わかること(リーゼ)
私は暗闇の中にいる。真っ暗で何も見えない。
怖い。恐怖を感じる。逃げなければ。いや、違う。戦わなければ。そうしないと私は…私たちは───
「んっ……」
もぞもぞと動くと身体を痛みが走った。自分のものでなくなってしまったような怠さも感じる。
ゆっくりと目を開けると、見慣れない白い天井が目に入ってきた。視線を横に移すと窓から光が入ってきている。窓の外はとても明るく目が眩んだ。一度目を閉じてからまたゆっくり開けると綺麗に整備されている庭が見えた。色とりどりに咲く花が美しい。
視線を逆側に移す。私が寝ているベットの他に2つのベットが見えた。しかし、寝ているのは私だけだ。
「あ、気がつきましたか」
ドアから白衣を着た女性が入ってきた。
「気分はいかがですか?1週間ほど眠っていたのですよ」
近くに来て私の顔をじっと観察しながら話しかけられた。
「そうですか…。身体は…怠いです。あと……」
布団をめくって自分の体を見る。右足に包帯が見えた。
「足、痛みますか?」
私の様子を見て、代弁するように問いかけられた。
「はい、少し……」
「そうですか。骨は折れてはいません。ただ、捻挫と擦り傷があります。右手と右頬にもかすり傷がありますが、そちらはだいぶ治ってきていますね。足も、あと数日で良くなると思いますよ」
「そうですか……」
自分の今の状態について、理解はできたが急に言われても受け止めきれない。とりあえず返事だけした。
「一体、何があったのですか?あなたはサシノール領の外れで倒れていたんですよ」
サシノール領……?
「あなたが傷だらけで倒れているところを見て、ミュマ様がサシノール城まで連れていらしたのです。ミュマ様に直接お礼を言うことはもちろん叶いませんが、感謝なさってください」
ミュマ様……?お城……?ここはお城で、私をこのお城の方が助けてくれたということだろうか。
「あなたはサノシールのどの村に住んでいるのですか?それとも、別の国の?」
何も答えない私に、怪訝そうな顔をして白衣の女性は問いかけてきた。
あれ?そう言われてみれば私はどこから来たんだっけ?そもそもどうしてこんな怪我を?不思議な感覚だ。何も思い出せない。
「いえ…わかりません」
私は素直にそう言った。
「まさか……」
そんな私を見て、不安そうな顔をして白衣の女性は問いかけた。
「わからないのですか?自分のこと、何があったのかも」
こくり、と私は頷いた。少し間があって、
「これだけの怪我です。何か衝撃が与えられて一時的に何も思い出せなくなっているのかもしれません。数日したら思い出すこともありますから、それまで待ってみましょう」
と、励ますように言われた。
「何か、少しでも思い出せることはありませんか?名前や年齢だけでも………」
「名前…年齢……」
空っぽの頭を回転させる。何か思い出すことは……
「……リーゼ」
口からその言葉が出た。
「リーゼ?それはあなたの名前ですか?」
『リーゼ』
そう誰かが私を呼ぶ声が頭の中で思い出された。優しい男性の声。愛おしいものを呼ぶような声。
「そう…だと思います」
私の空っぽになってしまった頭の中に、唯一残るこの声は誰なのだろう。落ち着く声。何度も聞きなれた気がする声。もしかすると父親なのかもしれない、と思った。