強く眉を顰めながら再びイタルを睨む。


「何を言っているの? 何も光ってなどいないじゃない」

「ひょっとして、これがエーテル……なんですか? それとも、エリザベートさんの『何か』とエーテルが反応して……?」

 

 言いながら、イタルはその手を光へ――エリザベートの胸へと伸ばす。表情から、こちらが邪なことを考えているわけではないと感じたのだろうか、エリザベートは胸の頂あたりを押さえ続けながらも逃げることなく、イタルの手を受け入れた。

 

 そうして、掌の左右に柔らかな感触が当たった――その直後、


「え……?」

 

 イタルの視界は暗転した。

 

 否、暗転しながらも、目の前にある光景は変わらずに見え続けていた。目を丸くしながらこちらを見つめているエリザベートの顔を見つつ、しかしイタルは異なるものも同時に目にしていた。


 宇宙の果てのような暗黒で埋め尽くされた世界。

 

 その果てない闇の中で、ただ一つ、白い輝きが目の前でか弱く光を灯している――ように見えたが、そうではなかった。やがて暗さに目が慣れていったように、暗闇の中に数多の輝きが点々と浮かび上がり始める。


 そして、それだけではない。目の前にある輝きからその星々のいくつかへと向かって、細い光の糸が伸びているのもまたうっすらと見えてくる。その糸の輝きは星々の光よりもずっと暗く儚く、触れれば煙のように消えてしまいそうなほど朧である。が、それは確かに目の前の輝きと星々との間を繋いでいた。


「これは、ネットワーク……? エリザベートさんの持つ、人との繋がり……?」

「ねえ、どうしたの? あなた、様子が変よ。ネットワークって……?」


 目の前に立っているエリザベートが、イタルの手に冷たい手を重ねながら顔を覗き込んでくる。しかし、イタルはその顔の向こう、周囲に広がる暗闇の中へ意識を傾け続ける。

 

 と、蜘蛛の巣のように広がるその細い糸の中に、色合いが他と異なるもの、赤みを帯びたものがあることにイタルは気がついた。

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