悪夢(イヴァル)
「今日はこれだけなの?こんなんじゃお腹いっぱい食べられないじゃない!」
「ごめん母さん……僕の分あげるから……」
「当たり前でしょ!」
「ごめん……」
明日はもっとたくさん盗ってこないと。母さんに喜んでもらえるように。本当は盗みは怖いし嫌だけど……
「母さん!今日はお金たくさん持ってきたよ!!」
「そう」
母さんは奪い取るように僕から財布を受け取って中身を確認した。それ以降僕のことを見てくれない。褒めて欲しかったな。もっとたくさん盗ってこないと───
「母さんただいま!今日は……」
「んだ?このガキは」
家には上半身裸の見たことのない男がいた。
「イヴァル、それ置いて外に出てなさい。帰ってくるのは夜遅くになってからにして」
母さんはベッドにいて身体に布団をかけてはいたが裸の様だった。母さん───
「母さんただいま!……母さん?」
部屋のどこにも母さんはいない。
「母さん?母さん!?」
どこを探してもいない。どこにいるの?僕を置いていかないで。母さん……
「はぁ…はぁ……」
久しぶりに悪夢を見た。汗をべっとりとかいている。左肩が焼ける様に痛い。
「はぁ……」
俺は身体を起こした。肩を見ると血が滲んでいる。包帯を変えた方が良さそうだ。外を見ると既に明るくなり始めていた。今行ったら医務室にモモはいるだろうか。それでも行かざるを得ないだろう。
フラフラしながらも立ち上がって医務室に向かった。医務室に着くと明かりがついていて、俺は躊躇いながらも中に入った。
「あ、イヴァルさんおはようございます」
中にいたのは白衣を着た見知らぬ女性だった。
「ついさっきまでモモがいたんですけど……あ、座ってください」
俺は言われるまま座った。モモはいないらしい。俺はホッとした。
「包帯を変えますね」
女性の医務官は手際よく包帯を変えていく。
「この薬、モモが夜通し調べて作っておいてくれたんですよ。あ、痛み止めもあるみたいですから飲んでくださいね」
夜通し───
俺は薬を飲んだ。
「これで少しは痛みが治まるはずですからきっと眠れますよ。今はとにかく身体を休めてくださいね。あ、包帯をまた変えますから夕方また来てくださいね」
俺はお礼を言って医務室を出た。祭りの日のことを思い出す。モモを泣かせて悲しそうな顔をさせた。俺は昨日だってモモを拒絶した。それなのにモモは───
部屋に戻ると俺はまたベッドに横になった。何故俺のためにこんなにしてくれるのか。俺はモモに何も返すつもりはない。それなのに何故……。
俺は頭を振った。考えても仕方がない。
医務官の言った通り痛みは幾分か治まってきた。それでもあんな夢を見た後で眠る気にもならなくて俺は身体を起こした。王子はそろそろ執務室に行く頃だろう。昨日できなかった報告をしなければ。
俺は壁を支えに王子の執務室に向かった。いつもより遥かに遠くて辛い道のりだ。なんとかたどり着いて部屋をノックした。
「はい」
王子の声が聞こえたので俺はそのまま執務室に入った。執務室の中には姫とモモもいた。
タイミング悪ぃな……
そう思っても引き返す元気もない。俺は執務室の椅子に身を投げ出すようにして座った。
「おい、お前大丈夫なのか?」
「はい、平気ですよ」
俺はそう答えたが息が上がっている。
「昨日の報告が……まだでしたから」
「そんなの今日でなくても……まぁいい。リーゼとモモもいていいな?」
俺はチラッと姫を見ると心配そうな顔をしてこちらを見ている。話を聞かせたら「自分のせいで……」とか思うだろうか。まぁそれでもいいか。追い出すのも面倒だ。
俺は頷いてから話し始めた。
「サシノールで姫が倒れていたという場所の近くの森での不審な目撃情報についての調査をしました。姫の出生に直接関わりはないかもしれませんが、他に手がかりもなかったので」
俺はふぅ、と一息ついた。喋っているのもしんどい。それでも俺は続けた。
「森のなかに商人が入っていくのを見た人間が何人かいたのでその商人探しをしました。でも、ただの商人のはずなのに全然見つからない。行商の通る道を何日か張り込みましたがその商人が現れることはなく、街で聞き込みや他の商人にも当たってみましたが手がかりもなく。かなり時間も経ってしまったので一度クカに帰ろうとサシノールを出た後で背後から魔法での襲撃に合いました。昨日も言いましたが俺を襲ったのは黒いローブを羽織った人間でした」
「フュースト、か……」
「わかりませんが可能性は高いです。俺は調査の時クカの人間であることを告げていませんし、なんとか巻いたので知られてもいないでしょう。相手も深追いはしてこなかったので牽制の意味もあったのかもしれません」
「そうか……」
王子は溜息をついた。まさか姫の出生調査でこんなに手こずるとは。
「傷が治り次第、俺はフューストに調査に入ります」
「イヴァル!?」
後ろでただ聞いていたモモが声をあげた。俺はそちらを見ずに、
「これでフューストが関連している可能性が高くなりました。フューストの街へ行って魔法爆発についての調査を行います」
と、続けた。
「襲撃犯に顔を覚えられているだろう?また襲われる可能性があるぞ」
「そうですね」
俺は肯定してから、
「でも、ここまで来るとクカのためにも姫の出生は必ず知る必要があります。何としてでも調べないと」
と、強く進言した。
「それはそうだが顔を知られた以上、他の者に任せても……」
「いや、俺が行きます。既に他の商人にも顔が利きますし、フューストに出入りしている商人に一緒に連れて行ってもらえるよう助力も取り付けました。元よりクカに戻ろうとしていたのも一応それを報告するためだったので」
「うーん……」
王子は唸った。悩んでいるようだがこれは俺にしかできない仕事だ。俺が───
「パステト様!イヴァルを行かせないでください!」
後ろのモモが叫んだので俺は思わずそちらを見た。
「危険すぎます!フューストに行かずに調査できる他の方法を考えましょう!」
「行かなきゃわかんねぇんだよ!」
俺はモモに怒鳴っていた。
「そんなの絶対にダメだよ!死にに行くつもりなの!?」
「それでも調査しなきゃならねぇって言っただろ!?お前には関係ねぇ。黙ってろ!」
「嫌だ!!!」
モモはさらに大きな声を出した。頬には涙が伝っている。
「なんでそんなに生き急いでるの!?私のせい!?」
「関係ねぇよ。自惚れんな!」
「じゃあ尚更行かないで!自分の命をなんだと思ってるの!?自分のことをもっと大事にしてよ!」
「おい、二人共!」
王子が強く言葉を発したので俺とモモは黙った。
「とりあえずこのことは考えておく。イヴァルも怪我をしているんだからまずはそれを治せ」
王子がそう言うと、後ろでバタン!とドアが閉まる音がして走り去る足音が聞こえた。振り返らなくてもわかる。モモが出て行ったんだろう。
「イヴァル、そんなに熱くなるなんてらしくねぇな」
王子が何かを見定めようとするかのような目を俺に向ける。俺はその目を直視できなくて、
「別に……普通ですよ」
と、答えた。
「とにかく、俺は行くつもりでいますから。王子も国と姫のためにご決断を」
そう言って俺はゆっくり立ち上がって部屋を出た。身体が熱いのは大声を出したせいだろうか。
ゆっくりとした足取りで部屋に戻りながらさっきのモモの顔が頭から離れてくれなかった。また泣かせちまったな……




