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期間限定お姫様  作者: 弓原もい
プロローグ
3/61

運命の出会い(リーゼ)

コンコン


「クグリ王。リーゼを連れてまいりました」


 私が部屋の前に立つと兵士が中に私の到着を告げた。

 少し慣れたサシノール城の医務室での生活。今日もいつものように歩くリハビリをしていた。記憶は変わらず戻らないが、足の痛みはほぼなくなって自然に歩くことができるようになった。そんなリハビリを終えて部屋で休んでいると城の兵士が慌ただしく部屋に入って来て『クグリ王がお呼びだ』と言って私をここへ連れてきた。医務官の困惑した様子からあまりない状況だ、ということが伝わってきて私は不安な気持ちのまま足早に歩く兵士にただ付いてきた。一国の王が記憶喪失の私に一体何の用があるというのだろうか。


「通せ」


 部屋の中から男の人の声がして、


「入りなさい」


 と、入り口の兵士は私に小声で言うとゆっくりとドアを開けた。


「失礼…します」


 私は恐る恐る中に入ると、部屋の中に3人の人がいるのが見えた。こちらを見ている茶色い髪の毛の男の人、私を呼んだというクグリ王だろうか。王、と言うからおじさんを想像していたが思っていたよりずっと若い。まだ青年、といったところか。

 その横には身に着けている華やかなドレスに負けないほど綺麗な女の人。肩につかないくらいの短い紫の髪は綺麗に整えられている。儚げなその女性は私を助けてくれたという王女様だろうか。名前は……なんて言ったっけ。心配そうな顔をして私を見ていることが気になった。


 私から背中を向けていたもう一人の人がこちらを振り向いた。黒いローブをまとったその人を見た時、私の体は硬直した。


 危険。


 初めて会うはずのその人に、私は今まで感じたことないような恐怖を感じた。嫌だ……この人と一緒にいたくない。


「こちらに」


 クグリ王に近づくように手招きされた。それでも私の足は動かない。危ない。頭の中で警報がなっているかのようだった。


「おい」


 後ろの兵士が私を促し強めに身体を押した。私は少し転びそうになりながら前へ一歩踏み出し、引き続き黒ローブの男を警戒しながらクグリ王の横まで進んだ。


「君がサシノール領とフュースト領の境界付近で倒れていたというリーゼだね?」


「……はい」


 クグリ王の問いに恐る恐る返事をする。


「名前以外に思い出したことは?」


「……ありません」


「そうか……」


 クグリ王は黒いローブの男に目を向けた。


「リーゼから魔力は感じますか?」


 黒いローブの男は私を鋭い目つきで見た。気持ちが悪くて私は思わず一歩後ずさった。


「いえ、まったく……。しかし、それでも私どもの考えは変わりません」


 私から目を離して黒いローブの男はクグリ王に告げた。私どもの考えって何───?

 クグリ王は私の方を向いて口を開いた。


「この方はサシノールの隣国、フュースト国の者だ。君をフュースト国で迎え入れたいとのことだ」


「え……」


 黒いローブの男に目を向けると、


「よろしくお願いします」


 と、私に向けてニヤっと笑った。


「いやっ……」


 私は反射的に声を上げた。気味が悪い。何故よりによってこの人に?怖い。絶対について行ってはいけない。頭の警報がさらに強くなる。記憶がないのに、フュースト国なんて聞いたこともないのに、何故こんなに怖いのだろうか。


「…リーゼ?」


 女の人が心配した顔をして私の名前を呼んだ。


「いや、嫌です……」


 私は一生懸命訴えた。


「君は記憶がないと聞いた。急に別の国へ、と言われて混乱することもわかる。しかし、サシノール国に君を置いておくわけにもいかないのだ。フュースト国では君を歓迎してくれるとのことだから安心しなさい」


