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期間限定お姫様  作者: 弓原もい
第八章
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手がかり(リーゼ)

 満月の日からしばらく時が経った。イヴァルの怪我も完治し、私の出生調査はまた再開された。まずはフューストに出入りしている商人で信頼できそうな人にイヴァルの身元を明かし、報酬を渡してできる限りの調査を依頼した。それとは別にクカの臣下を何人かサシノールに派遣してイヴァルを襲った人物の調査も進めた。クカがフューストについて探っていることがフュースト側に伝わってしまう懸念があったが、逆にそれを知ってフュースト側が行動を起こしてくれれば何かしらのヒントが得られるかもしれない、との考えからこうすることに決めた。時間はかかるかもしれないが、クカのためにも何かしらの手がかりが欲しかった。


 私の記憶は驚くほど戻る気配がない。私はあのサシノールに運ばれて来た日に生まれたんじゃないかと思うくらいだ。

 調査は再開されたが私に出来ることはない。なので、私は罪悪感が生まれるくらい平凡な生活を送っていた。引き続きクカの農作業についての仕事を主に請け負っていたが前みたいに無理することはなく、できる範囲で仕事を進めていた。


 私とパステトの正式な結婚の日取りも決まった。まだ三ヶ月も先の話だが、サシノールのクグリ王やケイエのセリ王女の予定を抑えるにはギリギリのスケジュールだった。パステトはその場でクカの王を継ぐことを発表したいと言ったが私の記憶がまだ戻っていない。その状態で王になっては気軽に動けなくなってしまうからもう少し後にしていいんじゃないか、と叔父上様に言われてそれもそうだということになった。ただ、王を継ぎたいと告げた時の叔父上様はとても嬉しそうな顔をした。それはまるで父が子の成長を喜ぶようなものだったので、私まで嬉しい気持ちになった。


 事態が動いたのは突然のことだった。いつものようにパステトと夕食を食べていた時、慌ただしくイヴァルが入ってきた。


「王子、姫。食事中申し訳ありません」


 イヴァルがそんなに取り乱すことはない。只事ではないことがすぐにわかった。


「どうした?」


「はい、姫に会いたいと申し出る者が城に参りました」


「私に?」


「はい。名前は明かしませんでしたが、どうしても姫に会いたいと。自分は商人だとも」


「商人……」


 商人と言うと私達が探しているサシノールの森に出入りしていた人物が浮かぶ。


「罠の可能性もありますが……」


「いや、わざわざクカに自分から来たんだ。俺が会ってみよう」


 パステトが立ち上がった。


「待って。私も行くわ」


 私も席を立った。


「会えば何か思い出すかも」


「止めても……無駄だろうな。わかった。何かあったら俺が守る」


「パステト……ありがとう」


「私も行きます」


 横に立っていたモモも声を挙げた。


「何も力になれないかもしれないけど、ちゃんと見守りたいの」


「モモ……わかった。では、俺とリーゼ、イヴァルとモモの四人で会おう」


「守らなきゃいけない人間が多いですね」


 イヴァルは腰の短剣に手をかけた。


「あぁ、頼りにしてるぞ」


 私達は頷いて、商人の待つ部屋に向かった。私に会いたいという人。どんな人だろう。私の過去を知っているのだろうか。だとしたら何故今まで出てきてくれなかったのだろう。

 色々な思いがぐるぐると巡る私の肩をパステトは抱いた。何も言わないが「大丈夫」と言ってくれているのがわかる。そうだ、私は一人じゃない。頷いて、私達は部屋へと入った。


 部屋には頭を垂れて待つ一人の男性がいた。小太りで少し頭がハゲている。私達が席につくとゆっくりと顔を上げた。私と目が合う。


「リーゼ…様……!よくぞ…よくぞご無事で……!」


 男性は感極まって涙を流した。とても優しい目をしている。


「申し訳ありませんでした……今までずっと逃げており……あの日も……」


 男性は咽び泣いている。


「あの……」


 私は疑問を口にした。


「あなたは私を知っているの……?」


「……え?」


 男性は衝撃を受けた顔をした。


「まさか…まさかリーゼ様。記憶が……」


「ええ。私は記憶がなくなっています」


「まさか…いや、なるほど……」


 男性はまた新たな涙を流した。


「そうでしたか。それは私はまた申し訳ないことを……」


「話が見えないのだが、名前を聞いていいか?」


 パステトが痺れを切らしたように割り込んできた。


「私は……」


 男性は私をチラッと見た。


「私はガクと申します」


「ガク」


 私はその男性の名前を復唱した。


「記憶を失くす前の私のことを知っているの?」


 ガクの視線は私の周りを彷徨った。


「知って…おります。ただ、リーゼ様の失われた記憶については私の口からはお話することができません」


「───っ!?」


「なんだと?」


 ガクの言葉に今度は私達が衝撃を受ける番だった。


「申し訳ありません。ですが、リーゼ様の記憶を失わせたお方のお気持ちを汲むと私から言えることは何一つないのです」


 ガクはまた新しい涙を流した。


「私はリーゼ様にお会いできた今ならここで首を切られても構いません。ただ、何も言えないのです」


「……っ!」


 何か言いかけたパステトを手で制して、私はガクの近くに歩み寄った。イヴァルが短剣に手をかけて間合いまで近づく。それも私は大丈夫、と目で制してガクの目線の高さと同じになるようにしゃがみ込んだ。


「リーゼ様……」


 不思議なことだった。私はガクを見ても何も思い出すことは出来ないのに、この人は安全だとわかる。どこか懐かしい気持ちにもなる。感覚が覚えている。私はこの人と会ったことがある、と。


 じっと目を見る。この目の中に私の失くした記憶がある。

 絶対に思い出す必要がある。そう私の身体が言っている気がした。今まで感じたことのない感情が湧き上がってくる。記憶の戻る前の私が全力で語りかけてくる。


「ガク」


 私は目を見てしっかりと話しかけた。


「私は行かなければならない場所がある」


 ガクの瞳が揺れた。


「そうね?」


「リーゼ様……」


「あなたに聞くことはしない。私が自分で思い出す。その場所に連れて行ってくれるわね?」


「ですが……」


 ガクの目は戸惑いの色を浮かべた。


「お願い」


 私はじっとガクの目を見つめた。私の中から湧き上がるこの「行かなければならない」という気持ちは、サシノールでフューストに行ってはいけないと思った時の気持ちと似ていた。焦りに似た不思議な感情だ。


「……わかりました」


 ガクは頭を垂れた。


「無理を言ってごめんなさい」


 私はガクに謝ってパステト達の方を振り返った。三人共驚きの表情を浮かべていた。


「私はこれから向かいます」


「今から!?夜ですよ?」


「ごめんなさい。でも、すぐに行かなきゃならないの」


「わかった、行こう」


 パステトはそう言うと立ち上がった。


「俺たちも一緒に行くが、いいな?」


「……はい」


 ガクは頭を垂れたまま答えた。本当にこれでいいのか迷っているようだった。それでも私は行かなくてはならない。


「行きましょう」


 私はそう言って誰よりも先に部屋を出た。気持ちが逸る。早く、早く行かなければ……

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