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期間限定お姫様  作者: 弓原もい
第一章
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約束の鈴の音(リーゼ)

「ん……」


 私は目を開けた。ソファで寝てしまったんだ。窓の外を見るとすっかり暗くなっていた。

 今何時なんだろう……

 ぼーっと広い部屋をを見渡す。モモが夕食は外の兵士に言えば持ってきてくれるって言ってたっけ。でも、手間をかけてしまうのはなんとなく気が引ける。今は何時かもわからないし。

 それに、ここで一人で夕飯を食べる気持ちにはなんとなくならなかった。少し寂しい。


 だんだん頭が冴えてきて私は窓に向かって歩いた。このままベットで寝てもいいけど……

 ちらっとベットを見る。大きすぎてなんだか近寄るのも気が引けてしまう。絶対に私は記憶をなくす前こんなにいい生活はしてこなかった。なんだか落ち着かない。


 窓の外はベランダになっていて外に出ることができそうだ。私はガラス戸を開けて外に出た。ガラス戸の部屋側には鈴がついていたようでチリンと綺麗な音がなった。

 外は気持ちのいい風が吹いている。暗がりの中、目を凝らすと近くに山が見える。自然が多くて落ち着くところだな……。

 チリンとまた鈴がなった。私の真後ろではなく左側から聞こえた。音がした方を見るとパステトが顔を出していた。


「パステト!?」


 私は驚いて声を上げた。


「おう」


 そう言ってパステトも外へ出てきた。鎧を脱いでラフな格好をしている。


「ベランダ、つながってたんだね」


 よく見たらベランダは横長。隣のパステトの部屋にもつながっていたようだった。


「あぁ」


 パステトが私の横に立った。


「鈴の音が聞こえたから」


「鈴?ガラス戸の?」


「あぁ。ここは昔、俺の父上と母上が使っていた部屋でな。鈴の音が聞こえたら外へ出て会っていたらしい」


「そうなんだ……」


 素敵な話。そういえば、パステトのお父様とお母様はどうされているんだろう。


「少し眠ったか?」


「あ、うん。さっき起きて……」


「そうか。夕飯は?」


「ううん、まだ食べてない」


「食べないのか?お腹空かないのか?」


「いや、そうじゃないけど……」


 私はなんとなく言葉を濁した。


「じゃあ食べたほうがいい。俺の部屋で食べるか?」


「へ?いいの?」


 パステトは私の気持ちがわかるかのように救いの手を差し伸べてくれた。


「あぁ。じゃあこっちに」


 パステトと私はパステトが外に出てきたガラス戸からパステトの部屋に入った。


「わ……」


 モモの言っていた通りだ。すごく広い。入った部屋は大きな本棚があって本がぎっしり並んでいる。それにご飯が食べられそうな机と椅子。奥の扉は開いていてその奥には私のベットより一回り以上大きなベット。そこにもソファと机があっておおきなクローゼットもある。

 パステトはすたすたと奥の廊下を進んでいて外の兵士に食事を頼んでいるようだった。


「ありがとう」


 戻ってきたパステトに私はお礼を言った。


「あぁ。座っていいぞ」


 パステトに言われて私は近くの椅子に座った。圧倒される。


「すごく広い部屋だね……」


「ん?あぁ、そうだな。ここにいる時間はそんなにないのにもったいないくらいだよ」


 私はキョロキョロと部屋を見回してしまう。ここでいつもパステトは一人……。寂しくないのだろうか。

 パチッとパステトと目が合った。そういえば私、今男の人の部屋に二人きりだ。しかも期間限定とはいえ自分の婚約者の……。

 急に恥ずかしくなって私は慌てて適当な話題を探した。


「たくさん本があるね……。これ、パステトが読むの?」


「いや、元々は父上の物だ。俺も多少は読むけどな」


「へぇ~パステトも本読むんだね」


 パステトは見た目ががっちりしている肉体派なのであんまり本を読むイメージがない。そう思っていることがバレたのか、


「なんだよ、俺が本を読まない脳内筋肉男だとでも?」


 と、軽く睨まれた。


「いや、そうじゃなけど……」


 私は一応否定した。


「まぁ、あながち間違いでもないけどな。俺は執務室で書類仕事をしているよりも外で身体を動かしている方が好きだ。それもあって王にはなりたくないんだけどな……」


「王様になりたくないの?」


 私は驚いた。


「できれば、な。自由にいろいろするわけにもいかなくなるし書類仕事の方が多いし俺には向かない」


「う~ん、確かに」


 たった1日の付き合いだが確かにパステトが室内でじっとしているのはなんだか似合わない気がする。


「それもわかって、叔父上は俺に王位を継がせるのを待ってくれてるんだけどな。クグリなんて何の自由もなく王になっちまったから俺は本当に恵まれてると思うよ」


 王様にもいろいろあるんだな……。

 そんな話をしているとドアがノックされてメイドさんがご飯を運んできてくれた。緑の葉の上にお肉と野菜が乗っていてそこにはソースがかかっている。温かいスープとパンもある。


