従者モモ(リーゼ)
私は早足でモモについて歩いた。ピンク色の髪の毛を二つに束ねたモモは小さい体ながらものすごい速さで歩いていた。1階に下りてモモは部屋に入った。私も後からついて入ると女の人が数人いて、みな裁縫をしているようだった。
「仕事中ごめんね。ちょっとこの人の採寸をお願いしたいんだけど」
モモはそのうちの一人に声をかけた。
「何?新人さん?」
裁縫をしていた女性は手を止めて顔を上げて私を見る。
「まぁそんなところ。急いでるからすぐお願いできる?」
「わかった~」
のんびりとした返事を聞くか聞かないかのうちにモモはせわしなく部屋を出て行った。
「じゃあ、採寸しますね~」
「お願いします」
私はそう言って手を広げた。
採寸が終わるか終わらないかのタイミングでモモは戻ってきた。
「どう?」
「うん、あとは足で終わり~」
「この人のサイズに合うドレスってある?」
モモが聞くと採寸していた女性は不思議そうに、
「ドレス?ないわよそんなもの」
と、答えた。
「そうよね……」
モモはそう言うと採寸メモを見て、
「う~ん、これならなんとか……」
と、つぶやいた。
「わかった、ありがと。このメモ、大事に取っておいた方がいいわよ」
「へ?どういうこと?」
女性は首をかしげた。
「あとでわかるわ。ありがとね」
モモはそう言って私に目を向け、
「行きましょう」
と、言ってまた振り返らずにさっさと部屋を出た。私もメイドさん達にお辞儀をしてモモに続いた。
モモは変わらずずんずんと廊下を進み一番奥まで歩いた。ドアを開けて中に入ると脱衣所があった。どうやらここはお風呂だ。
「先にお湯に浸かっていてください」
そう言うとモモはまた踵を返して出て行った。
とてもテキパキした人だ…のんびりした私とは違う。
私は着ていた洋服を脱ぎ浴場へ進んだ。お風呂は大浴場だ。綺麗でお花のいい香りがする。私以外に人はいないようだ。サシノールでもお風呂には入っていたがこんなに広くて綺麗なところではなかった。私はちょうどいい温度のお湯に浸かった。
そう言えば今日はサシノールから馬に乗って移動してきたんだっけ。本当は私は今日、フューストに連れて行かれそうになって……。
お湯に浸かっているとすべての疲れが癒されるようだ。私は壁に寄り掛かって息を吐いた。こんなに安らかな気持ちになれるのは目が覚めてから初めてのことのように思えた。
たくさんのことがあった。記憶をなくして気味の悪い人に連れていかれそうになったがすんでのところをパステトに助けてもらった。そして私はお姫様に───
ありえないことが猛スピードで起こっている。それについていくことで私は精一杯。記憶はまったく戻る気配はないけれど、私のことが世間に知れれば家族が見つけてくれるのだろうか。そして、私の記憶は戻るのだろうか。
来たばかりだがこのクカ国はとてもいい国に思える。緑豊かで風が心地いい。この国の人を騙すことにまだ私は抵抗があるが、その分この国のために何かしたい。どのくらい時間が許されるかわからないけれど、できることは精一杯やりたいと思う。
モモさん。かわいらしい女の子だった。パステトの話しによると妃の従者らしい。つまり、私のお付きになる人。性格はきついが女性らしく頼れる人だとパステトは言っていた。仲良くなれるかな……。
ガラガラ
お風呂のドアが開いて誰か入ってきた。こんなにくつろいでいる場合じゃなかった。私は居住まいを正した。
「リーゼ様」
湯気でよく見えないがモモの声だ。モモも一緒にお風呂に入るのだろうか。
「よろしいでしょうか。お身体お流しいたします」
そう言いながら近づいてきたモモは白くて薄い洋服を着ていた。私はびっくりして目を見開いた。私は裸なのに……
「…リーゼ様?」
何も答えない私に少し苛立った様子だ。
「あ、はい!え、あの……」
さっきモモは「お身体お流しします」と言った。
「わ…私、自分で洗えますから………」
恥ずかしい。誰かに私の身体を洗ってもらうだなんて!
「…何を言っているのですか?あなたはクカの妃になるお方でしょう?」
モモは呆れたような顔をしていた。そして、
「こちらに」
と、有無を言わさぬ口調で言った。
「は…はい……」
私はしかられた子供のようにしょんぼりしてお湯から上がった。