報告(パステト)
路地の屋台はメイン通りと違って一般家庭も出している。より庶民的なラインナップにリーゼは興味津々で立ち止まっては店主と会話していった。もちろんリーゼと会話をするのは初めての民も多いので、店主側もとても嬉しそうだ。リーゼは民に好かれる王女になれる。そう思うと嬉しくもあり心が痛くもなった。
路地を進みだいぶ城へと近づいてきた。時間もそろそろ夕方というところ。俺は近くの店で花とフルーツワインを買った。リーゼは、
「お酒なんて珍しいね」
と、不思議そうな顔をした。それに対して俺が、
「ちょっと寄りたいところがあるんだが、いいか?」
と、聞くとリーゼは、
「うん」
と、快く頷いてくれた。路地を外れて坂道を登りはじめる。ここに来るのも久しぶりのことだ。坂はゆるくはないので、
「大丈夫か?」
と、リーゼを気遣った。今まで散々歩いてきて最後にこの坂とは身体に堪えるかもしれない。それでもリーゼは、
「大丈夫だよ」
と、笑顔を見せてくれた。無理をしているのではないかと思って、
「きつかったら背負ってやってもいいぞ」
と、言ってみたが、
「もう、子供じゃないんだから」
と、リーゼは笑いながらむくれて見せたので、本当に大丈夫そうだと安心した。日々の訓練や業務でだいぶ体力もついているのかもしれない。
だいぶ上まで登ってくると白い小さな門が見えてきた。
「着いたぞ」
俺はそう声をかけると門をくぐった。門の先には広い土地があり、綺麗な花が咲いている。その先には崖があって、手前に真っ白い墓石がある。俺はその前に座り、買ってきたフルーツワインを置いた。
「ここは……」
「父上と母様の墓なんだ」
俺は一度リーゼを振り返って、
「祭りだというのにこんなところに連れて来てすまないな」
と、謝った。そして、また背を向けてから、
「でも、お前を連れて来たいとずっと思っていたんだ」
と、小さな声で付け加えた。リーゼは俺の横に座って、
「ううん、ありがとう」
と、言ってくれた。リーゼならなんとなくそう言ってくれるのではないかと思っていた。俺は買ってきた花を飾って手を合わせた。
父上、母様。今日は俺が婚約したリーゼを連れてきた。いつか手放すことになるけど……そんなこと言ったら怒るかな。でも、俺はリーゼが幸せであってほしいから許してくれ。それでも、父上と母様には紹介しておきたかったんだ。綺麗な女性だろう?クカのために尽くしてくれているんだ。本当に素敵な女性だよ。リーゼがいなくなっても俺はクカのために全力を尽くすから、今は見守っていてくれよな。
目を開けて横を見るとリーゼはまだ手を合わせていた。俺は立ち上がって街を見た。灯りがつき始めている。いい時間だ。リーゼも目を開けて立ち上がった。
「本当は城の裏手に歴代の王が眠る墓があるんだ。でも、父上と母様はそこではなくこの街がよく見える場所を望んだ」
リーゼは俺の横に来て、
「わ……っ」
と、声を上げた。
「クカの祭りは夜が綺麗なんだ」
街に飾られていた灯りが点って星のようだ。
「ここはよく見渡せる。父上と母様もクカの祭りの夜をここで見るのが好きでな」
「綺麗……」
リーゼは魅入られたように街を見つめている。気に入ってもらえてよかった。俺たちはそのまま黙って街を見つめた。だんだんと暗くなって灯りがより輝いて見える。
「パステトのご両親もクカのこと愛していたんだね」
「そうだな」
俺にクカの良さを教えてくれたのは間違いなく父上と母様だ。
「俺はクカを守りたい。できればこれ以上血を流すことなく」
俺はしっかりと前を見据えた。
「剣の稽古をして強さを極めようとしている俺が言うのも変かもしれないが、この地を再び戦火に巻き込みたくない。人々が心から安心して暮らせる世の中にしたい」
「それがパステトが王になったらしたいこと?」
「ああ、そうだな。リーゼには詳しく話したことがなかったが、父上と母様を殺した西の国々との戦い。今は終結してはいるが、未だ国交などはない。このままでは何がきっかけでまた戦が起こるとも限らない。父上と母様を殺されたことへの恨みもあるが、クカの王としてはそれも受け入れて平和になる道を選びたい、と思っている」
街の灯りを見る。この一つ一つに命が宿っている。
「フューストもそうだ。国交までとはいかずとも血が流されないように対話はしていかなくてはな」
「そこまで考えてるんだね……」
リーゼと視線が絡む。
「あぁ。父上と母様を早くに亡くしているからこそ、そういう風に考えるのかもな」
大変な道のりになると思う。それでも王になるからにはやり遂げたい。
「まぁ俺が王になるのはまだ先のことだけどな」
俺は照れ隠しで笑って頭をかいた。
「さ、そろそろ戻るか」
「あ…パステト」
街に背を向けた俺をリーゼは呼び止めた。
「ん?」
「あの……」
リーゼは持っていたバッグから包みを取り出すと、少し恥ずかしそうに差し出してきた。
「これ…作ったの」
綺麗に包装された包みを受け取ると中にケーキが入っているのが見えた。そうだ、今まで縁がなかったから忘れていたが、そういえばクカの祭りで女性が男性にお菓子を渡すという風習があった。まさか俺がもらえる日が来るなんて───。じんわり温かい気持ちが広がって胸がいっぱいになった。
「ありがとう。食べていいか?」
「うん。美味しいといいんだけど……」
リーゼは不安な顔をして俺を見つめている。包みを開けてケーキを取り出しそれを口に入れた。
「……!美味い!」
しっとりとして甘い生地にブエルの酸味のあるドライフルーツがアクセントになっている。
「本当?」
「あぁ、お世辞じゃなく美味いよ」
「よかった」
リーゼは安心した顔をした。
「ありがとな」
仮にも婚約者なのだからお菓子を渡さないというのは周りから見ると違和感があるだろう。だからくれたのだ、とわかっていても嬉しい。
俺はリーゼの頭を撫でた。リーゼは気持ち良さそうに目を伏せた。
ケイエでの最後の夜。リーゼの方から抱きついてくれた。リーゼは俺のことを兄か何かと思っているのかもしれないが嬉しかった。もし俺のことを好きになってくれたら……。そうありもしない考えを巡らせてしまうほどに。
本当はもっと触れたい。でも、そうしたらどんどん別れが辛くなるだけだとわかっている。俺はぐっと我慢した。
「じゃあ戻るか」
もう一度そう声をかけて俺はリーゼに背を向けた。今の俺にはこのお菓子だけで十分だ。二ヶ月後の満月の日、リーゼに何を返そうかと早くも考え始めてしまうのだった。