「美味しそう……」


 そういえば朝以来何も食べていない。驚きやら緊張やらで空腹を忘れていた。出されたものを見たら途端にお腹が空いてきた。


「いただきます」


 パステトは前でお茶を飲んでいる。


「美味しい!」


 ジューシーなお肉に甘辛いソースが絶妙だ。


「よかった」


 パステトは笑った。なんだか自分が子供みたいな気がして私は少し背筋を伸ばしてなるべく上品に食べることにした。


「クカ城ではなるべく自国で採れたもので食事を作るようにしているんだ」


「これ全部?」


「あぁ。中には他国に流通させる程の生産量がないものもあるが自国民が消費するには十分だ」


「なるほど……」


 地産地消は国を守る上で素晴らしいことだ。


「あ、そうだパステト。モモに頼んだんだけど、私クカ国のことが知りたいの。だから、わかるような本を探してもらって明日から勉強しようと思う」


「そうか」


 パステトは嬉しそうに笑った。クカ国のこと大事で誇りに思っているんだな。


「それで、私その他に明日から何をしたらいいのかな?まだ国民に発表していないから町のために何かすることはできないかもしれないけど、何かしたいの」


 例え期間限定のお姫様でも、何かしたい。何もしないで寝たりご飯食べてるだけなんて嫌だ。


「そうだな……」


 パステトは天を仰いだ。


「まぁリーゼがやろうとしているように、まずはこの国について知ること。実際に街を見ることもいいかもな。あとは、この城に慣れること。城の者と話したりするだけでもクカ国を知ることができるだろうし、信頼関係も築けるだろう。仕事という仕事はまだできないがそういう時間も大事だと思う」


「うん」


「国民に発表したら三国同盟を結んでいるサシノールとケイエにあいさつに行くことになるだろうから体力をつけておくのもいいかもな」


「なるほど」


 うんうんと頷く。パステトが国民や城の者から好かれているのがなんとなくわかってきた気がする。破天荒だけど国のことを本当に真剣に考えているし何よりも優しい。


「ケイエっていう国はどんな国なの?」


「元々ケイエ族という移動民族だったんだ。それが独立して国になった。クカやサシノール、ケイエの歴史を知ることも必要かもな」


 パステトは立ちあがって一冊の本を取り出す。新しそうな本だ。


「最近の歴史が書いてある本だ。これを読むといい」


「ありがとう」


 ご飯を食べ終わった私は本を受け取った。


「でも、読むのは明日にしろよ。今日はもう寝ないと明日起きられないぞ。朝は必ず叔父上と食事を取る決まりなんだ」


「そうなんだ」


「叔父上は忙しいからなかなか話す機会がない。だから、朝だけは俺と話したいと食事を共にすることになっている」


「わかった。気をつける」


 叔父上様。どんな方なのかまだはっきりとわかっていない。厳しそうな方ではあったけれどその中に優しさが見えた。私は明日の朝が楽しみになった。


「そろそろ寝るか?」


「そうだね……」


 少し躊躇った私を見て、パステトは


「どうした?」


 と、聞いた。


「いや、不満なわけではないのだけれど、部屋が広くて少し落ち着かなくて……」


「寂しいのか?」


 パステトはふっと笑って私を見た。


「しょ、しょうがないじゃない。私絶対に記憶をなくす前もこんな広い部屋で寝たことないもの」


 恥ずかしくなりながら私は言った。


「もし眠れなかったらまた外に出たらいい。俺が鈴の音に気がついたらまたいつでも相手してやるから」


「うん……ありがとう」


 私は本当に子供みたいだ。


「記憶のこととか今の関係のこととか人がいると話しにくいこともあるだろうから、部屋でならそういう話もできるからな。何かあったら夜に」


 こくり、と私は頷いた。


「じゃあ、ありがとう。夕飯に付きあってくれて」


 私は立ちあがってベランダへ向かった。


「あぁ、おやすみ」


 ベランダを通って自分の部屋に戻った。やっぱり部屋はしんとしていて寂しいが、パステトの大きな部屋を見た後だと少し小さく見える。それに、ご飯を食べていい感じにまた眠気が来ていた。

 私は思い切ってベットルームへ行き広いお姫様ベットに横になった。本当にお姫様になったんだな。何も覚えていなくて心細いけど今ではこんなにたくさんの人に囲まれている。私はパステトとクカ国に助けられた。私にできる恩返しをしなくちゃ……。

 私はまたゆっくりと目を閉じた。

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