三十路男と女子高生
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休日の二日間を丸々使って、オレはなんとか相棒の過ごすスペースを整えた。そして、結局のところ。オレが仕事に出ている月曜から金曜までは、相棒が小さいうちは伯母が昼間だけ面倒を見てくれることで話はまとまった。
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月曜の朝。いつもよりも一時間早く起きたオレは相棒にミルクと少し缶詰を食べさせてから、キャリーケースに相棒を入れて駅前の商店街にある。『黒猫』とう喫茶店へ向かっていた。三月も半ばやというのにまだ少し外は肌寒いので、使い捨てカイロを靴下に入れてケースの底へ入れてやった。
相棒は小さいけど、オレは意外とあまり手を焼いてはいなかった。トイレもわりとスムーズにおぼえてくれたし、ミルクもお皿から飲んでくれるし。缶詰も嫌がらずに食べてくれている。お腹が満たされたら少し遊んでから、気が付けばオレが用意してやった寝床で丸くなってスヤスヤ眠ってしまってる。それに、何故だかオレは月曜の朝だというのに鬱々とした気持ちではなかった。いままでのオレなら週の始まりの月曜の朝を迎えると、毎週といって良いくらいに気持ちが鬱々としていて、会社にたどり着くまでに何回ため息をついていたことか。
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「おはようございます」
「あー! おはようさん。せいちゃん、今朝は顔色ええやん。いつも、朝は青い顔してるのに」
『黒猫』の入り口の扉を開けて入るとカウンター席で、すでに伯母がくつろいでいた。
「ああ。なんか今朝は目覚めが良かったんです。コイツのおかげなんかなぁー? 子猫一匹おるだけでえらいちがいですね」
「良かったわ。せいちゃん、週明けはいつもゾンビみたいな顔してるって光江が心配してたからね。ほんま、その子のおかげやね。それで? 名前は?」
キャリーケースを伯母の横に置いてから、オレもカウンター席に座ってモーニングを注文した。伯母に相棒の名前は? と聞かれてオレは少し困ってしまった。昨夜から色々考えてはいるんやけど。名前がひとつしか浮かんでこなかったからだ。
「あー。ちっこいから『チビ』でええんちゃうかなぁー?」
「またまたぁー。そんな簡単に? 大きくなっても『チビ』やで? ええの?」
「まぁ。オレよりは小さいということで……へへ」
安易な名前の付け方に少し伯母は苦笑していたけど。相棒の名前はここでオレに『チビ』と命名されてしまった。
相棒を伯母に預けてオレは『黒猫』を出て駅に向かった。それでもいつもよりも三十分位は余裕がある。いつもは学生と出来るだけ一緒にならんように八時過ぎの電車に乗るんやけど。しばらくの間は相棒のためにここは我慢するしかないと自分に言い聞かせて、電車に乗った。
さすがに。この時間の車内は、おしくら饅頭状態やった。かなわんなぁーとオレが少しため息をついて右斜め前を見ると、昨日の動物病院の受付にいた美少女が女子高生の格好をして満員電車の中にいた。
(あ。学生さんやったんか? さすがにコスプレはないわな)
アホな自分を腹の中で笑いつつ。美少女が気になってじーっと見ていると何か様子がおかしかった。彼女が顔を真っ赤にして体を右へやったり左へやったり、後ろをすごく気にしているようなんやけど。
(チカンか!? マジで? いやいや……。マジっぽいな)
良く見ていると。前と後ろでサラリーマン風の男に挟まれて明らかに彼女はチカン行為に合っているようやった。オレはしらじらしく彼女の横まで近づいて行って思い切って声をかけてやった。
「おはよう! おぼえてる? 昨日。病院で受付におったよね?」
「あ。お、おはようございます。おぼえてます。子猫ちゃんの? ですよね? えっと……藤田さん?」
さすがに知り合いに声をかけられてるところをチカン続行っちゅうわけにはいかんやろ? とオレは男の顔をチラッと見下ろしてから彼女をガードするような姿勢で横に立ってやった。
「まさか。女子高生やとは思わんかったわ。大人っぽく見えたから他人のそら似かと思ったんやで!」
「そんな。大人っぽいやなんて。病院は叔父の手伝いで土日だけ手伝ってるんです。あの……。 ありがとう。助かりました」
彼女はオレが、チカンに気付いて助けたことに気付いていたようで、オレのスーツの上着の袖をギュッと掴んで震えていた。
「私は若林ユイです。四月で高校三年になります。また、病院に来ますよね? 予防接種とか……」
「ああ。うん。行くよ! それに伯母の猫もお世話になってるみたいやしね。良かったら、明日もボディーガードしよか?」
オレが聞くと彼女は下からオレの顔をジッとのぞき込んで、嬉しそうにニコッと笑って頷いていた。そして彼女はオレが降りる一つ前の駅で降りると。ホームからオレに向かって満面の笑顔で手を振っていた。