初めてのデート(ミュマ)
パステト王とリーゼが先に行ってしまったのを見送って、私とクグリ様もゆっくりとサシノール公園を歩いていた。私は昔からサシノール公園が大好きで、時間ができるとよく足を運んでいた。そんな場所にまさかクグリ様と来ることができるなんて───
私はクグリ様を気にしつつも色とりどりの花を見てとても幸せな気分になっていた。そもそも私がクグリ様とこうして2人でサシノール城下に行くのは初めてのことだった。他国へ挨拶へ行ったり視察でサシノールの地方の村に行くことなどはあったが、城下を巡るのは初めてだ。いつも2人で夜の時間を過ごしているのに、何をお話したらいいかとそわそわしてしまう。
「ミュマと2人でどこかへ出かけるなんて久しぶりのことだね」
話しかけてくださったクグリ様が私が思っていたことと同じことを口にされたので、私は動揺して少し顔を赤くした。返答も、
「そうですね」
と、いう話の広がらないものしかできなかった。そんな私を全然気にしなかったかのように、
「僕はここへ来たのも久しぶりだよ。サシノールの大切な観光地だというのにね」
と、続けた。
「クグリ様はお忙しくていらっしゃいますから」
クグリ様は本当に忙しい。こんな大国の王なのだから仕方がない。
「それは言い訳にしかならないよ」
クグリ様は少し悲しそうな顔をして言った後、
「ミュマにも不自由をさせるね」
と、気遣いの言葉をくださった。クグリ様は本当にお優しいお方だ。私はそんなことを言わせてしまったことに申し訳なくて、
「いえ、私は…不自由などございません」
と、言って目を伏せた。本当はもっとクグリ様と一緒にいたい。こうして外へ出かけたりしたい。でも、そんなことは口が裂けても言えない。
「ミュマ…」
クグリ様は私の少し前を歩きながら、
「今日ね、パステトに説教されたよ」
と、突然別の話題を振ってきた。
「説教…ですか?」
パステト様はクグリ様と仲が良いが、どちらかと言うとクグリ様の方がアドバイスしていることが多いような気がする。
「そう。素直になれ、と言われたよ」
「素直に…ですか」
私はクグリ様の言葉を繰り返す。あまりピンとこない。
「僕は確かに昔から自分の気持ちを口にするタイプではない。こう言ったら言葉は悪いが、パステトやセリのように強欲でもない。王にはあまり向いていない性格だよね」
クグリ様は苦笑する。こうしてクグリ様から明確に弱さを聞くのは初めてのことだった。本当なら励ましたりするべきなんだろうが、私はただ黙ってクグリ様の次の言葉を待った。
「それは恋愛に関してもそうでね。特に経験もないし、誰かに教えてもらえるものでもない。友達と呼べる人がほとんどいない中で生きてきたのだからコミュニケーション能力もない」
「そんな…」
私は思わず声を上げる。クグリ様は私を大切にして下さっていると思う。
「いや、でももっと上手くできれば、ミュマももっと幸せにしてあげられるはずだ。それは申し訳なく思っている」
「そんな…とんでもございません!」
私は少し強めに否定した。
「でも…ミュマはそんな僕と少し似ていると思うんだ。失礼なことを言ったら申し訳ないんだが、いつも遠慮して素直になれない。違うかい?」
私がクグリ様に素直に───?考えたこともないことだった。私が返答を迷っていると、
「いつも、と言いたいところだけど、とりあえず今日だけは僕に君の素直な言葉を聞かせてくれないか?」
と、クグリ様は優しく声をかけてくださった。本当になんて優しい方なのだろうか。私はトクンと胸が高鳴ってクグリ様を見つめた。
クグリ様に素直になるなど考えたこともなかった。でも、クグリ様は真っ直ぐ私を見つめてくれる。私は思い切って口を開いた。
「私は…自分が素直になることなど許されない環境で育ってきました。私は家のためにクグリ様、それが無理なら他の貴族の方に嫁ぐために育てられました。なので、自分の意見を言うなど到底…」
私は目を伏せた。
「そうか…そうだよね」
優しい声色に顔を上げると、クグリ様は少し上を向いて気持ちの良さそうな顔をしていた。風を気持ち良さそうに浴びて、周りの木々の青さが相まってキラキラと眩しく見えた。
「でも、僕はやっぱりもうちょっとミュマに本音を話して欲しいと思うよ。普段から、ね」
「クグリ様…」
クグリ様は私を振り返って見た。
「ご両親の教えもあると思うけれど、僕は君に僕の言いなりになって欲しいわけじゃない。ミュマのワガママを聞いて振り回されて良いくらいだ」
「そ…そんなこと…」
そんな恐れ多い。でも、私の心には幸せな気持ちがじんわりと広がっていた。
「僕ももう少しワガママにならないといけないよね」
そう言って、クグリ様は真剣な表情をした。
「ミュマ。僕は君に伝えておきたいことがある」
改まった言い方に、私も息を飲んでクグリ様の目をじっと見つめた。
「君にとっては負担になるかもしれないけれど…」
クグリ様は一呼吸置いて、
「僕はミュマ以外の妃を迎えるつもりはないんだ」
と、言った。
「えっ…!?」
予想外の言葉だった。
「子供に対するプレッシャーで君のことを苦しめてしまうと思う。でも、僕は子供が出来なければ養子を迎えればいいと思っているし、そこまで急いでもないんだ。まだまだくたばるつもりはないからね」
クグリ様はそう言って笑った。
「な…何故…?何故クグリ様は他の妃を…」
クグリ様は少し困った顔で、
「さっきも言ったけれど、僕は決して器用な人間でもないし、強欲でもない。恋愛に関しても疎い。だから、そんなに何人もの女性を同時に愛することなんてできないよ」
と、言った。
「クグリ様…」
私は思わず涙ぐんだ。クグリ様からそんなお言葉をいただけると思っていなかった。それに「愛」だなんて……。
「君には酷なことを言っていると思う。望まぬ結婚をしたのに───」
「そんな!」
私は慌てて否定した。クグリ様に誤解されている。
「た…確かに私は家のためにクグリ様の妃になりましたが、決して望まぬ結婚などでは…。私はクグリ様に出会って、大切にしていただいて幸せなのです。クグリ様のことも…その…」
私は恥ずかしくなって顔が赤くなるのがわかった。でも、今ここで伝えなければ。
「お慕い…しておりますから…」
私は思い切って言った。しばらく反応のないクグリ様を見ると、とても驚いた顔をしていた。目が合うと、クグリ様も少し顔を赤くして今まで見た中で一番嬉しそうな笑顔で笑った。
「本当にパステトの言った通りだったな」
クグリ様はそう言って、私に近づいてぎゅっと抱きしめてくれた。そして、とても優しい声で、
「ミュマ…愛しているよ」
と、言った。ここまですごく遠回りをした。一緒にいながらお互いの気持ちがまったくわからなかった。でも、今やっと通じ合った。これからは何かが変わる気がする。そんな予感がした。




