モテ期到来? その二
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弓子の策略にまんまと嵌ってしまったオレは、仕方が無いので彼女に金曜日の夜に会社の同僚が会いたいと言っているので、伯母の店に来てもらえるやろかと電話を入れて恐る恐る確認を入れてみた。すると、彼女は嬉しそうに絶対行くと言って喜んでくれていた。オレは念のために誤解があっては困るので、その同僚が女性ということも彼女に伝えておいた。
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そして、金曜日。仕事を終えて、オレがデスクで帰り支度をしていると、弓子がオレの所へ来てニヤニヤしながらオレの顔を覗き込んできた。
「約束! 忘れてないよね?」
「大丈夫や! 今日は彼女にも来るように連絡してあるから、逃げたりせえへん」
「彼女にちゃんと話せたんや。藤田くんって律儀なんやね」
オレが弓子と桜井のことを彼女に話したことを知って弓子は少し不満そうな顔をして見せた。
フロアを出てエントランスへ行くと弓子のお目付け役の桜井がオレと弓子を見つけて手を振っていた。
「弓子、本当に彼女に会うんやね? ほんまに後悔せん? やめるんやったら今のうちやで!」
「大丈夫! 心の準備は出来てる。彼女に会えば少しは私も気持ちに整理がつくと思うから気にせんとついて来て!」
「おいおい。そういう会話はオレの知らんとこでしてほしいなぁー。何か責任感じてしまうんやけど?」
「藤田くんも気にせんといて! 大丈夫やから!」
駅へ向かって歩きながら、桜井に彼女に会うことに対しての気持ちを弓子が最終確認されているのを横で聞いていたオレは、何か知らんけど……ちょっとした罪悪感を感じていた。
「それで? どこで会うの? お酒が飲める所やんね?」
「ああ。オレの伯母が営んでる飲み屋があるから、そこへ行こうと思ってる。ええよな?」
「へぇ~! 藤田くんの伯母さんが飲み屋やってるんや!」
「それじゃ、遠慮なくご馳走になりましょか? フフフ♪」
行き先がオレの身内の飲み屋と知って、弓子も桜井もクスクスと笑いながら、「今日は遠慮せずに飲めそうやね」と、恐ろしいことを口にして足取りを速めていた。
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「おかえりー!! せいちゃん、待ってたよ♪」
オレが弓子と桜井を連れて店の戸を開けて入ると、伯母が満面の笑顔で迎えてくれていた。その様子を見ていた弓子と桜井が少し驚いて固まっていたら、比奈に上着を脱がされてさっさと座敷へ案内されて座らされていた。
「ユイちゃんはもう少ししたら来るらしいから、先に夜定食でも食べて待っててあげてくれる? 今日の夜定食は鶏モモ肉の豆乳鍋か豚バラと白菜のミルフィーユ鍋やねんけど。どっちがええかな?」
「なんか、名前だけでも美味しそう♪ 弓子が豆乳にして私が豚バラにしたら半分ずつ食べれるからそうしよ?」
「うんうん♪ それと生ビールも!!」
伯母に夜定食を勧められた二人は嬉しそうに頷きながら、お互い別々のメニューを頼んで生ビールも注文して座敷におるがんもとミケと相棒を見て目を細めていた。
そして、二人が夜定食を半分くらい平らげて生ビールを三杯飲み終えた頃になって、勢い良く店の戸を開けてユイが頬を真っ赤にして帰って来た。
「ただいまー!! 誠二さん! ごめん! 遅くなってしもて」
「おかえりー!! ユイちゃん。そんなに慌てんでも、遅れるって言うてあるから大丈夫やで!」
入り口で息を切らしてハァハァ言ってる彼女の上着を預かりながら、伯母は温かいおしぼりで冷たくなったユイの頬を温めてニィッと笑っていた。
「え!? あの子が彼女? 藤田くんの? めっちゃ若い!」
「二十歳くらい? まさか女子大生?」
「いやいや。ユイちゃんは高校三年生やで? 聞いてないの?」
「「そんなん聞いてない!!」」
オレの彼女が想像していた以上に若くて弓子と桜井が驚いていると、隣の座敷で飲んでいたこうちゃんがご丁寧に彼女が女子高生やと二人に暴露してくれていた。
「あ~あ。惨敗やわ……。こんなん勝てるわけないやん!」
「弓子……。ええやん! 今日は飲もう!!」
「うん!! 飲む!! 飲んで忘れるわ!!」
彼女が座敷に座って落ち着いた頃にはすでに、弓子も桜井もかなり酔いつぶれてしまっていたので、彼女は仕事で何か嫌なことでもあったのかとオレに二人のことを聞いてきたので、オレは社会に出ると色々あるんや。と、顔を少し引きつらせながら彼女の疑問に答えておいた。
