お姫様生活(リーゼ)
「ふわ~緊張した~」
私は椅子に深く腰掛けた。
「お疲れさん」
パステトが私に笑顔を向ける。ここはパステトの執務室。城の者へのあいさつを終え私は深い緊張から解き放たれていた。
「変なこと口走らなかったかなぁ……」
何をしゃべったかあまり覚えていない。
「大丈夫、上出来だったよ」
パステトも心なしか安心したようだった。
「さて、来週の国民に向けてのあいさつの準備をしないとな。モモにはリーゼのドレスやら身の回りのことを頼むよ」
それまでなぜか押し黙っていたモモは、
「時間がないですね……。ま、なんとかしますけど」
と、少し小さめの声で答えた。
「リーゼは疲れただろう。今日はもう休んでいい。外に出るのが億劫なら夕食は部屋に運ばせればいい」
「いいの?パステトはまだ休まないんでしょ?」
「俺はこんなこと慣れてるからな」
私は正直疲れていた。今日はサシノールからクカに来てめまぐるしい程にいろいろあった。ドレスを脱いでゆっくりとしたかった。
「わかった、じゃあお言葉に甘えて」
パステトは、うん、と頷くと、
「モモ、部屋は大丈夫か?」
と、聞いた。
「もちろんです。いつでも人が住めるようになっています」
「よし、じゃあリーゼを部屋に」
「わかりました」
私は立ち上がった。
「じゃあパステト、また」
私はパステトにあいさつするとモモに続いて部屋を出ようとした。そうだ、と思って出る前に立ち止まって、パステトに、
「今日は本当にありがとう」
と、言った。もう既に机の上の書類に目を落としていたパステトは、
「おう」
と、手だけ上げた。
私とモモはしばらく無言で歩いた。3階の奥まで進んだところで先を歩いていたモモは振り返って、
「お部屋はパステト様のお隣ですので」
と、告げた。
「あ……うん」
そうだ、私はパステトの妃になるんだもんね。当たり前か。
部屋の前には一人兵士が立っていた。その隣の部屋にも一人。
「ここがリーゼ様のお部屋。その奥がパステト様のお部屋です」
モモはそう言ってドアを開けた。
「わ……」
部屋に入った私は思わず声を上げた。アンティークの机とソファ。奥には広い窓とベランダが見える。高そうな壺や絵も飾られている。
その右の部屋にはお姫様ベットが置いてある。一人で寝るには広すぎるくらいのベットだ。
「ひ……広いね」
部屋に圧倒されていた。
「パステト様のお部屋はもっと広いわよ」
モモはそう言いながらテキパキとクローゼットから寝巻を用意している。すごい、本当にお姫様になるんだな……。
「はい、ドレスを脱がせますから」
そう言ってモモは私の後ろに回る。
「あ、大丈夫だよ。私が自分で……」
「無理です。私だって一人で脱ぎ着するのは難しいですから」
モモは私の言葉を遮ってさっさと脱がし始める。私は大人しく従うことにした。
「夕食がご入り用の際は入り口の兵士に言って。他に何か必要な時も言ってくれれば用意するから。ただ、夜中に私を呼ぶことはできればやめてくださいね。寝てますから」
私はくすりと笑って、
「わかった」
と、言った。ドレスはあっという間に脱がされてモモは寝巻を私に着させ始めた。シルクのとても気持のいい生地だ。
「ねぇモモ。私、クカ国のことが知りたいの。どんな地形でどのくらいの国民の数がいて名産品は何か、とか。そういう今のクカ国がわかる本はあるかしら?読みたいのだけど」
「わかりました。探しておきます。ただ、今日はパステト様も言われてたようにお疲れだと思うのでおやすみください。明日持ってくるから」
「わかった」
パステトもモモも私のことを大切に扱ってくれる。嬉しくもありなんだか悪いことをしているような気持ちにもなった。
「はい、終わりです。それじゃあ今日はこれで失礼します」
モモはそう言うとさっさと部屋を出ていってしまう。
「あ、ありがとう」
私はモモの背中に向かってお礼を言った。モモが出ていってしまうと部屋は途端にさびしくなる。支度をしてくれている時に比べてモモは心なしか素っ気なくなっていた気がする。やっぱり記憶喪失のお姫様だなんて嫌だったかな……。
私はどこか落ち着かなくてソファに横になる。横になっても十分な大きさのソファだ。
モモには明日改めて謝ろう。
横になるとすぐに眠気が襲ってきた。疲れた……。私は眠気に逆らわず目を閉じた。