小さな相棒
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オレの名前は藤田誠二。30歳。そして独身。彼女なし。職業は某大手企業の『カスタマーセンター』で、主にクレーム処理を担当している。自分でいうのもなんやけど。冴えない三十路男というわけやね。
毎日毎日。ひたすら誤ってばかりの仕事に少し限界を感じていた。そんな時に。同じ部署の独身男五人で意気投合して昨夜、勝手に自分たちで慰労会を決行した。オレたちは、日頃から溜まっていた愚痴をお互いに吐き出し合って、日付が変わるまで飲み明かした。
そして、その結果。オレには小さなこの相棒がもれなくついてきたようで。とりあえず。オレは近所の動物病院をスマホでググッて評価が良さそうな病院にあたりをつけて、子猫を洗濯ネットに入れてから布製の手提げ袋へ入れて家を出た。
『ミャーン……ミャーン』
「ちょっと我慢しててな。何か病気が無いか位は診てもらっとかんとアカンからな」
鳴き声をあげている子猫に、オレは通じるわけがないってわかってても、一応病院へ行く理由を話して我慢するように頼んでみた。
動物病院は自宅から徒歩で十分位の場所にあった。実家を出て市内の母方の伯母夫婦の持ち家に住むようになってから、猫も犬も飼ったことはなかったので、こんなに近所に動物病院があったなんて気にもしていなかった。
《若林動物病院》
病院の看板を見上げて。オレはそこで何か決意のようなものを固めてから、病院の入り口に立った。自動ドアが開いて中へ入るとすぐに受付があってその受付には、優しそうな二十代前半位のめっちゃ美少女がオレを見てニッコリ微笑んでいた。
「おはようございます。初めてなんですけど?」
「おはようございます。初めてなんですね? じゃぁ。この用紙に飼い主さまのお名前とご住所と連絡先に……えっと。猫ちゃんですね? 猫ちゃんのお名前を記入していただけますか?」
心地の良い優しい声をした受付の彼女はオレに用紙を差し出して、わからないところは空白で良いですよと付け加えると、またニコッと笑っていた。
記入し終えたオレは受付の彼女にそっと用紙を渡してから待合のソファーに座って診察を待った。
順番が来て診察室へ入ると、オレと同世代位の男の獣医師がオレから子猫を受け取った。一通り診察を終えて、病気の心配は無かったがノミ取りと回虫駆除の処置を勧められたのでオレは迷わずお願いした。それから、感染症予防のワクチンは子猫がまだ小さいので二週間後にしましょうと言われた。
どうやらこの相棒は、まだ生後二ヶ月足らずの子猫で性別は♂ということがこの診察であきらかになった。
動物病院を出て、一度家に帰ったオレは近所に住んでいる伯母に連絡して子猫を拾ってしまったことを正直に話してみた。
「せいちゃんが子猫拾ったん? どれくらいの? 小さいん? 今から見に行ってもええか?」
「良いんですか? 来てもらえるとオレも助かります。ちっこいから置いて買い物に出るのもなんか心配やから。どないしようか悩んでたんです」
オレが子猫のことを話すと伯母はすぐに子猫を見に来ると言って電話を切った。
伯母のところにも猫が二匹おるから、子猫と聞いてジッとしてるわけが無い。オレは伯母が猫好きで良かったと胸を撫で下ろしてから、子猫の飼育に必要なものをリストアップしてスマホにメモしていた。
三十分位したら、インターホンが鳴って、オレが出ると伯母が息を切らして早く開けろと笑っていた。
「とりあえずや! 子猫用のミルクと缶詰。それと猫のトイレにトイレの砂。あとは、子猫は冷やしたらアカンからこの湯たんぼ使い!」
「マジで? 陽子さんが来たら、オレが買いに行こうと思ってたもん全部ある。すごいわ~! ありがとうございます」
オレが何度も頭を下げてお礼を言って財布を上着のポケットから取り出してお金を渡そうとしたら、伯母にすぐに付き返されてしまった。
「ええねん。ええねん。これから、なんぼでもお金かかるからな。これは、うちとオトンからの気持ちやと思ってもらっといて!」
「あ。伯父さんも帰ってるんですか? ほんまに甘えてしもてええんですか? なんか……ほんま、すんません。助かります」
『ミャーン……ミャー』
伯母にオレがお礼を言うのと同時に。相棒も伯母にすり寄って甘えた声を出して鳴いたので、伯母がうれしそうに笑って相棒を抱き上げて頬ずりしていた。