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期間限定お姫様  作者: 弓原もい
第二章
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孤独の実感(リーゼ)

 少し遅いお昼を食べてから私達はお城へ戻った。私はそのまま「本を読むから」と、告げて一人で自室に戻った。疲れもあったがイヴァルの態度に少し傷ついたからだった。

 すべての人が私を受け入れてくれるとは思っていなかった。大切な主が突然連れ帰ってきた姫が出生もわからない女。それは私がイヴァルの立場でも主の安全を第一に考えて警戒するだろう。当たり前のことだった。それでも、面と向かって悪意を示されたのは初めてで、それは覚悟していてもやはり傷つくものだ。

 4日後に控えたお披露目。私を見て国民はどう思うのだろうか。今日会った店主達だってあんなによくしてくれたけれど次はそうとは限らない。

 それに、私の記憶はいつ戻るのだろう。今の所戻る気配がない。イヴァルも勘付いていたようだが私はあまりに世間知らずすぎる。一体今までどんな暮らしを……

 いろいろ考えると気持ちはどんどん沈むばかり。強くならなければいけないのにどうしても私の気持ちは重いままだった。

 夕食も断り夜まで部屋に篭った。一度モモが様子を見に来たが、何か言うか迷ってそのまま出て行ってしまった。

 夜になって今日買ってきた買い物袋を見る。買ってきたままで手をつけずにいた。このままじゃ店主さん達に申し訳ない。私はそう思って袋を手にした。

 朝一番に買ったブエルが目に入った。「日持ちしないから」と言った店主の顔が浮かぶ。何も食べていないから食べよう、と思うが一人で食べるには量が多かった。

 ───パステトいるかな。

 窓の方を見る。「俺が鈴の音に気がついたら、またいつでも相手してやるから」そうパステトは言ってくれた。あれからまだ一度もベランダに出ていない。私はゆっくりと窓に近づきベランダに出た。チリンと鈴が鳴る。パステトの部屋を見ると明かりは点いているようだった。程なくしてパステトの部屋からもチリンと鈴が鳴った。


「よう」


 パステトが顔を出して笑った。それを見て私はなんだかすごく安心して久しぶりに微笑んだ。

 パステトはすぐに私を部屋の中へ招き入れてくれた。テーブルには書類が広がっていた。


「ごめんね。お仕事中だった?」


「いや、構わない」


 パステトはそう言うと書類を手早く片付けた。


「座れよ」


 私はパステトに促されて前と同じ椅子に座った。


「…あ、そうだ。これ」


 私は持っていた袋をテーブルに置いた。パステトは中を見ると、


「ブエルか」


 と、嬉しそうに笑った。


「一緒に食べないかな、と思って」


「おう、ありがとな」


 パステトにブエルの実を取って躊躇いなく口に入れた。


「うん、美味いな」


「ブエル好き?」


「あぁ、昔からよく食べてるしな」


「そっか」


 私も一つ実を手に取って口に入れた。爽やかな酸味が広がる。


「…美味しい」


 パステトはそんな私を嬉しそうに見つめていた。


「今年はこれでも実が小さいんだね」


「そうなのか?」


「うん、お店の店主さんが教えてくれたの」


「そうか。城下はどうだった?」


「うん、とっても良かったわ。お店の人達もみんな親切にしてくれて活気があって……」


「そうか」


 パステトは本当に嬉しそうに笑う。自分の国を心から愛しているのだということが伝わってきた。


「でも、何か嫌なこともあったか?」


「え?」


 私はパステトの突然の問いに驚いた。


「いつもより元気がない」


 気がついていたんだ。私は俯いて言葉を探した。イヴァルのことは言えない。パステトの信頼する大切な臣下なのだから。


「なんか…ね。街に出て自分の無知を思い知ったの。私、知らないことばかりで。どんな生活してきたんだろう、と思うと不安で……」


 目の前から大きくて温かい手が伸びてきて私の頭を優しく撫でた。


「知らなくたっていいだろ。お前は今知ろうとしてるんだから」


「パステト…」


「不安なのはわかるが考えても仕方ない。いつか思い出す時が来るさ」


「うん……」


 こうしてよしよしされていると落ち着く。なんだか子供みたいだ。そういえば私、年はいくつなんだろうか。


「パステトは不安じゃないの?私、どんな人かもわからないのに」


 パステトはふっと笑って、


「怖がることなんてない。リーゼはリーゼだろ」


 と、言った。私が腑に落ちない顔をしていると、


「記憶を失くしたからと言って、性格まで変わることはないだろ」


 と、優しく付け加えた。


「でも、記憶が戻るかもわからない…」


「なんだ?今日はやけに暗いんだな」


 パステトはまた笑って、


「大丈夫だよ。もし記憶が戻らなかったらずっとここにいればいい」


「ずっと?」


「あ…いや、まぁこの関係をどうするかはまた考えればいいし…」


 パステトは少し慌てたように頭をかいた。


「きょう城下へ行ってわかったろ?クカの民は優しい。お前のことも受け入れてくれるさ」


「うん…そうだよね」


 パステトの優しさが身にしみる。こうやって私の本心をさらけ出して相談できる。それはすべてを知っていて対等な立場であるパステトにしか出来ないと思った。

 初めてクカの城に来た時のグニエラ王の言葉を思い出す。「城と言うのは周りから見えているより遥かに孤独だ」今ならわかる。王族は華やかなようで孤独だ。パステトだって今までずっと……。


「ん?」


 何も喋らずじっと見つめる私をパステトは不思議そうな顔で見返してきた。


「私、頑張るね。早く慣れてパステトを助けられるように」


 パステトは驚いた顔をしてから、


「あぁ」


 と、今日一番の笑顔を見せた。

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