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期間限定お姫様  作者: 弓原もい
第四章
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再会(パステト)

 食堂に入ると既に食事が用意されていた。肉とカナンという香味野菜が挟まれたケイエではお馴染みのサンドウィッチとお茶。これを食べるのも久しぶりだ。


 俺はセリの前の席に腰を下ろし、その横にはリーゼが座った。セリの横には臣下のハーネンが座る。確かずいぶんと昔からセリに仕えている臣下で、弓の名手だったはずだ。熱くなるタイプのセリを上手くコントロールしているできる男だ。ケイエが滞りなく政治を行えているのもこの男の力が少なからずあるはずだ。


「いただきます」


 そう言って食べ始める。向かいに座ったセリは心なしかいつもより笑顔が少ない。たまにチラチラとリーゼを気にして見ているような気がする。セリは人見知りなどしない女だと思うのだが、女相手だと違うのだろうか。


「最近はどうだ、セリ。剣の稽古は出来ているのか」


 俺が声をかけると、


「お前はいつも口を開けばそればかりだな」


 と、セリに睨まれた。


「当たり前だろう。ちゃんと毎朝稽古をしているさ」


「そうか。それは手合わせが楽しみだ」


 セリもなかなか強い剣の使い手だ。女の割にパワーがあり、何より気迫と闘志がすごい。手数も多く、一度乗せてしまうと面倒なタイプだ。クグリとはまた違うタイプなので、やり甲斐がある。


「それよりまずは話を聞かせてくれるんだろうな」


 セリはチラッとリーゼに目をやって聞いた。


「あぁ、そうだな。俺は…リーゼと婚約をした」


 やはり旧知の仲のセリに告げるのは照れくさい。少し言葉につまりながらも俺はそう言った。リーゼは食事の手を止めて会釈をする。こういうところは気の遣える女だと思う。


「ずいぶん急だな」


 セリは俺をじっと見て固い声で言った。


「あぁ。出会ってすぐに求婚した」


 自分で言っていて恥ずかしい。だが、それが事実だ。セリは、


「なっ…」


 と、言って少し狼狽えたようだった。


「何故…この女と結婚することにしたんだ。お前は女になど興味のない男だったはずだ」


「それはそうなんだが…まぁいいじゃないか」


 リーゼがいるここでまさか「一目惚れした」など言えるわけがない。俺は適当に誤魔化すことにした。


「リーゼとはサシノールで出会ったんだ」


「サシノールの貴族か?」


「いや、実は記憶を失って傷ついて倒れていたところをミュマに助けられている」


「記憶を…?」


 セリは怪訝な顔をした。


「じゃあどこの誰だかわからないのか?記憶は戻っていないのか?」


「あぁ」


「そんな女を……」


 はぁ、と気が抜けたようにセリは椅子にもたれかかった。


「スパイの可能性はないのか?クカを乗っ取ろうとするやつの陰謀の可能性は?」


 セリはリーゼをきつく睨んだ。


「セリ様、クカ国の姫に対してそのような…」


 ハーネンが口を挟むが、セリは、


「お前は黙っていろ」


 と、一蹴した。


「記憶がないのは本当だ」


「そんなこと、嘘をついているかもしれないだろ!」


 セリの語尾が強くなる。


「お前は人を信用しすぎる。一国の王になるんだぞ!?」


「大丈夫だ」


 戸惑いの表情を浮かべるリーゼを見て、俺も言葉を強める。


「リーゼが倒れていた時の状況は明確に聞いている。出生について調べさせてもいる。それに、まだ婚約者だ。世間に公表してこんなに大々的に知られれば家族が名乗り出てくるだろう。家族が名乗り出て来なくても目撃情報の一つや二つは必ずあるはずだ。何かの陰謀だったとしたら、そういう風にバレる可能性があるのだからリスクが高すぎる。だから大丈夫だ」


 まだ何か言いたげなセリの顔を俺も威圧感を出して見つめる。これ以上リーゼに悲しい思いをさせたくない。そんな俺の顔を見て、


「…そうか」


 と、セリは言って皿に目を落とした。


 その後の食事はほとんどセリは言葉を発しなかったため、ハーネンと俺たちが話すような形となった。セリが俺を心配してくれるのはわかる。だからこそ少し強く言ったことを申し訳なくも思ったが、そこは譲れないところだった。俺はセリに特に何もフォローすることもなく、食事を終えた。


 食後、リーゼに先ほどのフォローをしたかったのだが、それぞれ男女別に部屋に案内されたのでそれは叶わなかった。俺はイヴァルと相部屋に、リーゼはモモと相部屋になった。リーゼへのフォローはモモがしてくれることを祈って、俺は部屋に入った。


「すみませんね、王子。良ければ俺と姫で部屋変わりましょうか?」


 からかいの色を宿した目でイヴァルが言ってきた。


「いらねぇよ」


 俺はそれだけ言って椅子に腰掛けた。


「セリ様もいきなり攻撃してきましたねぇ。まぁ正論なんですけど」


 俺は特にイヴァルに目をくれることも反応することもなかったが、イヴァルは続けた。


「俺も正直、姫は普通じゃない人間だと思ってますから」


「…何かわかったのか?サシノールで」


 そういえば時間が取れずに報告を聞いていない。イヴァルはサシノールでリーゼの出生についての調査をしていたはずだ。イヴァルは紙を差し出してきて、俺はそれを受け取った。


「詳しくはそこに書いておきましたが、今のところ家族や目撃者が現れる様子はありませんね。得られた情報といえば、姫が倒れていた辺りの森で不審な目撃情報が多数ありました。フューストの連中の目撃情報から、何もないはずの森の中にに行商が入っていったという情報も得ました。このままケイエで情報を得られなければ、その森の調査とフューストの調査に入ろうと思います」


「そうか…もう少し待ってもサシノールから何も情報が出なければそうしてくれ」


「わかりました」


 絶対にサシノールから何か情報出てくるはずだと思っていた。それをイヴァルですら見つけられないとは。本当にリーゼはフューストの人間なのだろうか。


 コンコン


 部屋をノックする音が聞こえて、


「パステト様。セリ様が手合わせを、と申しておりますが」


 と、外からハーネンの声が聞こえてきた。


「あぁ、今行く」


 そう言って俺は立ち上がった。そこで、昨日のリーゼとの約束を思い出す。


「ハーネン」


 俺はドアを開けて、ハーネンを呼び止めた。


「はい、いかがしましたか?」


「リーゼも呼んでおいてくれ」


 俺の言葉にハーネンは何故か少し曇った顔をしたが、すぐに普通の顔に戻って、


「かしこまりました」


 と、言った。


「俺もついて行ってもいいですか?」


 背中から声が聞こえかかった。


「お前も?珍しいな」


 イヴァルは臣下でありながら武術など手合わせが好きではない。俺がどうしてもと頼むとたまに付き合ってくれるが、基本的には断られる。


「俺は見てるだけですよ。でも、たまにはパステト様の剣術を見たいと思いまして。部屋にいても暇ですし」


 イヴァルはニヤリと笑った。何か裏があるな、と思うが、別に見られて悪いことは一つもない。


「わかった。行こう」


 俺は承諾してイヴァルと共に稽古場へ向かった。

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