 クグリ王は優しい顔をしながらも有無を言わさぬ口調で言った。


「急な話だ。今日は準備もあるだろうと思うので出発は明日の朝でいいですか?」


 クグリ王は私の返答を待たずに黒いローブの男に聞いた。私の意志など関係がないのだ。


「はい。感謝いたします、クグリ王」


 そして黒いローブの男は私に、


「では明日、あなたをフュースト国にお連れいたします」


 と、言ってまた笑った。


----------------------


危険。怖い。


 夜になっても私の頭の中の警報は鳴りやまないままだった。黒いローブの男は確かに外見から怪しい男だった。笑い方も気味が悪く恐ろしい。

 しかし、私が危険だと感じるのはその外見の恐ろしさだけではない。理由はわからないが明日黒いローブの男についていってはいけない。何か恐ろしいことが起こる。そんな気がしてならなかった。


 逃げなければ。


 窓の外は真っ暗闇。みんな寝静まった時間だ。今逃げるしかない。


 私はそう決意して医務室の窓から外へ出た。

 窓の外は中庭だ。何度か足のリハビリのために外で歩いたことがあるからわかる。

 私は身をかがめて中庭の周りをなるべく音を立てずに、かつ素早く走った。中庭を出ると左がお城の門、右にはまた庭がある。これもリハビリのための散歩で知っていた。

 私は門とは逆の庭の方に進んだ。これだけ大きなお城だ。門の方に兵士がいないわけがない。しかし、庭の奥なら人はいないだろう。

 私は息をひそめて走った。明かりのついた部屋の横を通る時は細心の注意を払った。


ここならいいか……


 私は庭の奥の塀の前に立った。手前に茂みと大きな木が1本あるので私の体を隠してくれるだろう。

 私の身長の2倍以上はある塀を見上げる。少しのくぼみを使ってここを登る。そんなことはできるのだろうか。もし登れたとして、向こう側がどうなっているかもわからない。


それでも……


 私はきゅっとこぶしを握る。このまま黙って連れて行かれるなんて嫌だ。絶対に逃げないと。


 恐怖が私を後押ししていた。私は壁に手をかけた。

 思った以上に辛い。腕の力が必要だがどうやら私は筋力があまりないらしい。腕はぷるぷると震え汗も噴き出してきた。それでも私は必死に次に手をかける場所を探しながら慎重に上った。

 どれくらい登っただろう。下を見ると思ったより登れていない。


 まだまだ……


 私は右手を次のくぼみへと伸ばした。


「誰だ!何をしている!」


 下から急に声がかかった。見つかった!?

 下を見ようとした時、伸ばしていた右手が外れた。


「わっ」


「ちょっ……」


 私はそのまままっさかさまに下に落ちた。


「きゃあ~!」


 どすん、と下に落ちた。


 いた…くない?


 私は思っていたほどの衝撃を感じていなかった。恐る恐る目を開けると私の下には大柄な男の人がいた。男の人を下敷きにしてしまっていたのだ。


「わっ!」


 私は慌ててその場を離れた。


「大丈夫か?」


 男の人は何事もなかったかのように立ち上がった。体格通りの丈夫な人なのだろうか。私よりもずっと背が高い。この国の兵士のような鎧は着ておらずガウンを羽織ったラフな格好だ。


