お節介リーゼ(リーゼ)
イヴァルとモモが出て行ったドアをしばらく見つめてから私は、
「パステト、私もモモの意見に賛成だよ。あのままじゃイヴァルは死にに行くようなものだよ」
と、パステトに言った。
「あぁ、わかってはいるが……」
パステトは悩んでいる。
「ごめんね、私のせいで……」
私が俯くとパステトは立ち上がって私の方に近づいてきた。
「そんな風に思うな。お前のことは俺のためでもあり、クカのためでもある。自分のせいだなんて思うな」
そう言って私の身体を優しく抱き寄せて頭を撫でてくれた。
「うん……でも、イヴァルの他に誰か適任はいないの?顔が知られてないような……」
「出そうと思えばいくらでも出せるが、上手くやれるかは別問題だ。相手は正式な国交のない国。どんな場所かもわからねぇ。下手に捕まって身元がバレでもしたら大問題だ。調査に慣れた人間の方が成功率が高いのは確かだ」
「そっか……」
「まぁでもなるべくイヴァルが行かなくて済むように考えるから安心しろ。後は本人の気持ち次第でもあるけどな」
「イヴァルの……ねぇ、パステト」
私は顔を上げて尋ねた。
「イヴァルは何を抱えてるの?何であんなに自分の身を考えないようなことを……」
ずっと気になっていたことだ。周りに誰も寄せ付けないような雰囲気。何かを抱えているような生きにくさを感じていた。
「イヴァルか……」
パステトは私から身体を離して二人で並んで椅子に座った。
「イヴァルは俺とさほど年が変わらない子供の頃から盗みの常習犯として有名だった」
「盗み?」
「あぁ。クカ城下の街外れを中心にな。犯人はイヴァルだとわかっているのになかなか捕まえられない。兵士も手を焼いていたよ」
初めて聞く話しだった。
「それがようやく捕まって城に連れて来られた。何度も盗みを繰り返していたから国外追放が決まった。でも、俺はどうしても気になって外に出される前に牢屋に会いに行ったんだ」
「パステトらしいね」
私はクスっと笑った。
「イヴァルの目を見て俺は驚いた。子供の無邪気さとはかけ離れた冷たさと無力感が宿っていた。俺は何度も何度も通って話を聞いたよ。初めはなかなか話してくれなかったけど徐々に話すようになって……」
パステトは思い出すかのように天を仰いだ。
「イヴァルは国外追放でも構わないと言った。親に捨てられたから帰る場所もない、と。ここから出たらクカでも他の街でもやることは一緒。盗みで生きていくだけ、と」
「そんな……」
「俺とさほど年が変わらないのにそんな風に生きている人がいることに俺は衝撃を受けた。俺には親がいて、いなくなった後も周りに人がたくさんいて衣食住には困らない。でも、イヴァルは違った」
パステトは拳を握った。
「そんなイヴァルを俺は放っておけなかった。頼み込んで国外追放を取りやめて俺の臣下にしたんだ」
「だからあんなに……」
「あぁ。イヴァルは未だに自分は独りで失うものは何もないと思っているのかもな」
だからこそモモのこともあんなに拒絶するのだろうか。イヴァルは進んで一人になっているように見える。まるで何かを怖がっているかのようだ。
「そんなに暗い顔をするな」
パステトにポンポンと頭を叩かれた。
「言っただろ?俺はお前もクカも守る、と。それにはイヴァルも含まれてる。なんとかする方法を考えるさ」
「うん」
無謀なことを言っているとわかるのにパステトに言われると安心する。元気づけるようにパステトの顔が近づいてきて優しくキスをされた。
「それにしても」
パステトは私の腰を抱いたまま、
「イヴァルとモモは一体どうしたんだ?喧嘩か?」
と、不思議そうに言った。
「まぁいろいろあったみたいで……」
私はそのことについては濁した。
「モモはイヴァルに絶対行って欲しくないだろうから」
「まぁな。あの二人も付き合いが長いからな」
「付き合いというか……」
パステトを見ると「ん?」と不思議そうな顔をされる。
「パステトって本当に鈍いよね」
私は思わず笑ってしまった。こんなに長く近くにいるのにモモの気持ちに気がついていないなんて。私からしたらバレバレなのだが。
「なんだよ」
パステトは少し不満そうだ。
「ううん」
私はクスクス笑いながらパステトの胸に顔を寄せた。
「ねぇ。イヴァルってモモのことどう思ってるのかな」
「モモ?うーん」
パステトはしばらく考えて、
「何だかんだイヴァルが一番気を許してるのはモモだからな」
と、言った。
「パステトに対してとは違う?」
「俺は一応あいつの主人だからな。そりゃ違うだろ」
「そっか。じゃあもしモモが「イヴァルとは一生喋らない!」とか言ったらイヴァルは悲しむかな?」
「うーん、あいつは悲しんでも表には出さないと思うけど……まぁ面白くはないんじゃねぇの。話す相手もいなくなるしな」
「そうだよね。うん、そうだよね」
私は二度繰り返して、
「二人が喧嘩したままだと二人共悲しいよね」
と、自分に言い聞かせるように言った。
「なんだよ、お前またお節介焼く気か?」
パステトは少し笑って私の頭を撫でた。
「モモにはたくさん助けてもらったから」
「そうだな。でも、あんまり無理するなよ?」
「うん、大丈夫。ありがとうパステト」
私はパステトの胸から離れて自分から軽く触れるだけのキスをした。私からキスをするなんて初めてで、パステトは耳まで赤くなった。私はそれがなんだか嬉しくて、
「行ってくるね」
と、笑って執務室を後にした。




