ワガママお姫様(リーゼ)
朝ごはんを叔父上様と共にしてから私はパステトの執務室に入った。パステトは、
「どうだ、ここの生活にも慣れてきたか?」
と、聞いてきた。
「うん、徐々に。昨日もモモにクカのこといろいろ教えてもらって本も読み始めたわ」
「そうか、それはよかった」
パステトは少し安心した表情をしてから、
「そうだ。国民へのリーゼのお披露目だが4日後に決まったから。今日、明日で告知する予定だ」
と、言った。
「そう」
私はそれだけ言って背筋を正した。いよいよ国民へのお披露目。私はちゃんと受け入れてもらえるのだろうか、と期間限定のお姫様であるのにそんな心配をしてしまう。
「ドレスは間に合いそうか?」
パステトが少し離れた場所に立っていたモモに声をかけた。
「間に合わせますよ。間に合わないなんて許されないでしょうから」
「それは頼もしいな」
モモの言葉にパステトは満足そうに頷いた。
「あの…パステト。お願いがあるのだけど」
私はおずおずと声をかけた。
「ん?なんだ?」
「あの…」
私は少し躊躇ってから、
「私、城下に行きたいのだけど。…今日」
と、言った。
「はぁ?そんなのダメに決まってるじゃない!…ですか!危ないから!」
パステトが返事をする前にモモが声を上げた。
「で…でも、私がお披露目されてしまったらみなさん私を姫だと扱うでしょう?そうなる前に普段の城下の姿を見ておきたいの」
私はパステトを真っ直ぐに見つめた。昨日、クカのことを少し知れてますます素敵な国だと思えた。緑豊かで実りも多い。国土は狭いが経済は安定している国。そんなクカの城下の様子が気になって仕方なくなったのだ。
パステトは私をじっと見て少し悩んだ様子を見せてから、
「わかった」
と、言った。
「パステト様!?いくらなんでも危ないですって!城の兵士をぞろぞろ従えるわけにも……」
「あぁ、だからモモとイヴァルを付けよう。イヴァルは城下の者にそこまで知られていないし、腕も立つ。危なくなったらすぐに戻らせる。それに………」
パステトは私の顔を見て、
「こいつは頑固だ。言い出したら聞かない。そうだろう?」
と、笑った。私は頷いて、
「ありがとう。モモ、ごめんね」
と、言った。
「もう!どうなっても知らないんだから!」
モモはそう言うとそれ以上は何も言わずにふいっとそっぽを向いた。
モモの機嫌はイヴァルを呼んで城下に向かう段階になっても治らなかった。イヴァルもモモに関わるのが面倒なのか、それとも城下に行くことに反対なのかその空気を変えようとはしなかった。それでも私は、
「よろしくお願いします」
と、だけ言って2人を従えて城を出た。
たった2日前に通ったばかりの道なのに、城の外が珍しくて私はキョロキョロしてしまう。クカの城は少し高台にあるので道をしばらく下っていくと城下町が見えてきた。
「わぁ……!」
私は思わず声を上げた。メインの通りは露天がいくつも出ていて人々がたくさんいて活気がある。店には色とりどりの野菜や果物、絹の生地などが並べられていた。
「お嬢さん!おひとつどうだい?」
果物店の店主に声をかけられた。
「味も見てってくれよ。今日入ったのは質がいいよ~!」
そう言って切った果物を差し出してきた。
「ありがとうございます」
私はそれを受け取ると、口に運んだ。
「…っ!美味しい…!」
「だろ?今年は冬に雨が多かったから甘みがマイルドで出来がいいんだ」
「冬に降る雨の量が影響するのですか?」
「あぁ、水分が足りないと酸っぱくなっちまうんだ」
「そうなんですか…」
「ただ、このリューンに雨は多い方がいいがブエルにとっては今年の雨は多すぎたな。実が小ぶりになっちまった」
店主がピンク色の実を手に取る。以前パステトに飲ませてもらったジュースの実だ。
「ま、ブエルはこのまま食べるってよりはジュースにしたりジャムにしたりする方が多いからな。実が多少小さくても味はいいし気にすることはないぜ」
そう店主は言うとカカカと笑った。
「みなさん家でこの実をジャムやジュースに?」
「あぁ、そうだぜ。なんだ、嬢ちゃんはクカの人じゃないのか?」
店主の言葉に後ろからさっとイヴァルが入ってきて、
「あぁ、今旅をしてるんだよ」
と、フォローしてくれた。
「そうかい、そうかい。じゃあブエルの実を見るのは初めてなんじゃないか?他の国に出す時には加工して出すことが多いからな。何せブエルは日持ちしないんだ」
「そうだったんですか」
「あぁ、だから実自体はクカの国に来ないと食べられない。レアものだぜ?よかったら試食していきな」
店主は実を差し出してくれる。
「いいんですか?」
「おう、食べてみな。そのまま食べれるから」
私は店主のご好意に甘えて実を口にした。
「…さっぱりしてる……!」
「そうだろ?ジュースやジャムにする時は砂糖を入れてるからな。本当はこんな爽やかな果物なんだ」
「そうだったんですね…」
確かにジュースを飲んだ時とは印象が違った。
「クカの国では自分の家の好みに合わせて砂糖の量を調節するんだ。家庭の味ってやつだな」
「なるほど」
家庭それぞれの味があるなんてなんだか素敵だ。
「それではこのブエルをいただけますか?」
「はいよ。日持ちしないから明日までには食べちゃいな」
そう言って店主は袋いっぱいに実を詰めてくれる。
「そんなに…?」
「サービスだ、サービス!またクカに来た時はうちの店をよろしくな!」
そう言ってカカカとまた笑った。
「ありがとうございます」
お金は後ろに控えていたモモが払ってくれた。お礼を言って私はまた他の屋台を見るために歩きはじめた。




