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期間限定お姫様  作者: 弓原もい
第五章
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デートに向けて(リーゼ)

 それから毎夜お菓子作りの特訓が始まった。何を作るか悩んだ結果ブエルのドライフルーツを入れたパウンドケーキを作ることにした。お菓子作りどころか料理もした記憶のない私はおぼつかないながらもモモの指南を受けながら作っていった。何度も挑戦する内に初めはうまく膨らなかったものが、本番前日には味も見た目も申し分ないところまできた。モモは教えてはくれるけれど実際手を動かすのは私でなければ意味がない。パステトのことを想いながら作るのはドキドキもするし、渡した時の顔を想像すると楽しい。これがこのお祭りで男性にお菓子を作って渡すことになった初めのきっかけなんじゃないかな、と思う。


 パステトとはケイエから戻ってから忙しいことを理由にほとんど二人で会っていない。部屋のベランダも使っていない。会いたいと思う時はあるが、また甘えてしまいそうで自分を抑えている。

 だから、こうしてイベントでパステトと過ごせるのは楽しみでもあり怖くもあった。お祭りの日と言ってもパステトは仕事で一緒に過ごすのは難しいんじゃないかと思っていたが、叔父上様が、


「リーゼの初めてのお祭りだし二人で楽しむといい」


 と、言ってくれて一緒にいられることになった。きっとパステトと過ごす最初で最後のお祭りになる。良い思い出にできたらいいなと思う。


 いざお菓子作り本番の祭りの前夜。私は一週間の成果を出せるようにいつもより丁寧に確実にパウンドケーキ作りを進めた。この日まであやふやに誤魔化されたままだったモモには、


「渡す渡さないは明日決めるとして、とりあえず作っておいたら?」


 と、唆してみたところ、


「どうせ私が食べることになるけど……」


 と、渋々作り初めてくれた。渋々だったにも関わらず作る手つきは丁寧でイヴァルをどれだけ大切に想っているかが伝わってきた。


 私がモモを唆したのには理由がある。モモには幸せになってほしいからだ。私は記憶が戻らなくてもその内にクカを出る決意をしている。短い間だったがモモにはとても優しくしてもらった。私がいなくなってもモモは笑っていてほしい。詳しくはわからないが、モモはイヴァルに自分の気持ちを見せることを極端に嫌がっているように見えた。今まで何年もこの関係でいたのだ。何かきっかけがないと変われないと思う。だから、お節介とわかっていても私がきっかけを作れたらと思ったのだ。私がモモに恩返しをできることはそのくらいしか思いつかなかった。


「できた……!」


 私もモモもパウンドケーキが上手くできた。試しに味見をしてみたが、ふんわりしっとりとしていて甘さもちょうどいい。


「ありがとうモモ!今までで一番いい出来だよ!」


 私がモモにお礼を言うと、


「ふん、私が教えたんだから当たり前でしょ。初めはどうなるかと思ったけどできてよかった。これでパステト様にも喜んでもらえそうね」


 と、得意気に片目をつぶってみせた。


「モモもね」


 モモが作ったパウンドケーキは私が作ったものより美味しかった。甘いものが苦手だというイヴァルを気遣って甘さを控え目にして紅茶のお茶っ葉を入れたアレンジ力はさすがというところだ。


「結局自分が食べるんだけどね」


 モモはまだそんなことを言っている。


「本当に渡さないの?」


「当たり前でしょ。渡したら絶対に嫌な顔されるもの」


 本当にそうだろうか。イヴァルはモモのことどう思っているのだろう。


「それよりリーゼは自分のことを考えなさいよ。ちゃんと渡して明日お祭り楽しんでよね、私の分も」


「うん……わかった」


 もう少しイヴァルとのことを聞きたかったが、これ以上聞くと怒られそうなので聞かないでおくことにした。

 明日は一日パステトと過ごすことになる。二人だけだなんて初めてのことだ。なんだか緊張してきた。


「かわいい洋服もちゃんと用意してあるから安心しなさい」


 モモは本当に気が遣える。自分のことは後回しなんだけれど。

 私はモモにお礼を言って綺麗に包んだパウンドケーキを持って部屋に戻った。これはいつ渡せばいいのだろうか。やっぱり夜かな。いろいろと考えて眠れない夜は過ぎていった。


----------------------


 翌日。朝はいつものように叔父上様と三人で朝食を取った。ほとんど眠れなくてきっと酷い顔をしているに違いない。恥ずかしいので終始俯き加減で過ごした。


「今日は祭りだな」


 叔父上様は機嫌よく笑っていた。


「叔父上様はお祭りには行かれないのですか?」


「式典には顔を出す。後は俺がいても邪魔なだけだろう。城でトラブルに都度対応するだけだ」


「なんだか申し訳ないです……」


 私の言葉に、


「何、俺は一緒に行くような相手もいないからな。今年ようやく甥っ子に相手ができたのだから楽しんでくれればそれで十分だよ」


 と、顔の皺を深めて笑ってくれた。

 食事が終わるとパステトと二人になり部屋まで向かう。

 いよいよだ───。緊張で身体が固くなってきた。


「準備したらすぐ行くか?屋台がたくさん出るから賑やかだぞ」


 パステトの言葉に、


「あ、うん。そうだね」


 と、上ずった声を出してしまった。


「じゃあまた後で。用意が終わったら呼んでくれ」


 パステトはそう言ってそれぞれの部屋に一旦戻った。私の部屋には既にモモがスタンバイしていた。


「さ、支度しちゃうわよ。すぐに行くの?」


「うん」


「何?緊張してるの?」


 私の緊張がモモに伝わったようだった。


「まぁそうよね。わかる気がする。でも大丈夫よ。ケーキだって美味しくできてたんだから」


 モモは優しく励ましてくれる。


「うん……ありがと」


「格好だって最高にかわいくしてあげる。私がやるんだから安心しなさい」


 クローゼットを開けて出てきた服は淡いブルーのロングワンピースだった。リボンやフリルが主張しない程度についている。モモはいつもセンスのいい服を選んでくれる。本当に頼りになる従者だ。


「かわいい……!」


 思わず見惚れてしまう。


「そうでしょ?リーゼにはこの色が似合うと思うの。デートだからスカートがいいけど、たくさん歩くから靴はヒールの低いものの方がいい。この丈なら足下まで隠れるし問題無いわ」


 いろいろと考えて準備してくれたんだ。


「ありがとう……モモ」


 私が感動しているとモモは少し照れた様子で、


「さ、あんまりパステト様を待たせるわけにはいかないわ。さっさと着替えるわよ」


 と、言ってテキパキと準備を始めた。こんなにしてくれたモモのためにも今日は必ず良い日にしたい。そう改めて思った。

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