モテ期到来? その一
********
相棒もずいぶん大きくなったので、伯母に預けなくても留守番出来るんやけど、伯母に「一匹で家で留守番させるのはかわいそうや!」と言われて。結局、オレは毎日変わらず『黒猫』で伯母と待ち合わせて相棒を預けることにしている。
********
「おはよう。せいちゃん、あれ? どないしたん? ネックレスなんかして! しかも、猫のペンダントトップがついてるやん♪」
「あ。見えてます? シャツの中に入れて見えんようにしたつもりやってんけど」
「わかった! 昨日、ユイちゃんと買いに行ってきたんやろ? もう~! ラブラブなんやから!」
「えへへ。指輪にするつもりやったんやけど、ユイがこれがええ言うから」
昨日、彼女と買った猫のペンダントを伯母に見られてオレが照れてへらへら笑ってると後ろから健ちゃんに丸めた雑誌で頭を叩かれてしまった。
「朝からへらへらと、締まりの無い顔をしやがって! なんか、腹立つからどついてしもたわ(笑)」
「酷いなぁ! オレってそんなにへらへらしてる? そんなつもり無いんやけど」
「「してる! してる!」」
健ちゃんにどつかれて、オレが頭をさすりながら聞いたら、健ちゃんと伯母に即答されてしまったので、店の中にある鏡でオレが自分の顔を見て確認してると、もう一度健ちゃんに頭を叩かれてしまった。
「誠二はわかりやすいねん! そんな顔でオカンの店に来たら、みんなにユイちゃんと一線越えたことがバレバレやで!」
「え!? マジで? なんでわかるん?」
「誠二は、すぐに顔に出るからわかりやすいねん(笑)」
健ちゃんにオレが彼女と一線を越えたことを指摘されて、オレがめっちゃ驚いて伯母やマスターの方を見ると……二人ともオレを見て黙って笑いながら頷いていた。
オレは参ったなと三人の顔を見渡して頭を掻きながら朝飯を急いで済ませて、立ち上がってもう一度鏡で自分の顔を確認してから店を出て駅へ向かった。
********
ホームへ行くと彼女がオレを見つけて手を振っていた。彼女の胸元にも昨日買ったペンダントが揺れていた。
「おはよう。ユイ、それ……学校へして行くんはマズないか? 見つかったら没収とかされるぞ!」
「大丈夫! うちの学校はこういうのは自由やから、没収とかされへんねん」
「そうなん?」
「そうやで! もっと、派手派手にメイクしてる子いっぱいおるねんで! 私なんか地味な方なんやから!」
彼女の話を聞きながら、オレが少し目を丸くしてると彼女はオレの右手に腕を回して身体を密着させてニッコリ笑っていた。
「前から思ってたんやけど。オレとユイってサラリーマンと女子高生の援交の典型的なカップルに見えてそうやな。へへへ」
「もぉー! また! そんなこと言ってる~。誠二さんは、若く見えるから援交には見えへんよ!」
「オレって若く見えるん?」
「うんうん! 私も最初は25歳くらいやと思ってたから、きっと若く見られてると思うよ!」
今まで誰ともこういう会話はしたことが無かったもんやから、自分が若く見えるなんて考えてもいなかったオレは、彼女に若く見えると言われて少し嬉しくて顔が緩んでしまった。そして、いつもの様に彼女は一つ手前の駅で降りてホームから手を振っていた。
********
会社に着いてオレがデスクに座って仕事を始めようとしていると、同じ部署の北原弓子が通りすがりに後ろからオレの耳元に息を吹きかけてクスクスと笑いながらオレの肩に手を乗せると、一枚のメモをオレの目の前に置いて自分のデスクへ戻って行った。
『お昼休みに隣のビルの屋上のカフェで待ってます。必ず来てください。弓子』
メモには昼休みに隣のビルのカフェに来いと書いてあった。弓子はたまに仕事中や休み時間になると、オレにじゃれてくるというか、なんというかスキンシップの多い女子社員だったので、これは弓子のいつもの冗談なんやとオレは軽い気持ちでその日の昼休みにカフェに向かった。
