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期間限定お姫様  作者: 弓原もい
第四章
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女子トーク(モモ)

 日中の剣の稽古。セリ様とリーゼの手合わせでのリーゼの殺気は戦うことを知らない私でさえ伝わってきた。遠くにいるのに身体が竦んで動けない。リーゼの剣が飛ばされ、場が和んだ後でようやくイヴァルの顔を見ることができた。イヴァルも珍しく困惑した顔をしていて、私と目が合うと、


「こりゃ本格的にやばいやつかもな……」


 と、小声で囁いた。


 夕食を終えて私はリーゼと2人で部屋に戻ってきた。2人になんてなりたくなかったが、今日はここで寝るのだから仕方がない。イヴァルのところに行こうにもパステト様がいるから行きにくい。知らない城で外にも出られない。だから、私は仕方なくリーゼと同じ部屋で椅子に座った。


「モモとこうして同じ部屋で過ごせるなんて初めてだね」


 私の憂鬱を他所に、リーゼは嬉しそうな顔をしていた。この平和呆けしたようなリーゼなのに奥に潜むものは何なのだろうか。私は恐怖を感じていた。警戒しながら、


「そうね」


 と、適当に相槌を打った。あまり話したくない。私は手持ち無沙汰で、お腹はいっぱいなのにテーブルの上に置いてある見たこともないフルーツに手をつけた。


「セリ様って…とても素敵な方だよね」


 リーゼは私の気持ちを察することなく、会話を続けてきた。言葉とは裏腹に少し悲しそうな声色だ。


「そうね」


 私はそれに気がつきながらも、また適当に相槌を打った。


「セリ様…パステトのこと好き…なのかな」


 チラッとリーゼを見ると、悲しそうな顔をしていた。


「そうね」


 私はまた同じ相槌をしてから、


「でも、妃はリーゼなんだから気にすることないじゃない」


 と、ついフォローした。


「うん……」


 リーゼはまだ気が晴れないような顔をしている。


「パステト様はセリ様のこと何とも思ってないから。だからリーゼを選んだんだし」


「セリ様はずっとパステトのことを……?」


「そうね。パステト様は気がついてないけど」


「そうなんだ……」


 リーゼは悲しそうな顔をして俯いた。


「リーゼが気にすることじゃないって。パステト様はリーゼじゃなくてもいつか妃を迎えてた。それはセリ様じゃない。セリ様は行動を起こさなかったんだから、自業自得よ」


 なんでこんなにリーゼを励ましているんだろう、と思いながらも私はなんだか見ていられなかった。


「うん…モモ、ありがとね」


 リーゼはようやく笑顔を見せた。


「モモはこの旅でイヴァルと話せた?」


「…っ!?はぁ?なんでここでイヴァルの名前が出てくるのよ!」


 私は動揺して思わず声を荒げた。


「だってモモはイヴァルのこと好きなんでしょう?」


「なっ……」


 顔が赤くなる。「イヴァルのことが好き」と誰かに言われたのは初めてだ。否定したいのに、否定の言葉は出てこない。かと言って認めることもできない。


「お似合いだと思うよ」


 リーゼは何も答えない私を察してか、ニコニコと言葉を続けた。


「そんなこと……」


「告白とかしないの?」


「…っ!?はぁ!?」


 私はまた大声を挙げた。


「告白なんて…するわけないじゃない。絶対しないわ」


 そんなことをしたらイヴァルは私から離れてしまうから。リーゼは少し悲しそうな顔をしただけで、それ以上そのことについては何も聞かなかった。少し間が空いてから、


「イヴァルのどんなところが好きなの?」


 と、聞いてきた。


「どんなところ……」


 改めて聞かれると、どこが好きなのか言葉にするのは難しい。イヴァルの背負う過去と今の様子が気になってだんだん惹かれていった。何処が好きかと言われると───


「口は悪いけど本当は優しいところ…とか」


 口にしてから私は何を言っているのだろう、と思った。これでは私がイヴァルを好きと認めているようなものだ。


「優しい…そうなんだ」


 リーゼは少し意外そうな顔をした。それもそうだ。イヴァルはリーゼに少しも心を開いていないのだから。


「イヴァルはなかなか人に心を開かないから」


 私はまたリーゼを励ますような言葉を口にしていた。


「そうなんだ……。モモはイヴァルと長い付き合いなのよね?」


「えぇ。子供の頃、イヴァルがクカ城に来た時から」


「そう……」


 リーゼは少し寂しそうな顔をした。過去の記憶がないリーゼ。それは私が想像出来ないほど寂しく不安なことなのかもしれない。


「リーゼは?リーゼはパステト様のどんなところが好きなの?」


 私は話を逸らすためにそんなことを尋ねていた。リーゼは顔を赤らめて初々しさを感じた。


「えっと…」


 少し間が空いてから、


「強くて優しいところ」


 と、言った。


「へ~え」


 私はニヤニヤと笑った。確かにパステト様は優しくて強い。ただ、リーゼからパステト様への明らかな好意を初めて感じて、なんだか嬉しい気持ちになった。パステト様からの想いの方が強いように感じていたが、決して片想いではない。パステト様、よかったね。


「なんだか恥ずかしい…」


「先に聞いてきたのはリーゼでしょ」


「そうだけど…」


 リーゼは変わらず顔を赤らめながら、嬉しそうに笑ってこう続けた。


「でも、嬉しい。モモとこんな話ができて」


 あまりに嬉しそうに笑うので、私の方が恥ずかしくなってきて、


「そ」


 と、素っ気なく返事をした。


「こうして女の子と仲良くできて秘密の話ができるなんて、初めてなのかな」


「初めて?それが本当だとしたら今までどんな生活してきたのよ」


「そうだよね…」


 リーゼは苦笑いしてから、


「でも、なんだか新鮮な気持ちなの」


 と、続けた。


「まぁでも…」


 私も思い直して、


「私も同じようなものかも」


 と、言った。


「モモも?」


「うん。私なんて子供の頃からお城に仕えるのが決まった家で育って友達なんてできなかったし、話すとしたら年の近いパステト様かイヴァルくらいだもの。お城には男が多いし」


 女の子からは将来が決まった私のことは羨ましく、嫉ましく思えるらしい。だから、城の外で女の子と話すことはなかった。パステト様は恋愛関係は疎いし話すこともないので、イヴァルのことを誰かと話すこともない。思えば私にとってもとても新鮮なことだ。


「そうだったのね」


 そう言いながら嬉しそうに笑うリーゼを見て私は複雑な気持ちになる。出生のわからぬリーゼ。クカにとって危険な人物かもしれない。そんな人と私はこうして好きな人の話をし合っている。無邪気なリーゼを見ていると、警戒しなければならないのに心を許したくなる自分がいるのだ。この人が危険人物ではない、と思えてもくる。


「モモ?」


 私の表情が複雑なものに変わったのを感じたのか、リーゼは不思議そうな顔をして私を見ていた。私は、


「いや」


 と、首を振って、


「さ、そろそろ寝ましょ」


 と、言って立ち上がった。リーゼの出生のことは私が考えてもわからない。今はリーゼが普通の人間であることを祈って普通に暮らすしかない。

 私はリーゼの横のベットに入って、そう思うのだった。

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