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期間限定お姫様  作者: 弓原もい
第四章
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宴の後で(リーゼ)

 ケイエ最後の夜の宴は盛大だった。パステトもセリ様もお酒を飲んで楽しそう。私はそんな雰囲気の中、笑顔を作りながらも心は重いままだった。


 セリ様と話して強い想いを収めて笑顔を見せてくれたセリ様を見て、私は嘘をついてここにいることが辛くて『私さえいなければ……』とそんなことばかり考えてしまっていた。パステトも望んだこと。それはわかっているのに、あの時大人しくフューストの使者に連れて行かれていればよかったんじゃないか、とか後悔ばかりが心に浮かぶ。パステトのことを好きだと自覚してしまったからこそ余計に辛い。苦しくて私はどうしたらいいかわからなくなってしまっていた。


 宴の後、私は部屋に戻りたくなくて弓の稽古場へ向かった。近くのベンチに腰掛ける。心は重いままだったが、外にいて風を感じていると幾分か気持ちが楽だった。

 はぁ、と私はため息をつく。昨日と今日ずっと周りには人がいて、暗い顔をしていると心配をかけてしまうので必死に笑顔を作った。疲れた───


 昨日セリ様と一緒にいる時に大泣きしてしまったので、戻ってからパステトやモモに泣いていたことがバレた。セリ様に何かされたんじゃないかと心配されたが、そんなことはまったくないのできちんと否定した。でも、何故泣いたかは言えなくて、そんな私を見てパステトやモモは心配してくれて、嬉しかったけど苦しかった。


 あれからパステトともちゃんと話せていない。パステトの態度がおかしいのは治ったけれど、今度は私が避けてしまっていた。どんな顔をしてパステトに会えばいいのかわからない。

 パステトを好きになるべきではなかった。今からでも引き返せたらいいのに、やっぱり目で追ってしまう自分もいた。


 ザクザク


 近くで足音がして、私がそちらを見るとパステトの姿が見えた。まさかここに来るとは思っていなかったので、私は驚いて固まってしまった。


「よう」


 パステトはそう声をかけて私の隣に座った。会いたくなかったはずなのにパステトに会えて嬉しい気持ちも生まれていた。

 しばらくパステトは何も言わずに前を見ていた。私も何を話したらいいかわからなくて、そのまま前を見つめていた。こうやって2人で過ごすのはたった2日ぶりなのにずいぶん久しぶりに感じる。

 どのくらい時間が経っただろうか。パステトが口を開いた。


「元気ないな」


「…そんなこと、ないよ」


 久しぶりに声を出したので掠れてしまった。


「そうは見えないけどな」


 パステトの言葉に私は再び口をつぐんだ。


「まぁいいや。無理に聞き出したいわけじゃないから。でも、俺に何かできることがあるなら言えよ」


 パステトは優しい。その優しさが今は辛かった。でも……私は口を開いた。


「パステト。セリ様に言わない?私たちの本当のこと」


「本当のことって……妃になった理由か?」


「そう」


 これ以上黙っているのは辛かった。


「何で?やっぱり昨日セリに何か言われたか?」


「そうじゃないの。でも、嘘をついているのが辛くて……」


「そんなに俺の妃でいることが辛いのか」


 パステトは普段聞かないような低くて暗い声を出した。私は慌てて、


「そういうことじゃなくて……っ」


 と、訂正したが、パステトはその声色のまま、


「セリには言わない」


 と、強く言った。


「なんで……」


「誰かに言ってしまったら綻びが生じる。セリを信用してないわけじゃないが、何処から世間にバレるかわからない。だから言わない」


 普段の優しいパステトと違う厳しい言葉と声に私は言葉を失って俯いた。わかるけど、でも───


「私がいなければパステトはセリ様と結婚してたんじゃないの?」


「は?」


 パステトはさらに怒ったような声を出した。でも、もう止められなかった。


「パステトはセリ様とお似合いだと思う」


「お前……」


「セリ様に誤解されたままでいいの?私がいなくなったらパステトは……」


「リーゼ!」


 パステトに怒鳴られて私はビクッと身体を震わせた。


「俺の人生を勝手に決めるな」


「……ごめん」


 つい言いすぎてしまった。私の目にはまた涙が滲んできた。いつの間にこんなに泣き虫になったんだろう───


「ごめん、戻るね」


 声が震えてしまった。涙が溢れない内にパステトの側を去らなければ。私は立ち上がった。


「リーゼ」


 パステトは私の手を掴んだ。優しい声に戻っていた。私はパステトに背を向けたまま立ち止まった。


「お前本当にどうした?」


 私は答えることが出来ない。セリ様の気持ちや自分の気持ちが伝わってしまうから。


「俺には言いたくない……か」


 パステトは悲しそうな声を出した。


「そういうわけじゃない」


 私は声を絞り出した。同時に涙が溢れてしまった。


「パステトに言いたくないんじゃなくて言えないの」


 声に涙が混じった。しまった、と思った次の瞬間。私は後ろからパステトに抱きしめられていた。


「何を背負ってるんだよ……」


 後ろから聞こえる声には悔しさが滲み出ていた。首にかかるパステトの息。ドキドキして苦しい。逃れたいけどずっとこのままでいたいような複雑な気持ち。初めて抱きしめられた時とは違う感情だった。


「俺のことがそんなに嫌か」


「ち…違う!それは絶対に違う」


 私は必死に否定した。苦しい。


「でも、泣いてる」


 パステトの手が私の頬に伸びて涙を拭った。


「俺のせいだろ?」


 触れられたところが熱い。私は何も答えられなかった。涙は止まらない。


「嘘をついてることが辛いのか?」


「……うん」


 嗚咽が混じった。


「……ごめん」


 パステトはギュッと私を強く抱きしめた。


「お前を助けるためだ……フューストに連れて行かれたら危ないと俺も思う」


「でも……っ」


「自分がいなければ、とか考えるな。俺は……」


 パステトはより低い声で、


「お前に出会えて、お前がいてくれてよかったよ」


 と、囁いた。色気すら感じられるその言葉に私はゾクゾクした。言葉の意味がわかると嬉しくてまた新たな涙が溢れた。


「私…何もしてないよ」


「そんなことないさ。お前は気づいていないだけだ」


 パステトは私の頭を撫でて、


「怒鳴ってごめんな」


 と、謝ってくれた。パステトは優しい。でも、この優しさに甘えてばかりではダメだ。クカに戻ったら私にできることを必死にやろう。それがみんなに嘘をついている私にできる罪滅ぼしだ。そして、いつか落ち着いたら私はクカの国を出る。弓や短剣の訓練をして自分の身は自分で守れるようにして、乗馬の練習をして自分で遠くへ行こう。パステト達にも迷惑をかけず、フューストにも追いかけられないどこかへ。


「パステト……」


 私はくるっとパステトに向き直った。


「ごめん…ね」


 私は自分からパステトに抱きついた。こんなことをしてはもっとパステトのことを好きになってしまう。ダメだ、とわかっているのにもう止められなかった。私はパステトのことが好きだ。


「リーゼ……」


 パステトも私のことを抱きしめてくれて私はパステトの胸で泣いた。今だけは許してくれるかな───

 こんなに近くにいるのにとても遠い。このまま記憶が戻らなくてずっとパステトの側にいられたらいいのに。そんなことを思った。

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