「はい……」


 そう答えて私は今の状況を思い出した。逃げようとしていたところを見つかってしまったのだ。


「あの、ごめんなさい。私……」


「この城の者じゃないな」


 男の人は私を見て言った。私がこくり、と頷くと男の人はふぅ、とため息をついて、


「幸い、俺もこの城の者じゃない」


 と、言った。


「え?じゃああなた……泥棒?」


 私は考えをを巡らせて言った。


「え?」


 少し間があって、男の人は大笑いし始めた。


「あははははは、そんなわけないだろ」


 そう言いながらこんな夜中に大笑いしている。


「ちょっと、そんなに大声出さないで。見つかっちゃうでしょ」


 私は焦って言った。


「そうだったな、ごめんごめん」


 少し小さな声になった男の人は、ようやく笑いを納めて続けた。


「で、お前はここで何をしてるわけ?こんな夜中に塀を登って…訓練、とかいうわけではないよな?」


 私は少し躊躇ってから正直に話すことにした。この男の人がどんな人かもわからない。でも、どうしても今はここを切り抜けて逃げなくてはならないのだ。


「私、今日中にここから逃げないとダメなの。だからお願い、見逃して」


「逃げる、ねぇ………」


 男の人は上を見上げた。


「この塀を超えるの、相当大変だと思うぞ。しかもこの先、川だし」


「そ、そうなの……」


 ここからじゃ逃げられない。そう知ると私に再び恐怖が襲ってきた。


「じゃあどこからならこのお城を抜け出せるかわかる?どうしても逃げ出さないといけないの」


「ん~……」


 男の人はしばらく考えて、


「なんでそんなにここから逃げたいわけ?」


 と、聞いてきた。


「あのね、私、記憶喪失なの。覚えているのは名前だけ。だから明日の朝、知らない国に連れて行かれるらしいの。連れていく人が黒いローブを着た男で、その人を見たら…信じてもらえないかもしれないけど、危険だって思ったの。見た目もおかしかったけど、そうじゃなくても……。記憶をなくす前の私が、ついていったらダメだ!って言ってる気がするの。だから逃げないといけないの」


 私は一生懸命に説明した。この何者かもわからない男の人しか頼れる人はいない。少しの可能性でもどうにかしてここを出なければならない。


「めちゃくちゃな理由だな」


 案の定、男の人は言った。


「でも……」


 男の人は真剣な顔になって私を見た。


「そんなに危険だと思うのか?どうしてもその黒いローブの男とは一緒に行きたくないと?」


 私はこくり、と頷く。


「記憶喪失ってことはここを出て行くあてもないんだろ?路頭に迷うかもしれねぇ。どんな変な仕事をすることになるかも食うに困るかもしれねぇ。黒いローブの男について行けば衣食住はどうにかなるだろ。それでもここを出たいと?」


 私はまた迷わずに、こくり、と頷いた。じっと私を見てからふぅ、と男の人は一息ついて私から目を逸らした。私は男の人を見続ける。どうか、どうにかここを出たい………!


「わかった、俺がどうにかしよう」


 男の人は再び私を見て言った。


「本当!?」


「あぁ、でも今日はもう遅い。明日、俺が必ず迎えに行くから信じて今日は部屋に戻れ」


 男の人は真剣な顔だ。この人を信じていいのだろうか。明日来てくれなかったら私は……。


「本当に?信じていいの?」


「あぁ。どの道、お前は今日の夜にはここから出られない。そんなに甘い警備じゃねぇよ、ここは」


「じゃあ明日どうやって逃げるの?」


 男の人はふっと得意げに笑って、


「心配すんな。正々堂々と正面からここを出ようぜ」


 と、言って私の頭をぽんぽん、と優しく叩いた。


「……わかった、信じる」


もうこの人を信じるしかない。確かにこのお城を出るのは私の力では難しいかもしれない。


「さ、じゃあ戻るか。送るぞ」


 そう言って男の人は立ち上がった。


「どこから来た?医務室か?」


「うん」


「わかった、じゃあ行こう」


 男の人は先に歩き始めたので私は慌ててついて歩いた。この男の人は何者なんだろう……。信じて裏切られるかもしれない。でも、信じられるようなそんな目をしている気がした。


