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期間限定お姫様  作者: 弓原もい
第一章
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お仕事(モモ)

「はぁ……」


 私は雑巾でテーブルを拭く手を止めて近くのソファに座りこむ。


「な~にやってんだろ」


 もう10年以上、決まった持ち主のいない部屋を見渡してまたため息をつく。それでもこれが私の仕事。私に与えられた役割。

 あとの仕事はすべて「お手伝い」でしかない。ここに来てから感じ続けている虚無感を私は今日も感じていた。


 コンコン


 部屋をノックする音がした。誰だろう。こんなところに珍しい。


「はぁ~い」


 間延びした声を出して重い腰を上げる。


「モモ。ここにいたのか」


 迷惑そうな顔をした兵士が顔を出した。私を探していたのだろうか。


「何ですか?」


「パステト様が執務室でお呼びだ。すぐに向かえ」


 パステト様が……?


「はぁ~い」


 私はそう返事をして部屋を出た。パステト様が私を呼び出すなんて珍しい。確か今日サシノールから帰ってきたんじゃなかったっけ。お土産でも買ってきてくれたのかな。

 何の呼び出しなのか考えながら私は執務室へ向かう。


 私はこのお城の従者だ。従者、しかもお妃様に仕える一族の娘だ。私のお母様も昔からこのお城に先代王の妃の従者として仕えていた。妃が亡くなられてからは引退してしまい今は城下町でお父様と一緒に暮らしている。

 私もお母様に連れられて昔からお城に出入りしていた。年の近い王子様、パステト様とよく一緒に遊んだりもしていた。お母様が引退してからしばらくはお城に出入りする機会も減ってしまったけれど、私は自ら志願して14歳の時にメイドとして働くことになった。

 でも、それは本当の私の仕事ではない。本当の私の仕事は妃に仕える従者。それなのに現王のグニエラ様は妃を迎えないと公言しているし、パステト様も20歳にもなるのに一向に妃を迎えようとしない。

 だから、私はいつも自分の仕事がないまま。王や王子に仕えるメイドのお手伝いをするだけの名ばかりの従者。

 昔みたいにパステト様と話すことも減ってしまったし年の近い同僚とも差は開くばかり……。


 私はパステト様の執務室の前に立った。それでも、私はいつか来るパステト様の妃のために日々待つだけ。今日も結婚を考えるように一言言ってやろう。

 そう決意して、私はドアをノックした。


「パステト様。モモです。入ります」


 私は返事を聞かずに中に入る。私の小さな反抗。他の兵士たちとは違う。私はパステト様との距離が近いんだから。


 中に入りパステト様に声をかけようとして私はその場で立ちつくした。溜まった書類の奥に見えるパステト様の他に手前に椅子に座る銀髪の女の子が見えたからだ。

 年は私と同じくらいだろうか。長い銀髪で目は青い。整った顔で綺麗な子なのに身なりがどうもみすぼらしい。女子なのにズボンをはいている。

 このお城の人じゃない。クカの城下町でも見ない顔だ。他の国の使者にも見えない。いったい……。


「モモ。仕事だ」


パステト様から声がかかり私はようやく銀髪美少女から目を離しパステト様を見た。


「仕事だ」


 パステト様はもう一度言った。仕事?


「これから2時間後、王の間を借りて城の皆に発表する。それまでにこのリーゼの身なりを……」


「ちょ、ちょっと待って」


 私はパステト様の言葉を遮る。


「話が読めません。どういうことですか?」


「あぁ、だから……」


 パステト様は頭をかいた。照れた時にする仕草だ。


「こちらはリーゼ。俺の妃として迎えることになった」


「えぇぇぇ!?」


 私は大声を上げた。


「ちょ…確かに私は前々からパステト様にお妃さまを迎えるように言ってきましたけど、いくらなんでも急すぎて……」


「まぁ…うん」


 私達の間で微妙な間が流れる。急すぎる話の展開についていけない。


「とりあえず、そういうことだから。2時間後に身なりを整えてまたここへ連れて来てほしい。モモにもそこで、もっと何か疑問があればその後にでも説明するから」


 もう腹をくくるしかなさそうだ。このよくわからないみすぼらしい美少女を、2時間で綺麗にしろと王子は仰せなのだ。

 頭をフル回転させる。まずはお風呂、化粧の準備。ドレスはどうする?急に言われてぴったりのサイズを用意することなんて……。

 それでもやるしかない。それが私の「仕事」だ。


「わかりました。後でたっっっぷり、覚悟しててくださいね」


 私は渾身のにらみをパステト様に向けてから椅子に座る少女に目をやった。みすぼらしい美少女、リーゼと言ったか。リーゼはポカンと口を開けて少し不安そうな顔で私を見ていた。アホそうな顔。本当にこの子がパステト様のお妃になられる人なのだろうか。


「それではリーゼ…様。ついていらしてください」


 そして私は振り返らずに執務室を後にした。

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