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期間限定お姫様  作者: 弓原もい
第八章
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旧知の友(セリ)

 クカから分厚い書簡が届いたのはある朝のことだった。パステトとリーゼの婚礼の儀の招待状が届いてからあまり時間は経っていない。急ぎの書簡のようだったので、私は何かあったのかとすぐに広げて目を通した。

目を通すとすぐに、


「今日からしばらくの予定をすべてキャンセルしろ。サシノールへ向かうぞ」


と、ハーネンに告げた。


「セリ様……あなたはまた……」


 咎めるような顔をしたハーネンに書簡を投げて渡した。そういえばパステトを結婚を知らせる書簡が届いた時もこんなやり取りをしたんだったか。

 ハーネンは書簡に目を通すとみるみるうちに驚いた表情を見せ、そして私に向き直った時には顔を引き締めた。


「かしこまりました。すぐにすべての予定をキャンセルしてサシノールへ向かいましょう」


 私は頷いた。


「これはまたとないチャンスだ。初めてフューストの門を開かせるような交渉材料が手に入ったのだ」


「はい」


「これが上手くいけば、先の西の国との戦争の時のような憂いがなくなる」


 西の国との戦争の時。フューストは結果的にどちらにもつかず中立の立場を保ち続けたが、いつこちらに刃を向けてくるかわからない国がそこにあるということは我々にとっては脅威でしかなかった。フューストが攻め入って来た時のことを想定してそこに兵を割かざるを得ず、結果的に苦戦させられた。

 今回の交渉が上手くいけばその憂いはなくなる。それは、ケイエにとっても大きな意味を成すものだ。


「グニエラ王はクカだけで交渉に臨むつもりのようだが、私とクグリがいた方が相手への威嚇にもなる。すぐに返事の書簡を出してサシノールへ向かおう。そして、クグリを説得して三国でフューストに交渉へ行くべきだ」


「はい」


 私は筆を取ってグニエラ王にその旨を伝える書簡を書いた。交渉の日はなんと四日後だという。急な申し出に対応してきたということは、リーゼの存在の脅威はフューストにとってとても大きなものなのだろう。


「それにしても、パステトは本当にものすごい女を妃にしたものだな」


 知らなかったとはいえ、そういう星の元に生まれた男なのだろう。そして、リーゼのあの殺気や雰囲気はやはり只者ではなかったな、と一人納得する。


「必ずリーゼを守らなければ」


 私が呟くとハーネンはふふふ、と笑った。


「なんだよ?」


「いえ、やはりそれが一番の理由なのだな、と」


「……ふん、それも一つの理由なだけだ」


 私は言い訳をして、


「よし、行くぞ」


 と、立ち上がった。


----------------------


「本当にセリの行動力にはいつも驚かされるよ」


 サシノールに着いた私を出迎えたのは苦笑いしながらそんな言葉を吐いたクグリだった。そういえばサシノールには何も告げずに来てしまったのだった。


「別にいいだろう。私は一番効率的な方法を取ったまでだ」


 しかも、グニエラ王には集合場所としてサシノールを指定してある。当のクグリに告げずに。それもクグリは許してくれるだろうとわかっていたからなのだが。


「僕が城にいなかったらどうするつもりだったんだよ」


「まったく相変わらず小言が多いな、クグリは」


 クグリとは久しぶりに会う。たまにしか会えないがこうして気の置けない友人と会えるのは嬉しいものだ。


「クグリもフューストとの交渉に参加するつもりだっただろう?」


「もちろんだ」


 クグリは強く頷いた。


「実質国交があるのはうちだけだし、行くべきだろうと思っていた。でもまさかこんなにすぐに来るなんて。まだ昼過ぎだよ?」


「はいはい」


 私は手を挙げてクグリを制した。そこへ、


「クグリ!セリ!」


 と、聞き慣れた声が後ろからして、私達は振り返った。


「パステト……君もかい」


 クグリはやれやれと言った顔をし、私は思わず吹き出した。


「なんだよ」


 パステトは不思議そうな顔をしながら歩いてきた。


「いや、もういいさ。君たちにはもう何も言うまい」


「グニエラ王は?」


「叔父上は明日の朝にサシノールに来ると言っていたよ。俺がとりあえず先に」


「そうか」


「まぁとりあえず部屋で話そう」


 クグリが私達を部屋に案内した。


「こうして三人が揃うのは本当に久しぶりだね」


「あぁ」


「そうだな」


 こんな時でありながらもやはり友が揃うというのは嬉しいものだ。私達は微笑みあった。


「書簡を読んだとは思うが、もう一度ちゃんと話そう」


 パステトの顔が真剣なものに変わって、私達もその言葉に耳を傾けた。


「精霊の力、か……」


「魔法の力の成り立ちなんて考えたこともなかったね」


 パステトの話を聞き終わって私達はそう声を発した。


「あぁ。俺も間近で見て驚いたよ」


「次に会った時には見せてくれるかな」


「あぁ。改めて手合わせできるかもな」


 只者ではないと思っていたリーゼはやはりその通りではあったが、想像を遥かに超えていた。


「辛い想いをしていたのだな……」


「あぁ」


 人の上に立つものとしてわかる。自分を守っていた人達が自分だけを生かし全員死んだ。それは自分が死ぬよりも辛いことだ。


「今はリーゼは?」


「クカにいる。リーゼもみんなに会いたがっていたが、さすがに交渉が終わるまでは動いては困る。よろしく伝えてくれ、と言っていたよ」


「そうか」


 リーゼのことだ。動けないことをすごくストレスに感じているだろう。


「ただ、これを渡されたよ」


 パステトは首から下げていた紐を取った。小さな包がついていて、その中から小さく折りたたまれた紙を出した。


「それは?」


「風の精霊の力を込めたカードだそうだ。これは魔法を使うためのものではなく、俺に危険が迫ったら風が教えてくれるためのものらしい。危険を感じたら、フューストほどの距離なら一時間とかからずたどり着ける、と言っていた」