********
同じフロアで、働く弓子にカフェに呼び出されて。オレはまたまた、いつもの弓子の新しい遊びだと軽い気持ちでカフェのテーブル席で店員にブレンドコーヒーを注文して弓子を待っていた。
「藤田くん! 早かったんや! ごめん。呼び出した私が待たせてしまったね」
「ええよ! たいして待ってへんし、どうするん? 飯もここで済ますんか?」
「藤田くんは? ここでええ?」
「かまへんで! ランチもあるみたいやから、何か食べよ!」
まずは、腹がペコペコやったからランチのオムライスとサラダとスープのセットを二人分注文して、先に注文したブレンドコーヒーは食後に持って来てもらうように変更してもらった。
「最近、調子どう? ストレスたまってないん? 相変わらず、ワケわからん苦情が多いみたいやん?」
「ああ。仕事やと割り切れるようになったから、前よりストレス感じてないわ。それよりどないしたん?」
「なぁ……。もしかして、彼女でも出来たんちゃう?」
「えっ!? ……なんでわかるん?」
食後にひと息吐いてから、会話の流れから弓子にオレを呼び出した理由を聞こうとしたら、弓子が突然真剣な顔をして鋭い突っ込みを入れて来るもんやから、オレが口を開けてマジで驚いてると。弓子は大きなため息を一つ吐いてから苦笑していた。
「なんかムカつく! 私の気持ちには全然気付かん藤田くんが、私の知らん所で彼女と出会って恋しちゃってたやなんて。傷つくわ!」
「ちょっと待って!? 私の気持ちって? マジで? またまたぁー!」
「気付いてないの……藤田くんだけやで! フロアの社員は皆、私が藤田くんのこと好きって知ってるもん!」
「……。ごめん。全然、気付かんかった」
少し瞳を涙で潤ませている弓子を見て、オレはこのやり取りが冗談では無いと確信して、背中に伝う汗をひんやりと感じていた。
「もし、私のほうが早く告白してたら付き合ってくれてた?」
「どうやろ? 弓子に恋愛感情は、正直なかったからわからんけど。弓子みたいな美人に迫られたら、付き合ってたかもな!」
「なんや~! もっと早く迫れば良かったんや~! 悔しいわ~!」
「オイオイ! そんなに自分を安売りしたらアカンって!」
真剣に悔しがってる弓子を何とかオレは必死に宥めて、昼休みを終えてフロアへ戻った。
********
フロアへ戻ってからは、さすがに仕事の出来る弓子は何事も無かったかのように。与えられた仕事をいつも通りにこなしていた。
「藤田さん、昼休みに弓子さんから告白されたんでしょ?」
「オイオイ! 何で知ってるねん?」
「多分、弓子さんが桜井さんと女子トイレで話してたんを、新人が耳にして皆にふれまわったみたいですよ!(笑)」
「難儀やなぁ~!」
オレが弓子に呼び出されて、告白されたことをフロアの社員たちはすでに知ってるらしくて、女子たちはオレと目が合う度にニヤニヤ笑っていた。
********
終業時間になって、オレがさっさと帰ろうとしてると弓子と桜井風沙絵がオレの腕をしっかり掴んで離してくれなかった。
「なんや? どないしたん?」
「今日は、藤田くんに飲みに連れていってもらうことにしてん♪」
「オイオイ! 月曜日やで! せめて金曜日にしようや!」
「ほんまに? 金曜日やったらええん?」
どうやら、オレはまんまと弓子にはめられたみたいで、金曜日に二人を飲みに連れて行く約束をさせられてから解放された。
「ついでに彼女を紹介してよ! 恋敵を知らずに諦めるなんて嫌やもん!」
「別に何にもせんから、会うだけ会わしてやって! 私がちゃんと付き添うから!」
「しゃーないな! わかった。でも、ほんまに会うだけやで!」
別れ際に弓子が、ついでに彼女に会わせろと言い出してオレにしつこく絡んで来たから、仕方がないので金曜日に彼女に会わせる約束もした。真面目な桜井も付き添うし、前もって彼女に話せばわかってくれるはずやと、オレは甘い考えで約束をしたんやけど。ほんまにこれで良かったんやろか? 女心のわからんオレは帰りの電車の中でも、何か嫌な予感がして落ち着かへんかった。




