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乃羽さんは戦わない。  作者: 高野十海
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その1、おつとめ品のトマトとツナ缶。

「号外ィ――! 号外ィ――!」


 ふらふらと散歩をしていると号外新聞が配られていた。

 受け取って歩きながら目を落とす。

 どうやら近くのダンジョンでモンスターの大量発生が起こったらしい。

 溢れ出ることも考えられるから、近々、避難警告が出される可能性は高そうだ。

 ぼんやりと自分の部屋を思い出した。

 何年か前に避難バッグに詰め込んでから中身を更新していない。

 食料や飲料水がダメになっているだろう。

 家に帰る前に、スーパーに寄っていくことにした。


 ひんやり冷房の効いた店内に入ると、夏の日差しで浮かんだ汗が引いていくようだ。

 野菜と果物のコーナーの値段をチェックしながら、おつとめ品になっていたトマトを手に取る。


「んー……セーフ、かな」


 多少、柔らかくてじゅくじゅくしている気がするけど、今晩食べるなら大丈夫だろう。

 おつとめ品のトマトを買い物かごに入れて、他にめぼしい処分品はないか歩き回っていく。


「……賞味期限間近ねえ」


 あと二週間ちょっとで賞味期限が切れるという缶詰の特売がやっていた。

 避難バッグに突っ込むのは無理そうだけど、これも食べきってしまうなら問題なさそうだ。

 普段は高くて手が出ないツナ缶が三パックで二百円切っている。

 ツナとトマト。で、今は夏。


「あ、ピンと来た」


 冷製パスタだ。

 スパゲッティはまだすこし買い置きがあったはずだから、買わなくていいだろう。

 どうせ自分しか食べないんだから、何ミリだろうと気にしない。

 そうとくれば、口の中はすっかりトマトツナパスタという気分になってきた。


「~♪……~~♪」


 鼻歌まじりにレジに並ぼうとして、避難バッグに入れるものをまったく買ってないことに気がついた。

 慌てて保存食コーナーの棚まで行って棚を覗いた。


「へー……水をいれるだけ。っていってもね」


 ダンジョン・ハザードが起こってから、世界ではどこかへ避難するというのが身近なものになっているようで、非常食や保存食のコーナーはスーパーでも扱いが大きくなっている。

