通じ合う気持ち(リーゼ)
「はぁ……はぁ……」
夜中に城を出てどのくらい時間が経っただろうか。辺りはすっかり明るくなった。乗馬の練習はしていたが遠出するのは初めてで私は疲れきっていた。日中に手紙と仕事の引き継ぎのための書類を作っていたので全然眠ってもいない。どこかで少し休みたい。
サシノールに向かっているはずだが、道は合っているだろうか。二度通っただけなので自信がない。不安に思いながらも緩やかな登り坂を登り切ると見たことがある景色が広がっていた。馬小屋と小屋、少し離れたところに木で造られた物見やぐらのようなものが見える。ここは初めてパステトに連れられてクカに来る時に休んだ監視塔だ。
道が合っていてほっとする気持ちとまだここまでしか進めていないのかというがっかりする気持ちが交錯する。馬の歩を止めてキョロキョロしていると兵士がこちらに向かって走ってきた。
「これは……リーゼ様!?」
「ごめんなさい、お仕事の邪魔をして」
私はなるべく平静を装って兵士に答えて馬を降りた。
「用事があってサシノールへ向かっているの。申し訳ないのだけど少し小屋で休ませてもらえるかしら?」
「もちろんです!こんなところでよければ!」
「ありがとう」
私はお礼を言って馬小屋へ馬を繋ぎに行った。一時間程休むくらいならいいだろう。何より本当に疲れた。私は小屋に入って毛布の上に横になった。
クカを出たというのにこうしてまたクカのお世話になっている。私は一人では本当に何もできない。それでもこれからは一人で生きていかなければ。
とりあえず今は……
私は目を閉じた。
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遠くからパステトの声が聞こえる気がする。私の大好きな低い声。会いたくて会いたくてたまらない、もう二度と聞くことのない───
「リーゼ!!!」
突然の眩しさに私は目を手で覆って身体を起こした。何が起こっているのか理解できない。夢でパステトの声が聞こえた気がして、そして今パステトが私を───
「……っ!?」
私の身体に衝撃が走ったと思えばパステトの匂いに包まれている。
「パ…パステト……!?」
嘘みたいだ。まだ夢の続き?でも、私を今強く抱きしめてくれているのは間違いなくパステトだ。
「なんで……」
パステトが追いかけてきてくれたんだ。ようやく状況が理解できる。パステトははぁはぁと肩で息をしていて身体も熱い。
「リーゼ」
身体が少し離れてパステトと目線が絡む。とても必死な顔をしている。こんな顔初めて見た。
追いかけてきてくれた。それは私が予想もしなかったことだった。とても嬉しい。でも、このままではいけない。
「パステト、私……」
別れを告げなければ。そう思うと目に涙が溜まる。そして、次の言葉を言おうとした瞬間、私の唇はパステトの唇で塞がれた。
「……!!?」
声にならない声を上げる。私、パステトにキスされてる───!?
パステトの匂いと熱が身体中を駆け巡っているようだ。痺れて熱くて苦しい。
その口づけはどのくらいの長さだっただろうか。一瞬だったような気もするしすごく長かったような気もする。パステトの唇が離れてまた目線が絡む。恥ずかしくて私は思わず俯いた。
「リーゼごめん」
口を開いたのはパステトだった。
「俺がお前のことを苦しめてたことに気がつかなくてごめん」
「そんなこと……!」
私は顔を上げた。
「いや、俺がちゃんとリーゼと話さなかったから。リーゼの気持ちを考えることができていなかったから苦しめた」
「ううん……」
私はパステトに肩を掴まれたままでいる。パステトの顔が近い。ドキドキして心臓がおかしくなりそうだ。
「リーゼ。俺はお前にクカにいてほしい。俺のために」
「パステトの……?」
「あぁ。俺は……リーゼのことが好きだ」
「……え?」
私は思わず聞き返した。
「俺はリーゼのことが好きだよ」
聞き間違えかと思う言葉をパステトに繰り返されて私は、
「……えぇ!?」
と、口に手を当てた。
「そんな……パステトは誰とも結婚したくないんじゃないの!?」
「そんなことねぇよ」
パステトも少し恥ずかしそうに頭を掻いた。
「ただ、その今までそういう結婚したいと思えるやつがいなかっただけで……」
「だって結婚したくないから私を妃に迎えたんでしょ!?」
「それは…まぁ、その……」
パステトは私から目を逸らした。
「言葉の文というか何というか……」
パステトが私のことを好き。そんなこと……
「信じられない……」
私はそう呟いていた。
「どうしたら信じてくれるかな……」
パステトは困った顔をした。その顔が優しくてなんだかセクシーに見えて私はまたドキっとしてしまった。
「いつから…なの?」
聞いてみたくなって私は尋ねた。パステトは顔を赤くして、
「まぁ…その、なんだ……」
と、口ごもった。
「やっぱり嘘?」
「違うって!」
パステトは短い髪を掻き上げた。
「はじめからだよ、はじめから!」
「はじめから、って……」
パステトは何を言っているのだろうか。はじめからというと……
「サシノールから逃げ出そうとしている時?」
「そうだよ」
パステトは恥ずかしそうに溜息をついた。
「え?そんな、だって……」
「悪かったな、一目惚れして!」
パステトの言葉に私まで顔が真っ赤になってきた。
「ひ…一目惚れ!?」
「あぁ、そうだよ。そうじゃなきゃ嘘でも妃に、なんて言わねぇよ」
「!!?」
私は絶句した。パステトははじめから私の事……
「納得してくれた?」
私の顔の近くでパステトは首を傾げて聞いた。その様にも私はドキドキしてしまって、ただコクコクと頷いた。
「だから城を出るなんて言うな。ずっと俺の側にいてほしい」
パステトが真剣な顔になって言うので私の目には涙がぶわっと上がってきて溢れ出た。パステトはそんな私をぎゅっと抱きしめてよしよしとしてくれた。
「改めて言うよ。俺はリーゼが好きだ。俺の妃としてずっと側にいてほしい」
パステトの言葉に私は涙が止まらなくなってしまった。
「でも……」
私は嗚咽混じりでなんとか言葉を発した。
「私記憶ないし、危険人物かもしれないよ。クカを危険に晒すかも……」
「そんなこと俺がさせない。クカもリーゼも俺が守る。だから安心しろ」
「うっ……」
私はパステトの胸に顔を埋めた。
「いいの……?私記憶ないのに……」
「そんなの関係ねぇよ。俺はリーゼに側にいてほしい。ただそれだけだ」
「うん……」
ドキドキして胸が苦しい。
「リーゼ」
パステトの身体が少し離れて顔が間近に来る。
「俺のこと、好き?」
そう聞くパステトの顔が少し苦しそうで愛おしくなってしまう。
「うん……好き」
もっとちゃんと言いたいのに私の口からは辛うじてその言葉しか出なかった。
「俺の妃になってくれるか?」
「うん」
私はしっかりと頷いた。パステトは嬉しそうな顔をして、またゆっくりと顔が近づいてきた。今度はさっきより優しいキス。このまま溶けてしまいそうなくらい熱い。
そのまま何度か離れたりくっついたりするキスをして、またぎゅっと抱きしめられた。
「私……もし記憶が戻ってもパステトの側にいたい」
「……うん」
こんなに好きになれる人、他にはいない。根拠はないけれどそう思った。




