変化(リーゼ)
公園の入り口でクグリ様とミュマ様に再び合流した時、何かいいことがあったんだということがわかった。2人の雰囲気が柔らかく、とても幸せそうな顔をしていたからだ。私はホッとしてとても嬉しい気持ちになった。パステトもなんだか嬉しそうで、本当にクグリ様と仲が良いんだなぁと思った。
そのまま帰って私たちは夕食を食べた。サシノールで出てくる食事はクカのものと少し違う。味はどちらも美味しいのだが、サシノールの食事はなんだか豪華で華やかだ。サシノールは食料をクカからも輸入しているのだが、主な収入源である武器の製造でお金があるのだろう。お城も豪華だしクカとは違う豊かさがあるのだと思った。
夕食では珍しくパステトとクグリ様はお酒を飲んだ。クカでもパステトがお酒を飲んだところは見たことがない。2人ともいつもより楽しそうに話していたが、クグリ様の方がお酒を飲んでもあまり変わらないようだった。パステトも顔色は変わらないが、普段より上機嫌なようだった。
食事を終えて私たちは部屋に戻った。
「はぁ~」
パステトは大きな息を吐いてベッドに横になった。
「大丈夫?」
私は少し心配して、パステトについてベッドに座った。
「あぁ、大丈夫だよ。腹がいっぱいになっただけ」
パステトはそう言うと寝転がりながら私を見上げた。このアングル、新鮮だ。
「クグリ様とミュマ様、ゆっくりお話できたみたいで良かったね」
私も言葉にパステトは微笑んで、
「そうだな。まったく、お前はお節介なやつだな。クグリみたいだよ」
と、言った。
「だって、放っておけないよ」
「今回はいいけど、お節介が過ぎるとお前が苦労するぞ」
パステトは優しく笑っている。なんだかいつもより優しい顔を見ていると少し照れ臭くて、私はパステトに背を向けて座り直した。
「大丈夫だよ。無理はしないよ」
「本当か?何かあったら俺に言えよ」
「うん。でも、パステトも何かあったら言ってね。私にできることがあったらやりたいから」
「そういうところがお節介だって言ってるんだよ」
パステトはそう言って笑った。
「クカの姫になってまだ少ししか経ってないけど、王族って孤独だなって思うの」
「…孤独?」
パステトの声に少し心配の色が宿っているのを感じて、
「あ、いや私が孤独で寂しいとかじゃないんだよ!」
と、慌てて否定してから、
「私がクカに始めて来た時に叔父上様が「王族は孤独だ」って言ったの覚えてる?」
と、問いかけた。
「あぁ…そういえばそんなことを言ってたような気も…」
「初めは全然わからなかったんだけど少し生活してみて、あとパステトやクグリ様、ミュマ様を見ていてわかる気がするの。王族って対等の立場の人が少ないでしょう?周りに人はたくさんいるのに、心を許して話せる人が少ない。それってとても孤独だと思うの」
パステトからは何も返事がなく、少し考えているようだった。
「パステトにはクグリ様という心を許せる相手がいるけど、それでもずっと側にいられるわけじゃない。だからせめて私には、いつも側にいる私には頼ってほしいし何かできるならしたい。私にはわからないことも多いし出来ないことも多いけど、聞くことならできるし何かできることだってあるかもしれないから」
「そうか…ありがとな」
パステトからは優しく嬉しそうな声が返ってきた。生まれた時から王族のパステトは孤独を意識したことはないかもしれない。でも、気がつかないうちに溜まっているものもあるだろう。それを期間限定の姫であっても少し軽減してあげることができたら。そう思った。
「…なんでもしてくれるの?」
「え?…うん、私にできることなら。何か悩みでもあるの?」
パステトの声色が真面目なものに変わったので、私は居住まいを正した。私ができることはしたい。パステトを助けていきたい。
「…っ!?」
その時、私の背中に衝撃が走って私は驚いて固まってしまった。パステトの体重が少し私にかかる。お酒を飲んで温かい体温が背中から伝わってくる。
「ちょっとこのままでいさせて」
耳元でパステトの声が聞こえて、私は無言のままコクコクと頷いた。
───私は背後からパステトに抱きしめられていた。
私は男性にこうして抱きしめられたのは初めてなんじゃないかと思う。パステトに包まれている様で安心もするが、身体が固くなってドキドキもしている。パステトの匂いが私を包む。耳元でパステトの吐息がかかるようでゾクゾクもする。
私の肩にパステトの頭が乗って、ギュッと抱きしめ直された。確かに私とパステトは婚約した。そんな私たちが部屋で2人きり。何か起こってもおかしくはない。でも、パステトは私のことを好きではない。それなのに何故こんなこと───
頭の中がぐるぐるしてきた。そんな私を他所にパステトは、
「リーゼ…」
と、私の名前を呼んだ。聞いたことのないくらい優しくて、そして切なそうな声だった。
「…何?」
私は辛うじて返事をしたが、声が掠れてうわずってしまった。動揺しているのがバレバレだ。恥ずかしくて私の顔が赤くなるのを感じた。しばらくパステトからの返事がなくて、私はすぐ横にあるパステトの顔をチラッと見た。でも、近すぎて何も見えない。パステトはそのままの体勢で、
「…何でもない」
と、言って私から離れた。パステトはそのままベッドに倒れこんで、私から背を向けて、
「ありがと。おやすみ」
と、言った。私は呆然とパステトの背中を見る。なんだったんだろう───
まだ私はドキドキしていた。パステトに抱きしめられていた背中が熱くて、まだ感触も残っている。
そのままパステトの背中を見つめていると、程なくして規則正しい寝息を立て始めた。ふぅ、と小さく息を吐いて私は自分の手元に目線を落とした。
本当になんだったんだろう。酔っ払っていたから?昼間にご両親の話をして少し寂しくなったから?
私はパステトの背中に無言で問いかける。どうしてあんなに優しく抱きしめたの───?
その夜、私は隣で眠るパステトを意識して、いろんな考えがぐるぐる巡ってほとんど眠れなかった。