 避難所でも温かいものが食べられるっていうのは必要だろうけど、わざわざ水を使うほどじゃない。


「とはいっても乾パンってのも」


 非常食といえばこれといっても、喉が乾くものだ。

 味も単調だしジャムかチーズか塗りものがなければ喉を通り辛い。


「んー……」


 どっちにしろ、こっちも水を飲まなければとても食べられないだろう。

 なら水で戻すものを買っても大差がない。

 乾パンの缶は意外と大きい。

 水のペットボトルを入れることを考えると、入れ物自体小さいほうがいい。

 乾パンとアルファ米入りの雑炊を手にとって比べ、軽さと容量の差から雑炊を選んだ。

 あとは大容量のペットボトルを二本買って会計を済ませた。

 店を出ると、ビニール袋の持ち手がピチピチ張り詰めていて心許ない。


「……宅配にすればよかった」


 どうして何キロもの荷物を持って歩かなければならないんだろう。

 それもこれも、すべてはダンジョンのせいだ。


 ダンジョンでは不規則的にモンスターが湧き出すことがある。

 それは魔法、あるいは同起源で魂の滅ぼさず、肉体と精神のみを倒したせいだ。

 魂が消滅しなかったモンスターはすぐに肉体と精神を身にまとって復活する。

 それ故に銃などの地球起源兵器では、ダンジョン清掃にならなくなってしまう。

 これらの知識は広く頒布されているはずなのに、未だに理解しない潜行者(モーラ)が後を絶たない。

 つまり掃除の手を抜いてサボった奴がいる。

 そいつらのせいで今、ずっしりと両手にのしかかる重みを抱えているのだ。


 しかし彼らとて命をかけてリスクを背負いダンジョンに踏み込んでいる。

 自分自身にその覚悟があるかと言われればない。

 たしかに根絶というにはいかないが、一時的な対処法としては効果がある。

 結局のところ、潜行者にたいしてできるのは感謝なのだった。


「はあ……歩くか」


 アパートまで十分とすこしの道のりを歩いて行くと、ビニール袋のように腕が張り詰めていくのがわかった。

 水のペットボトルや米袋を買って持ち帰るには、徒歩以外の移動手段が必須だと知っていたはずなのに。

 それでもなんとか最後の難関である階段を一段一段踏みしめて昇り、荷物を落としてポケットを漁る。

 玄関扉を開けると、閉めきった部屋からむわっとした空気が漏れ出してきた。


「ただいまぁ……」


 誰もいないけれど、何故か口をついて出てしまう。

 荷物を持ち上げて中に入り、キッチンへ荷物を下ろした。

 居間の窓を開けて生ぬるい風が部屋の空気を入れ替えていく。

 扇風機のスイッチを入れて延々と首を横に振らせながら、汗が引くまで五分ほど前に座っていた。


「おっと。トマト、トマト」


 夕飯の支度がまだだった。

 すっかり汗が引くと、遅まきながら手洗いとうがいを済ませてビニール袋から材料を取り出す。

 キッチン収納をごそごそ探してパスタを取り出そうとするも、一向に見つからない。


「あれ、嘘。なかった? おーい、パスタやーい」


 中身の寂しい冷蔵庫まで探してみても、パスタは見つからなかった。


「……あ、そうだ。この前食べたんだっけ」


 テレビで見たナポリタンがうまそうで、夜食に作って食べてしまったのだった。

 手元にはトマトとツナ缶。

 口と腹はすっかり麺類になっていて、それ以外受け付けそうにない。


「この際なんでもいい。なにかないかな……」


 カップ麺の類はなかったし、冷蔵庫はいくらかの使いかけの野菜と卵があるぐらい。

 もう一度キッチン収納を見直すと、きっちり包装された箱に目が行った。

 なんだったろうかと思いながら爪でテープを切って中を開ける。


「あっ、そうめん!」


 田舎の両親からは時々、野菜や缶詰などの補給物資が届く。

 このそうめんもそのうちの一つだったが、初夏から暑い日が続いて食べ飽き、しまいこんでいたのだろう。


「そうめんか。トマトとツナ缶……合うかな」


 ぼんやり思い描いていた冷製パスタにするには、そうめんはちょっと弱い気がする。

 オリーブオイルと賽の目に切ったトマトとツナ缶と粉チーズをざっくり混ぜあわせた冷製パスタ。

 そうめんこそは和製カペッリーニであると言えば通らなくもない気がする。


「せっかくだし、和洋折衷にしてみようか」


 鍋に水を張って沸かしている間に、トマトを刻んでボウルに移した。

 そこにめんつゆとオリーブオイルとツナ缶のオイルをちょっとずつ入れ、泡立て機でガチャガチャとかき回す。

 全体が爽やかな赤色になったところで味見をすると、トマトが熟しすぎていたせいかすこし酸味が足りない。


「レモンあったっけ。ないか。んー……酢でいいや」


 日本ビネガーをちょいっと垂らして混ぜ込むと、なかなかいい具合になった。

 これに氷を入れてから何回か混ぜて冷蔵庫に入れ、半丁残った豆腐を取り出す。

 氷が溶けてちょうどよくなる塩梅だ。

 ボコボコお湯が湧いてきたところでそうめんを投入して、豆腐を器に盛りツナ缶の半分を載せた。

 手抜きをして同じたれを使ってもいいんだけれど、味がいっしょだとどうしても飽きる。

 練り梅とごまだれを混ぜといたものをかけ回して、鰹節をふりかける。

 本当ならレタスかキュウリなんかもあればいいんだけれど、そこまで面倒はやっていられない。

 膨れ上がる鍋に差し水をしてなだめ、茹で上がったそうめんをじゃぶじゃぶ洗い締めた。

 手早く水を絞って器に入れて残ったツナ缶をかけ、冷蔵庫でキンキンに冷えたトマト汁をかければ出来上がり。


「よし、完成。温まない内に食べちゃお」


 テーブルという名のちゃぶ台にそうめんと豆腐の器を置き、プシッと缶を開けた(第三の)ビールをコップにとくとく注いだ。

 パチンと両手を合わせ、


「いただきます」


 箸を取る。

 ひんやりと冴えた豆腐に練り梅とごまだれのまろやかな酸味が合う。ツナのコクもいい。

 ここでぐっと喉に流し込む。


「っあー……。悪くない」


 もしかしたら日本酒のロックあたりもいいかもしれない。

 そしてお待ちかねのツナトマト和製カペッリーニ。


「うん、馴染み深い」


 めんつゆがそうめんとイタリアの架け橋になっている。

 飲めるぐらいに薄めたつゆが、トマトのフレッシュ感と相まって爽やかだ。

 粉チーズをかけたらキリキリの白ワインでもいいかもしれない。

 ビール、日本酒、白ワイン、なんだかとっちらかっている。

 豆腐とそうめんを考えたらやっぱりビールか。

 第三の、だけれど。


 作るのは手間がかかっても、食べてしまうのはあっという間だ。

 特に冷たくてさらっと入ってしまうものだから、ものの5分10分で終わってしまった。


「ごちそうさまでしたっと」


 食器を流しにおいてしまうと、アルコールが入ったせいか避難のことなんだどうでもよくなってきた。

 いまからわざわざ重たいペットボトルをあれこれ動かすのもいやになる。


「明日でいいかあ……」


 今日はよく歩いたし、シャワーでも浴びて早く寝てしまおう。

 食器を洗いながら、くぁっとあくびした。

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