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期間限定お姫様  作者: 弓原もい
第七章
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誓い(リーゼ)

 翌朝、私とパステトが執務室で話しているとイヴァルとモモが入ってきた。だいぶ顔色が良くなったイヴァルは、


「王子、姫。申し訳ないんですが、俺はフューストに行かずに調査を進めたいと思います」


 と、告げた。


「そうか、そうしよう」


 パステトも安心した顔をした。


「何かあったか?」


「はい……」


 イヴァルは私を見て、


「昨日、姫に説教されましたから」


 と、笑った。


「そうなのか?」


「説教ってわけじゃないよ。ちょっとお話しただけ」


 私は訂正した。


「そのおかげでいろいろなことに気がつけました。ありがとうございます」


 心なしかイヴァルの表情が柔らかいように感じる。私も嬉しくなって微笑んだ。


「王子もいい女性を姫に迎えましたね。俺も認めざるを得ないですよ」


「そうか」


 パステトは少し照れ臭そうだ。


「それで……この報告は任務とは関係がないのですが」


 イヴァルは前置きして私とパステトを交互に見ながら、


「俺はモモと結婚を前提に付き合うことにしました」


 と、報告してくれた。


「へ?」


「……っ!本当!?モモ!」


 パステトは困惑していたが、私はモモの元に駆け寄った。


「モモ……よかったね」


 モモの手を取ると涙が滲んでくる。


「もう、やめてよリーゼ。私までつられて泣いちゃいそう……」


「ちょっと姫。モモを泣かせないでくださいよ」


「お…おい」


 一人置いてけぼりのパステトが声を挙げた。


「イヴァルとモモが……?いつの間に……」


「もう、パステトは鈍いんだから」


 私がそう言うとイヴァルとモモはクスクスと笑った。


「昨日言っていたのはそういうことか……全然気がつかなかった。でも、よかったな。俺も嬉しいよ」


「ありがとうございます」


 イヴァルも嬉しそうに笑った。こんなに柔らかい表情をするようになったのはモモのおかげなんだろう。


「それじゃあしばらくはイヴァルには怪我の回復を優先してもらって、その間に今後どうやって調査を進めていくか考えることにしよう」


「はい。時間がかかることになり申し訳ありませんが」


「いいさ」


 私達の間には温かな空気が流れた。本当に良かった。


----------------------


 それからしばらく穏やかな日が過ぎた。イヴァルの怪我もモモの懸命な治療のおかげで徐々に良くなってきていた。

 今後、どのようにして私の出生の調査を進めていくのかも同時に考え始めていた。少しリスクはあるが、協力を申し出てくれたサシノールの商人にイヴァルの身分を明かし、何かわかり次第連絡をもらうのがいいのではないかという意見が現状一番有力だ。ただ、もっといい方法がないかと私たちは日々頭を悩ませていた。

 それ以外は驚く程平凡で穏やかな日々が流れていた。イヴァルとモモも漂う空気が甘くて上手くいっているようだし、私とパステトもくすぐったくも幸せな時間を過ごしていた。


 ある夜。いつものように私とパステトは部屋で語り合っていた。


「そういえば明後日、休みをもらえそうなんだがどこか行きたいところはあるか?」


「休み?一日中?」


「あぁ」


「一日休みなんて珍しいね」


「あぁ……」


 パステトは頭を掻いた。


「明後日は満月の日だから」


「満月?……あぁ!」


 お祭りの日から二ヶ月後の満月の日にお返しがもらえる。そうだった、忘れていた。


「お前、忘れてたろ?」


「うん……だって渡した時はまさかお返しがあると思ってなかったから」


 あの時は片想いだと思っていたから。


「そうだよな」


 パステトは私の頭に手を置いた。


「嬉しかったよ、本当に」


「……うん」


 本当はあの時も両想いだった。お互いにわかっていなかっただけで。


「で、どこに行きたい?リーゼの行きたいところに行こう」


「うーん」


 私がパステトと行きたいところ───


「私、クカの郊外の村に行ってみたい。どんなところか見ておきたいの」


「そんなんでいいのか?もっと、こうデートみたいな……」


 パステトはそう言いかけて、


「ま、いいか。リーゼがそれがいいのなら」


 と、微笑んでくれた。パステトは私のことを理解して尊重してくれている。


「ありがとう!クカのすべてを見ておきたくて、いつかパステトに案内してほしいと思っていたの!」


「そうか」


 パステトは私がクカを知りたいと言うといつも嬉しそうに笑ってくれる。そんなパステトを見ると私はクカに来れて姫としてこの国を見守っていくことができるのを誇りに思うのだ。


 満月の日。私達は朝から馬に乗って城を出た。私も乗馬ができるようになったのだから一人で乗ればいいのだが、パステトと少しでも側にいたくて一緒に乗せてもらうことにした。