「一時間!?」


 私は驚いた。クカからは馬で半日程かかる距離だからだ。


「あぁ。リーゼは風の精霊の力が強いらしい。力を借りれば空を飛んで駆けつけることができるそうだ」


「それはまた……」


「万一フューストに狙われても自力で切り抜けられそうな力だな」


 私は思わずふふふ、と笑った。やはりリーゼは強い女だったのだ。それも規格外の強さだ。


「あぁ。ただリーゼは精霊の力を使って人を傷つけるようなことはしたくない、と言っていてな。力に頼らず相変わらず護身術と弓の稽古は続けているよ」


「ほう」


「クカに来た時にはハーネンに成果を見て欲しいと言っていたよ」


「伝えておこう。ハーネンも喜ぶ」


 見上げた姿勢だ、と思った。


「それにしても、リーゼはフューストに戦を仕掛けることは望まなかったんだな」


「実にリーゼらしいね」


「もしそれを望めばクカはそうするつもりだったんだろう?」


「もちろんだ。リーゼ達、精霊使いの一族をここまで酷い目に合わせたのだから」


 パステトは悔しそうな顔をした。本当はすごく憎んでいるということが伝わってくる。


「でも、リーゼのためにもクカのためにも我慢しなければならない」


「パステトも王だもんね」


「そうか……とうとう」


 私達はなんとなく顔を見合わせた。


「僕達も大人になったものだね」


「つい最近まで一緒に野原を駆け回って遊んでいた気がするのにな」


「それが三人共王だもんな」


 感慨深い沈黙が流れた。それぞれ昔を思い出しているのだろう。


「クグリ、セリ」


 パステトが改まった声を出した。


「クカはリーゼを守りフューストと和平を結びたい。そして、ゆくゆくは西の国とも今後の戦を回避するための対話を開始したい。協力してくれるか」


 私とクグリは顔を見合わせて、


「もちろんだ」


「協力しよう」


 と、同意した。


「ありがとう」


「これからは私達の時代だ。平和を築きさらに国を繁栄させるぞ」


 クグリも頷いて同意を見せた。


「でも、パステトがそういう選択を取るとは思っていなかったな。てっきり武力を強化して来るべき戦に備えるのかと」


「武力強化はするさ。でも、それはあくまで自衛のためだ。どんなに強くなっても戦が起きれば必ず血が流れる。無傷では済まなくなる。それは王として耐え難いことだ」


「クグリはそれでいいのか?サシノールはフューストとも西の国とも国境を接している。攻め込めば領土を広げられるのはサシノールだと思うが」


 クグリは首を振った。


「あいにく僕は欲がないんだ。王として後ろ向きに捉えられるかもしれないけれど、僕もパステトと同じようなことを考えていた。ただ、それをどうしたら叶えられるのか方法が見つからなかっただけで」


 クグリは拳をテーブルの上に置いてパステトを見た。


「パステトとリーゼには申し訳ないけれど、こんなに希望のある交渉材料が手に入ったことを知って僕は今朝興奮してしまったよ。ずっと追い求めてきたフューストの弱みがこんな近くで見つかるなんて」


「それには私も同意だ」


 私もパステトを見た。


「これが上手くいけば歴史が変わるぞ。私達の時代に確固たる平和が築ければ未来が変わる」


「フューストはどう出てくるだろう」


「西の国々とも魔法のカードの物流はあるんだろう?あまり公にされたくないはずだな」


「和平を結ぶ代わりに事を公にしない、といったところか?」


「それをリーゼは良しとするのか?」


 パステトは慈しむような優しい表情を浮かべた。


「あぁ、リーゼは戦にならない道なら何でもいい、交渉は任せると言ったよ」


「リーゼの懐の深さには恐れ入るな」


「そうだね」


 クグリも表情を和らげた。


「パステト、サシノールは何があってもクカの有事の事態には全力で力を貸すと約束しよう」


「ケイエもだ」


「ありがとう」


 私達は特に示し合わせたわけでもなく手を取り合った。


「サシノール、クカ、ケイエの三国は別の国でありながらも互いを自国のように想い合う関係だ。それは僕達の友情と同じ。何があっても力を合わせて乗り切ろう」


 私とパステトも頷いた。クグリはいつものほほんとしているくせにこういう時は私達をまとめて途端に頼りがいのある顔をする。そういうクグリを私は心から信頼している。そして、強く優しいパステトも。

 私達三人がこれからの歴史を作る。この三人が揃えば何でもできる。この二人の手からもそう思っていることが感じられた。

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