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期間限定お姫様  作者: 弓原もい
第三章
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男同士の会話(パステト)

「ふぅ、ちょっと休憩しようか」


クグリの言葉で俺たちは床に並んで腰を下ろした。手合わせは今日も俺の方が優勢だが、気をぬくとクグリがすぐに攻めてくる。やっぱりクグリとの手合わせは面白い、と俺は満足感に浸りながらタオルで汗を拭いた。


「ねぇパステト。今聞いておきたいんだけど…」


「ん?なんだ?」


 この訓練所には俺たち2人しかいない。いつも公で話せない話はここですることにしていた。


「リーゼには自分の気持ち、伝えた?」


「なっ……」


 俺はクグリの突然の問いに目を白黒させた。


「伝えずに適当なこと言ってとりあえず婚約者にしたんじゃないの?」


 クグリは基本的には鈍いやつなのに、俺のことになると時々ものすごい核心を突いてくることがある。俺はどう誤魔化そうか頭を働かせるがクグリの目を見ると嘘をついても無駄だ、と思う。観念して、


「あぁ…」


 と、呻き声に近い肯定の言葉を発した。


「やっぱり…」


 クグリは、はぁと大きなため息をついた。


「パステトがあんなに積極的に自分の気持ちを伝えるわけがない、と思ったよ。どうせ恥ずかしいから適当に誤魔化したんだろうと思った」


「悪かったな…」


 俺はバツが悪くなって顔を拭くふりをして隠した。


「このままリーゼで記憶が戻ったら婚約解消するつもり?」


 俺は何とも答えられずにそのままガシガシと顔を拭く。


「婚約解消、ってなったらリーゼの世間からの印象も悪くなるよ?」


「わかってるよ…んなことは……」


 タオルを顔から離して答えた。


「だったら早く気持ちを伝えたら?」


「いや…そんなことはできねぇよ。ズルいだろ、そんなの」


 俺は膝に顔を埋めた。


「あいつは俺のことなんて何とも思ってねぇしな…」


「じゃあ婚約解消する、と?」


「あぁ…その時は俺が悪者になってあいつの印象が悪くならないようにするよ」


「パステト…」


 クグリは横で小さなため息をついた。


「君がそのつもりなら僕は止めないけど、後悔するよ」


 そんなことはわかってる。初めから覚悟の上だ。でも、俺は何も口には出さなかった。


「リーゼには何処で出会ったの?」


「…裏庭だ。フューストに連れて行かれる予定日の前日、壁に登って逃げ出そうとしてた」


「それはまた無謀な……」


「あぁ。でもあいつは必死だったよ」


「そうか…」


 あの時のリーゼを思い出す。身体は細くてひ弱そうなのに必死に壁に登っていた。そして、上から落ちてきたリーゼを見て「綺麗だ」と思ったのだった。


「一目惚れ?」


 笑顔で聞いてきたクグリに、


「あぁ…」


 と、素直に答えた。自分の本音を晒すのはクグリだけだ。


「今まで会った女とまったく違うと思った。ひ弱なのに意思が強くて。連れて帰ってますます…」


 その後の言葉は言わなかった。言ってしまっては抑えられないと思った。


「そうか。クカではどんな様子?」


「姫なんだからただ部屋で茶でも飲んでればいいのに、クカのことが知りたいと言って本を読んだり城下へ出たり…。普段はオドオドしてるかと思えば人の前に立つと誰もが聞き入る堂々とした話をする。本当に不思議なやつだ」


「うん…あんまりいないタイプの女の子だね」


「あぁ。あいつは一体今までどんな暮らしを…」


 知りたいと思う。でも、知ってしまった時は別れの時だ。早く思い出せばいいと思うのにそうならないでほしいと願う自分もいた。


「パステトがリーゼのこと妃にしないつもりでも、僕はリーゼと結ばれることを応援するよ。できることは少ないけどやっぱりパステトには幸せになってほしいからね」


「そうだ、お前…!」


 俺はさっきのことを思い出して顔を上げる。クグリは今日、リーゼと俺を一緒の部屋にすると言ったのだ。


「お前そこまで気がついてて…」


「じゃあ部屋を別々にする?もう城の者は準備しているから今変えるとなると不思議に思われるだろうけどね」


「お前…っ!」


 涼しい笑顔を浮かべるクグリを睨みつける。


「好きになってもらうように努力することは悪いことじゃないよ。偽りの婚約者だったとしても身体を重ねることくらい別に…」


「そんなことできるかよ…っ」


 俺は顔に熱が集まるのを感じてまた膝に顔を埋めた。


「まぁそれでも夜一緒にいて何かが変わればな、と思ってるよ」


 クグリは明るい声で言った。


「まぁ…僕も人にはお節介焼くけど、自分のことは全然ダメなんだけどね」


「ミュマか?」


 俺は顔を上げた。


「うん、まぁ特段問題もないんだけどね。でも、未だに進展もしていないよ。夜は一緒に過ごしても心の距離はなかなか縮まらないね」


 クグリは困ったように笑った。


「僕もミュマに愛されていないのかもしれないね」


「そうかな…」


 俺はミュマの様子を思い出してみるけれどそういう恋愛沙汰には疎く、どう思っているかなんてサッパリわからない。


「聞いてみたらどうだ?」


「君は人のことになると途端に大胆なことを言うんだね」


 クグリに苦笑いされた。


「あんな出会い方をしたのだから、好きになってもらおうなんて望むのはいけないことのような気がしてね。…僕もパステトと同じだね」


 クグリと顔を見合わせて笑ってから、


「でも、僕には時間があるけどパステトには時間がない。後悔しないようにしなよ」


 と、また釘を刺されるのだった。

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