 城を出て二時間程で一つ目の村に着いた。クカの国の村はそのほとんどが農業を営む村だ。私も城に程近い村には何度か出向いたことがある。それよりも今日来た村のほうが敷地が広く、家は少なかった。私達は公務ではなく私人として出向いたので訪問することを村に告げていなかったので、私達を見つけた村の商人はとても驚き、そして突然ながらも手厚く歓迎してくれた。そんなつもりはなかったのに食事までご馳走してくれた。城や城下で見る食事より素朴なものだったが、どこか懐かしく温かい味だった。


 しばらく滞在してから私達は次の村へ向かった。クカのすべての村を一日で回ることは難しいが、なるべく多くの村を見ることができるようにとパステトがルートを決めてくれていた。そうして私達は一日で三つもの村を見て回ることができた。


 夕方になってきたので、日が暮れる前にと私達は城へ戻ることにした。私が初めてクカに来た頃よりも風が暖かい。そろそろ夏が来るのだなぁと思う。作物にとっては成長の夏。実りもあるだろう。これからまた私の知らない作物との出会いがあるかと思うとワクワクする。


 そんな話をポツポツとしながら二人で馬に乗る時間は貴重で幸せだと思う。いつかは去らねばならないと思っていたクカにずっといられることになっただけでも幸せなのに、パステトと夫婦になることができる。こんな幸せでいつか罰が当たるんじゃないだろうか。


 辺りはだいぶ暗くなった。日が高い分暗くなるのも早い。だいぶ城に近づいたところでパステトが、


「少し休もうか」


 と、馬を止めた。近くの木に馬を止めて何でもない草原の上に腰を下ろす。辺りには風の音と木々のせせらぎ、虫の声。私は目を閉じてそのすべてを感じた。


「疲れたか?」


「ううん、全然」


 私は目を開けてパステトに笑いかけた。


「気持ちいいね……」


「あぁ」


 月明かりが私達を照らす。


「リーゼは自然が似合うな」


「そう?」


「あぁ。生き生きしてるように見えるよ」


「じゃあクカは私にピッタリだね。自然がいっぱいだから」


「そうだな……」


 こうして何もない草原を眺めているだけで幸せだ。


「リーゼがクカに来てくれたことで俺にとってもクカにとってもいいことばかりだ」


「……そう?」


「あぁ。民はリーゼの顔を見ると皆一様に嬉しそうな顔をする。クカのことを愛し、同じ目線で良くしていこうとするその姿勢が伝わっているのだろうな。すっかり受け入れられている」


「そうかな」


 パステトにそう褒められると照れくさい。でも、私の想いが伝わっているのなら嬉しい。


「城の者も誰一人リーゼを悪くいうものはいない。モモやイヴァルだってお前が来てからだいぶ変わった。不思議なことだが、本当に来るべくしてここに来たようだ」


「うん……私もこんなに早く馴染めるなんて思ってもなかったな。ここに来るために記憶喪失になったのかな」


「そうかもな。父上と母様が導いてくださったのかも」


 パステトは綺麗に輝く満月を仰いだ。


「今も見ていてくださってるかな」


「あぁ、もちろんそうだろう。頼りない俺をハラハラしながらも見守っていてくださってるだろうな」


 パステトがどれだけご両親を慕って尊敬しているかが伝わってくる。私もお会いしてみたかったな。


「リーゼ」


 パステトの声に真剣さが混じったのを感じて、私は満月から目を離してパステトの顔を見た。


「お前にこれを受け取ってほしい」


 パステトはポケットから何かを取り出し、私の左手を取った。薬指にはめられたのは大きな宝石があしらわれた綺麗な指輪だった。


「これ……!」


 私は指輪とパステトを交互に見た。


「これはクカに昔から伝わる婚約指輪だ」


 指輪は月明かりに照らされてキラキラと輝いている。


「リーゼ。随分遠回りをしてしまったが、改めて言わせてくれ。俺と結婚してほしい」


 パステトの目は宝石のようにキラキラと輝いていて目が離せない。心臓は飛び出しそうな程ドキドキしていた。


「いろいろ未熟な俺にはリーゼが必要だ。お前がいると俺はもっと強くなれる。そう思う」


 握られた手からパステトの熱が伝わってくる。


「ようやく最近王を継ぐ決意ができた。リーゼと正式に結婚したら俺は王を継ごうと思っている」


「……!」


「それもすべてお前のおかげだ。お前がいたから俺はそういう決断ができた」


 パステトの目には強い意志が宿っていた。


「俺の隣にはいつもリーゼにいて欲しい。王としても男としても俺にはリーゼが必要だ」


「パステト……」


「リーゼ。愛してる」


 私の頬には一滴の涙が流れた。


「……はい。よろしくお願いします」


 結婚の申し出を承諾するとパステトは嬉しそうに笑った。


「必ずいい国にしような」


「うん」


 気持ちのいい風が私達の間をすり抜けた。パステトのご両親やクカの大地が私達を祝福してくれているように感じた。私達二人で絶対にクカを守っていく。そう改めて誓った。

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