閑話 晴天の霹靂(セリ)
「セリ様。クカ国王子パステト様より書簡です」
私がいつものように執務室で要望書に目を通していると臣下のハーネンが私にそう告げた。
「パステトから?」
私の声はつい上ずった。咳払いをして何事もなかったような顔をして書簡を受け取る。パステトから書簡とは珍しい。何の用なのだろうか。高鳴る胸を抑えつつ書簡を開き内容を確認すると私の顔は凍りついた。
「なっ……」
さっきの胸の高鳴りはどこへやら私の胸は嫌な音を立ててドクンドクンと心音を刻んだ。
「…セリ様?」
只ならぬ気配を感じたのかハーネンが心配そうな顔をしてこちらを見ていた。私は震える手で書簡をハーネンに投げつけた。それをしっかり受け取り内容を確認したハーネンもまた驚きの表情を見せた。
「これは…」
「ハーネン。馬を出せ」
私は立ち上がった。
「クカへ行くぞ」
「…!?セリ様!?」
ハーネンは驚き狼狽えた。
「馬を出せと言っている!」
私はそんなハーネンを怒鳴りつけた。
「今すぐだ!」
「なりません!」
ハーネンも負けじと強く反論してきた。
「明日も明後日も予定が入っております!クカ国も今は慌ただしい時。例えセリ様でも…」
「それでも!」
私も必死だ。
「なりません!私情で国を空ける気ですか!?」
ハーネンの強い言葉にハッと我に返る。そうだ…私は……
力なく椅子に座る。ハーネンは安心したような顔をして、
「ケイエにもすぐに来てくれるようですから」
と、子供をあやすように言った。
「あぁ……」
それでも私の頭はパステトのことでいっぱいだ。何故、あのパステトが何故……。ぐるぐるとそればかりが頭を巡る。ふいに熱いものが目に込み上げるのを感じた。私は俯いて、
「外せ」
と、だけ言った。少し声が震えたかもしれない。ハーネンは、
「失礼します」
と、言ってすぐに出て行った。顔を上げて誰もいないのを確認した時には既に視界が滲んでいた。
「うっ……」
机に突っ伏して嗚咽を堪えて涙を流した。
「パステト…なんで……」
パステトが私のことを恋愛対象として見ていないのは知っていた。でも、それと同時に結婚にも興味がないようだったので私はすっかり安心していたんだ。それなのに───
「いきなり…婚約なんて」
涙が止まらない。ずっと好きだった。
子供の時からクカ国とケイエ国の跡継ぎとして顔を合わせる機会が多かった。パステトは昔から剣術が好きで強くなるために努力してきた人だ。それに負けないように稽古の相手として不足のないように私も必死に剣術をを磨いた。会う度に剣を交え「強いな」と言われるのが何よりの楽しみでその為に頑張った。
ケイエは強い者が国を治める国。そんな国に育った私が強くて優しいパステトに惹かれない訳がなかった。でも、お互い国を背負う者。パステトが私の気持ちに全く気がついていないのも気がついていたがアプローチもできなくて、いつか、いつかと思い続けてきて今に至っている。もっと早く気持ちを伝えていれば良かった。今となってはそれも叶わない。
パステトはどんな女を選んだんだろうか。クグリが選んだような貴族の女は嫌だと常々言っていた。それなら剣の腕が立つ者だろうか。いったい───
私は涙を拭って前を向いた。近いうちにパステトがケイエにやってくる。その時に妃も見ることができるのだろう。国として、王女としては祝福すべきだ。でも、私は……
拳を固く握る。パステトが本当にその女を好きかどうか見定めてやる。その女がどんな女かも。それでもし綻びがあるようなら───
私は固く決意するのだった。