 行きにかかった時間より遥かに早く部屋の前に着いた。不思議と誰にも出会わなかった。人のいない道を知っているのかもしれない。


「よっと」


 男の人は私を持ち上げて窓から部屋に入れてくれた。


「それじゃあ、また明日な。明日は大変な1日になるんだからゆっくり休んでおけよ」


 光に当たった男の人をはじめて見た。綺麗な短髪の赤髪。がっしりした体格の青年だ。


「あ、そうだ。お前、名前は?名前だけは覚えてるって言ってたよな?」


 去ろうとして一度背を向けた男の人は振り返って私に聞いた。


「あ…私、リーゼ」


 答えると、ふっと笑って、


「俺はパステト。おやすみ、リーゼ」


 そう言ってパステトは右手をひらひらさせながら去っていった。変な人。でも、温かい人。私はしばらくその背中を見つめてから窓を閉めてベットに入った。


----------------------


「出発の時間だ。こっちへ」


 翌朝、兵士が私を呼びに来た。私は頷いて立ち上がった。パステトは迎えに来てくれると言ったが今になってもまだ現れない。本当に来てくれるのだろうか。私は不安な気持ちを抱えながらも兵士について部屋を出た。

 兵士は私を城の入り口まで連れてきた。


「ここでしばらく待て」


 私は頷いて下を向いた。怖い。早く…パステト……。


「待たせたね」


 はっと顔を上げると、現れたのはクグリ王だった。後ろに昨日の女の人と黒いローブの男もいる。


「それではクグリ王」


 黒いローブの男はクグリ王に一礼すると私に向き直った。


「それでは参りましょう。外に馬車を待たせてあります」


恐怖で足がすくむ。嫌だ…助けて、パステト……!


「お待ちいただけますでしょうか」


 はっと声がした方を見るとパステトが歩いてきた。立派な鎧に赤いマントを羽織っている。来てくれた……!


「パステト!?」


 クグリ王がパステトに反応する。クグリ王の知り合い?パステトが来てくれた安心と困惑で複雑な表情をする私にパステトはニヤッと笑いかけ、黒いローブの男の前に立った。


「この女、リーゼを私に譲ってくださらぬか」


「なっ…!?」


「何を言うんだパステト!」


 クグリ王が割って入る。


「リーゼをフュースト国に連れていく直前にこのような無礼をお許しいただきたい。クグリ、俺はリーゼをクカに連れて帰り妃として迎えたいと考えている」


「な…本当か、パステト」


「あぁ、昨夜リーゼと会い俺の心は決まった。聞けばサシノール領とフュースト領の境界付近で魔法による爆発が起こり、それにリーゼが関係している可能性があることからフュースト国に連れていくことになったと」


「はい……」


黒いローブの男は明らかに動揺した様子で答えた。


「しかし、リーゼは何も覚えていない、記憶喪失であるそうではないか。魔力が感じられないと使者様はおっしゃっておりますし関係している可能性は低いと考えているが、万一関係していたとしても覚えていないのでは話にならぬ。それならば私にお譲りいただきたい」


 パステトは有無を言わさぬ力強さで言った。


「し、しかし、万一関係していた場合、クカ国が危険にさらされる可能性がございます。それに、どこの誰ともわからぬ女性をパステト王子の妃になど……」


 黒いローブの男は食い下がった。


「私がどのような女性を妃に迎えるかは私が決める。それに、もし我が国が危険な目に合うとしても、それは我が国で対処する。その場合、貴国にご迷惑をかけることは一切いたしません」


 毅然とした態度で黒いローブの男にそう言うとクグリ王に向き直った。


「クグリ、サシノールとしてはリーゼをどちらの国に渡したいのだ?」


 クグリ王はふぅ、とため息をついて、


「そうだな……。フュースト国には大変申し訳ないが、クカ国の妃となる方をフュースト国にお渡しすることは難しい。ここは引いてくださらぬか」


「…かしこまりました」


 黒いローブの男は下を向いて唇を噛みしめた。


「よし、それでは私はリーゼを連れて城に帰る。フューストの使者様、感謝する。クグリ、また来月な」


 パステトはそう宣言して私の方に近づいてきた。私は、というと目の前で起こるこの状況についていけない。パステトは王様?私がパステトの妃……?


「リーゼ、行くぞ」


 パステトはそう言うとさっさと歩いていってしまう。私は慌ててクグリ王に一礼するとパステトを追いかけて走りはじめた。

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