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彼女が座敷のオレの横へ座って落ち着いた頃には、二人の眼中に彼女はなくて、隣の席で飲んでるこうちゃんたちに絡んでいるところやった。
「藤田くんが女子高生と付き合ってるのを黙認してるなんてそんなん許されへんわ! あ。もしかして? あんたらがけしかけたん? あの真面目を絵に描いたような男が女子高生となんかよっぽどやないと付き合わんやろ?」
「ちょっとちょっと! お姉さん! 飲み過ぎですよ~!」
「それに、オレらは別にせいちゃんにユイちゃんをけしかけたりしてへんし。自然な流れで二人は付き合うようになったんやで?」
「そんなん酷いわー! やっと、藤田くんに気持ちを伝える決心したのに。いつの間にか私の知らんところで彼女と出会って付き合ってたなんて。トンビに油揚げやん!」
弓子は酔った勢いもあって、大きな声でオレに想いを寄せていたことをこうちゃんたちに語って声を上げて泣き出してしまった。
「誠二さん? あの人……誠二さんのこと好きやったみたいやね? もしかして…知ってて連れて来たん?」
「それはやな! 弓子がユイにどうしても会わせろって聞かんから……仕方なしに連れて来たんや」
「弓子? ……なんで呼び捨てなん?」
「あ。え!? 別にそんな深い意味は無いで!! あかんか?」
目の前でオレのことで泣き喚いてる弓子の姿を見た彼女の疑問や怒りの矛先が全部オレに向けられてしまっていたので正直オレは焦っていた。
「会いたいって言われて連れてきて会わせてどうするつもりやったん? それに、好きでもなんでもないんやったら弓子やなんて呼び捨てにせんといて! 私が弓子さんの立場やったら期待してしまうわ! 誠二さん鈍すぎ!」
「え!? そうなん? マジで? ごめん! 悪かった。ほんまにごめん!」
あまりにも酷いオレの無神経さに呆れた彼女は、少し頭を冷やせとオレの耳元で囁いてから、店を出て行ってしまった。
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「あらら。ユイちゃん怒って帰ってしもたん? せいちゃん後でちゃんと誤っときや! ユイちゃんは優しい子やから、弓子さんに同情してしもたんやわ」
「わかってる。オレも無神経やったわ。弓子がオレのこと好きっていうのもなんか冗談やとばっかり思ってたし。真面目に向き会ってなかったわ」
「恋愛オンチのせいちゃんには、少し荷が重過ぎるわな? まぁええ経験になったんちゃうか? へへへ」
彼女が店を出て行ってしまって、オレが店の前で立ち尽くしてると伯母が来てオレの背中をポンポンッと叩いて気合を入れてくれた。今日のことはオレが無神経やったと反省してると、こうちゃんが横へ座って笑っていた。
『ミァーン! ミャーン!』
相棒もオレの沈んだ気持ちを察して膝へ上がって来て丸くなって慰めてくれていた。
弓子も桜井も酔いつぶれて動かなくなってしまったので、伯母に座敷に布団を敷いてもらって寝かされると、朝までグッスリ眠って起きることはなかった。
翌朝目覚めた二人は青い顔をして、ひたすら伯母と比奈に謝っていた。伯母はそんな二人の手を取って、これからもオレのことをよろしく頼むと笑ってまたいつでも店に来るようにと言って二人を見送ってくれていた。
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その夜。彼女は何も無かったかのようにオレの家へ帰って来ると、オレの顔をジッと覗き込んできて反省してるか聞いて来たのでオレは何度も頭を下げて反省してると彼女に伝えた。
「反省してる?」
「してる! ほんまに悪かった! ごめん!」
「それやったら、許してあげる! そやけど…誠二さんはもう少し自覚したほうがええと思うよ!」
「何が? 何を自覚するんや?」
オレが彼女の言葉の意味を理解出来ないで目を丸くしていると、大きく彼女はため息を吐いてからオレの膝へ腰を下ろして黙ってオレの唇に自分の唇を重ねていた。
「誠二さん。多分、自分で思っているよりも女性に好意を寄せられてると思うよ! だから、もっと自覚したほうがええと思う」
「それはないやろ? モテたことなんか無いで?」
「それはきっと、誠二さんが気付いて無かっただけやわ。誠二さん、鈍いもん!」
「また鈍い?……凹むなぁ~」
何度も鈍いと言われて凹んだオレを彼女はギュッと抱きしめて、優しくキスをしてからオレの目を見つめてニッコリと笑っていた。




